03.束の間の街歩き





 着替えを終えて長い褐色の髪を整えていると、ノックの音が部屋に響く。

 返事をするとゆっくりと扉が開きロウェリーさんが部屋の中に入って来た。


「おはようございます、ルリアネさん。体調はいかがですか?」

「おはようございます、ロウェリーさん。皆さんのおかげですっかり良くなりました」

 

 あれからさらに3日が経ち、リティスの言葉通り私は全快した。


 試しに習慣で毎日していたピラティスを再開してみたけれど、少し筋肉痛になっただけで問題はなかった。


「今日は予定通り街を見に行かれるのですか?」

「はい。体調も良くなったので、記憶の為にも外に出ようと思いまして」


 それに体調が戻ったんだから、いつまでもこの人たちに甘えているわけにはいかない。

 ロウェリーさんにこれまでに掛かった治療費などを聞いたら、こちらは義務を果たしたまでだから気にしなくていいと言われてしまったけれど、だったらせめて、1日でも早くこの世界で自立しないと。


 ロウェリーさんが持って来てくれたフードが付いたケープを受け取り羽織る。

 服全体が意外と動きやすく、私好みのデザインでテンションが上がる。

 これで街を歩いても怪しまれないよね。


 言葉や所作はロウェリーさんや時々来てくれたシェパード様とアルシェちゃんの反応を見る限り問題ない感じだし。


「……そう、ですか。本当は私も同行したかったのですが、所用ができてしまい」

「気になさらないでください。今日は街の中を少しだけ歩くだけですから」

「わかりました。あとこれはシェパード様とアルシェからです。お昼に食べてくださいとのことで、今朝邸宅に伺った時に預かりました。中に割れ物も入っている様なので取り扱いに注意してください」

「ありがとうございます。お二人にもよろしくお伝えください。では行ってきます」

「はい。お気をつけて」


 シェパード様とアルシェちゃんが用意してくれたポシェットを受け取り部屋を出る。


 この世界に来て10日目の朝、ようやく自分の足で動き出せるようになった。




◇ ◇ ◇




「本当に異世界に来たんだ」


 目の前に広がる光景に目を奪われる。


 ヨーロッパ風の石造りの建物に、石畳みの道。

 そして現代風ではない服装の人たちが通りを行き交っていた。


 それに馬車はわかるけれど、あれは鳥車?と牛車かな?


 確か使役動物だったっけ?

 それが元の世界と少し違う。


 いや、馬はわかるけれど……角があるし。

 鳥もダチョウよりも大きくて、全体的に羽毛がふわふわで尻尾が鶏みたいにふさふさで長い。

 牛もなんか角が多いし、首元の毛が長い気がする。


 それらが街中を荷車などを引いて走っている。


 それにブロッサリアだったかな?

 花祭りが行われた時期だからか、街中の至る所に綺麗な花々が咲いていた。


 ロウェリーさんによると、ここ領都フィオレンティアは『花の都』と称され、このフローレンという地域自体が様々な花々が一年中咲き誇る『肥沃の地』と周辺地域から呼ばれているらしい。


「確か、この道を抜けると図書館がある庭園に出るって言ってたよね」


 馬車などに気を付けながら暫く歩くと、見晴らしのいい半円型の小さな庭園に出た。


 庭園にも様々な花が咲き誇り、地面には浅い溝があり綺麗な水が流れている。

 その水の道は庭園の中央に向かい、中央にある白い小さな塔を中心に紋様を描くようになっていた。


 そしてその塔の奥には石造りの綺麗な装飾が施された白い建物があり、その両脇にも石造りの建物が2棟建てられていた。


 ここがシェノリー庭園。


 じゃあ中央の大きな建物が神殿で、左側にあるのが図書館ってことか。

 右側にある屋根はあるけど壁がない石柱だけの建物はなんだろ?

 なんか舞台とかいろいろな用途で使えそう。


 それにしても私が泊めてもらっている屋敷もそうだけれども、一般の建物に比べてやっぱり重厚感がある。


 とりあえず情報収集と行きますか。




◇ ◇ ◇




「んー。今日はここまでにしようかな」


 手にしていた本を本棚の元の位置に戻して背筋を伸ばす。


 印刷技術がまだ発展していないからか、まさか全ての本に鎖が付いているなんて……。

 見た感じ全てが手書きで、本の材質も含めて元の世界とは全然違う。


 鎖が付いているのも盗難防止の為かな?


 それにしても図書館自体がこの街にあって本当に良かった。

 おかげでこの街や世界についての大まかな歴史を知る事ができた。

 それに療養期間中、生活様式などの大まかな事はロウェリーさんに聞いていたけれど、それについても擦り合わせができた。


 それにしても、ここフローレンという地域は最近大きな変革があったらしい。


 なんでもフローレンは数年前まではアラカルトという王国に属していたけれど、今はその隣国であるグラウデュース帝国に属しているらしい。


 所属する国が変わった理由はある出来事がきっかけらしいけれど、国家間での話し合いにより決められた事とはいえ、フローレンを統治していた領主一家は全員亡くなってしまっている。


 そしてフローレンは皇室直属の領土となり、自治権が認められているらしい。


 それだとおそらくヴァレン様やロウェリーさんは帝国の役人で、シェパード様とアルシェちゃんはフローレンに元々住んでいる感じかな?


 私が泊めてもらっている建物は領都の迎賓館らしく、ヴァレン様とロウェリーさんもそこで寝泊まりされているから。


「それにしても領主一家が全員亡くなるなんて何があったんだろう……。亡くなった時期は別々みたいだから処刑された訳ではないみたいだけれど」


 まあここで考えていても仕方ないから次に行こう。


 しばらくはこの街で暮らす事になるだろうから、少しだけでも街の中を見ておかないと。

 住む場所とかのリサーチも必要だしね。


 丁度フィオレンティアの街の地図が廊下の壁に掛けられていたおかげで、大体の大きな建物の位置とかは覚えられた。


「それにしてもフローレンが3500年前からあるなんて」


 図書館の入り口広場の壁に掛けられているフローレンの地図らしきものを眺める。


 一応海には面しているらしいらけれど、その両側から北はクラヴィスの森、南はポルタの森という広大な森が広がっていて、海から北東に掛けてクレーメ川という川が流れて2つの森の境界になっているらしい。


 クラヴィスの森の向こう側にはパリンディオ公国とプルメール王国があって、ポルタの森の向こう側にはアラカルト王国。


 そして北東にはグラウデュース帝国がある。


 肥沃の土地と称され3つの国に面した土地なのに、3500年という長い歴史が今も続いているのは、この自然の要塞に守られて来たからなのかな?


 本には森は魔獣の群生地になっているって書いてあった。


 一応フィオレンティアからグラウデュース帝国とアラカルト王国へと続く街道が築かれているみたいだけれど、他の2国への街道は築かれていないみたい。


 まあ、街道があると移動には便利だけれど、その分攻め込まれ易くもなるよね。


 グラウデュース帝国とアラカルト王国への街道。

 その2つには森を抜ける為の魔獣除けの結界が施されているらしいけれど、それでも稀に魔獣が街道に現れるから護衛は必要らしい。


 そしてフローレン自体にはという特別な結界が張られているとロウェリーさんが教えてくれた。

 その聖女の結界のおかげでフローレン内には魔獣は出現しないらしい。


 だからあの時、森の中であの黒い獣からも逃げ切れたんだよね。


 そして一般人が結界から出る事は死にに行く様なものだから、あの時ヴァレン様もどうして結界の外にいたのかと聞いてきたけれど、その結界の存在も知らなず、自分の名前すら忘れてしまった私を本当に記憶喪失になってしまった人間だと認識してくれたんだと思う。


 それほどまでにこの世界において、聖女の結界は特別で常識的なもので、そのおかげで魔獣の脅威に日々怯えることもなく、街を領地を発展させられているのだろう。


 魔獣。

 あの黒い獣は空気中に漂う瘴気が集結して、魔獣の心臓とも言える魔核を生成、肉体を形成し具現化したものらしいけれど、本能的に多種族を襲い、食べる習性があるらしい。


 野生動物も存在はしているけれど、魔獣により絶滅した種類は多いみたい。


 図書館を出て、庭園の端に見える石造りの東屋へと歩く。


 欄干に手を置き、そこから見えた景色に息を呑む。


「きれい」


 高台にあるため、フィオレンティアの街並みが一望できる。

 

 街を囲む大きな壁に、そこから真っ直ぐ下の大きな広場へと繋がる幅の広い街路。

 そこを行き交う馬車や多くの人々。

 街並みもとても綺麗で街の人たちの声が溢れ活気に満ちている感じがする。


 下を覗くと、石造りの外壁に大きな建物の屋根が見えた。


 これがこの街の市庁舎だよね。


 じゃあ右側に見える2つの塔がある一際大きな建物がシュヴェレール大聖堂で、左側にある中央にドームがある大聖堂と同じくらいの大きな建物が冒険者ギルドってことかな?


 市庁舎や大聖堂はなんだか落ち着いた街の色に馴染んでいる印象がするけれど、冒険者ギルドの建物は雰囲気的にもまだ新しい感じがする。


 東屋の隣には下の広場へと続く階段があった。

 

 とりあえず、ここでお昼を食べてから下に移動しよう。


 東屋に備え付けられている椅子に座り、シェパード様とアルシェちゃんが用意してくれたポシェットを開ける。

 中には可愛い布に包まれた物とオレンジ色のジュースらしきものが入った瓶が入っていた。


 割れ物はこの瓶の事だったんだ。


 確かにペットボトルとかがない時代だから気をつけないとね。


 布に包まれたものと瓶をテーブルの上に並べる。


 布の包みを解くと少し形の崩れたオムレツと野菜がサンドされたサンドウィッチと鶏肉らしきお肉とハッシュドポテトがサンドされたサンドウィッチが出て来た。


 確かロウェリーさんがアルシェちゃんからとも言ってたから、どちらかはアルシェちゃんが作ってくれたものかな?

 

 療養期間中に食べていた料理はすべてシェパード様と同僚の女性の方が迎賓館の厨房を借りて直々に作ってくれているとロウェリーさんが教えてくれて、その日に料理を持って来てくれたシェパード様にお礼を言ったら何故か複雑な表情を浮かべられた事はまだ記憶に新しい。


 最初はシェパード様とロウェリーさんが料理を部屋に運んでくれていたけれど、昨日からはアルシェちゃんがシェパード様と一緒に持って来てくれるようになった。


 アルシェちゃんとはまだまともに話せてはないけれど。

 まだ幼いからかどこか放っておけない感じというか、気になるんだよね……。


 サンドウィッチを口にしながら東屋からの景色を楽しむ。


 この場所に東屋を建ててくれた人に感謝しないと。

 おかげでサンドウィッチが更に美味しく感じられる。


 だけど初めて見る景色の筈なのにどこか既視感を感じるのは、どうしてだろう?


 確かにこういう光景を見た気がするけれど、どこで見たのかが思い出せない。

 きっと映画やアニメとかで似た光景を見たのだろう。


 サンドウィッチを食べ終えて一息つく。


 どうしてか、シェパード様が用意してくれる食事が私のドストライクの味付けになっていて、異世界に来たにも関わらず食については困ったことがない。


 だから余計に1人立ちした時の反動が怖い。


 街の中に何箇所か食べ物を売っている屋台が見えるけれど、味とかどんな感じなんだろう。


 まだ無一文の私には買うお金がないから、生計を立てれるようになったら買いに行こう。


 ポシェットにサンドウィッチが包まれていた布とまだ中身が残っている瓶を仕舞う。




◇ ◇ ◇




 シェノリー庭園から階段を降りて、フードを目深に被り、人々で賑わう広場に出る。

 このリベルティ広場は円形になっていて、中央には大きな噴水があった。

 

 そしてその円形の広場を中心に大きな街路が3つ。

 1つはアラカルト王国へと続く1番大きな街路。

 2つ目がグラウデュース帝国へと続く街路。

 3つ目がフローレン最北端の街であるアルトリアと唯一の港町であるオセリアへと続く街路。

 

 その3つの街路と神殿がある高台を境界線に領民中心の居住地区、職人がが集うギルド地区、教会地区に区分分けされているらしい。

 領主一家が住んでいたアテルニス城も迎賓館と同じく高台にあるみたいだけれど、迎賓館とは反対側なんだよね。

 

 そういえばギルド地区には行商人や旅人の為の宿屋や食堂などもあるってロウェリーさんが言っていた。


 少し覗いて行こうかな。

 無一文だから何も買えないけど。


 とりあえず左側に見えるあの大きなドームの建物を目指そうと歩き出した瞬間、突然ケープの裾を掴まれた。


「お前、この世界の人間ではないな」

「え?」


 不意をつかれ心臓が飛び出そうになりながらも、掴まれている後ろを振り向くと、そこには淡い緑色の髪をした6歳くらいの可愛いらしい子どもが立っていた。


 一応しゃがんで視線を合わせる。


「えと……どういう事かな?」

「そのままの意味。見たところ漸くこの世界のマナに馴染めたくらい、か」


 そっと頬を触られて目を見開く。

 その子は気にする様子もなく、何かを考えている素振りを見せる。


 というか、なんでこの子は私が別の世界から来たってすぐにわかったの?

 しかも今の私の状態も当てているし。


「まあいい。とりあえず移動しよう」

「へ?」


 ぼそりと唐突に呟かれた言葉に聞き間違いかと間抜けな声を出すも、その子はまた我関せずと行った感じに私の手を握ると、にやりと嫌な笑みを浮かべた。

 その瞬間、突然の浮遊感の後、気がつくとさっきまで街の中にいた筈なのに、何処かの建物の中に移動していた。


 これはあれだよね?

 瞬間移動をしたってこと?


 それにしてもなんで、建物内にこんな大きな大樹があるの?


 部屋の中央に聳え立つ大樹に目を奪われる。


 花が咲く季節だからか、八重咲きの綺麗な薄ピンク色の花を咲かせて、ガラス張りのドーム状の天井から注がれる日の光のせいなのか、木の周りを流れる水の反射のおかげなのか、大樹自体が輝いている様に見える。


「こ、ここは?」

「冒険者支援協同組合。通称カルテット、フィオレンティア支部の中」

「それって」


 あの大きな建物の1つ、冒険者ギルドの中ってことだよね?

 中央がドームになっていたから、おそらくここがドームの部分ってことか。


 まさか冒険者ギルドに来るなんて。

 一応働き口の候補には入れていたから、見学には丁度いいけれど、先に目の前のこの子だよね。


 この子は一体何者なの?

 

「ついて来い」

「え、あ……ちょっと」


 大樹を囲む柵を跨ぎ、水の上を普通に歩いて大樹が生える岸に登る子どもを茫然と眺める。


 私は水の上、歩けないんですけど。

 いや、頑張って飛んだら行けるかもだけど……。


「何をしている、早く来い」


 こちらの事を気にすることもなく、平然と可愛い顔で言われて、少しあのふっくりとしたほっぺをつねりたくなった。


「あの、向こう側へはこちらから行けますよ」


 私と子どものやり取りを見かねてか、ギルドの職員らしき女性の方が、向こう側へと続く石道がある事を教えてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「いえ、それよりも頑張ってくださいね」

「へ?」


 意味ありげな笑みを浮かべて立ち去ってしまった女性に何を頑張れと?と疑問の視線を向けていると、ケープの裾を引っ張られた。


 しかも今度は手加減もなく思いっ切り。


「早く来いと言っている」

「ぅわっ!ちょっ!伸びる!伸びる!」


 子どもの行動に叫びながら、石道を進んで行くと、ふんっとふてくれた声とともにやっと手が放される。


 手が離れて着崩れた襟元を直していると、ある違和感に気付く。


 あれ?

 私、ちょっと浮いてない?


 それにさっきまでガラス張りの円天井に沿った回廊に囲まれていたのに、今は様々な種類の草花が大樹の周りを囲んでいた。


 というか、この空間自体がおかしいよね?

 重力的なものが弱いよね?


 それに草花の間とかを光の粒子が飛び交っているのが見える。

 あれはさすがに虫じゃないよね?


「こ、ここは……?」

「ここは精霊回廊、オルトゥスの間だ。お前たちにしては面白い空間だろ」


 悪戯が成功したような、どこか誇らし気に言われたけれども、一張羅のケープはもう引っ張らないで欲しいな。


 それにしても、この子と私を取り囲むように光の粒子が集まってきてる気がするんだけれど、確かこれは……。


「ルチル?」

「正確には生まれたての微精霊たちだ」

「微精霊?」

「そうだ。まだ自分の身体の原型すら定まらない未熟な存在」


 スタスタと地面を普通に歩き、大樹の根元に作られたテーブルセットの様な場所で椅子に座り足を組む子どもの姿を眺めつつ、子どもと出会ってから感じる妙な嫌な予感に両腕を組む。


「それで、どうして私をこの場所に連れてきたの?」

「ああ、ただの気まぐれだ」

「気まぐれって」


 サラッと返され、気まぐれでこんなところまで連れてきたの?と首を傾げる。

 それだけなら、どうしてこんなに嫌な予感がするんだろう。


 その予感は次に告げられた子どもの言葉により、当たることとなる。


「お前も、もう元の世界には戻れないのだから、こういう場所を見ておくのも悪くないだろ」

「え?」


 今、なんて?


「元の世界に戻れ、ない?」


 あまりの衝撃に呆然としながらも聞き返す。


 何かが足元から崩れていく様な不安にかられ、心臓が冷たく締め付けられるような感覚に襲われる。


「ああ。私の記録では異世界から来た者たちは皆、この世界で死んでいる」

「私の記録って、貴方は一体何者なの!適当な事を言わないで!」


 冷たく言い放たれた言葉につい感情的に声を荒げてしまう。


 この子が悪いわけではないけれど、止められない。


「なんで……。なんでこんな、いきなり訳もわからない世界に来ないといけないの!この世界に来た途端、魔獣に襲われて死にかけるし!人攫いに攫われて奴隷になりかけるし!5日間も昏睡状態になって目が覚めても満足に動くことができなかった!」


 それで漸くちゃんと動けるようになって、自分の足でいろいろ調べようと動き出したところなのに。


「……なんで、戻れないって言うの……」


 今まで溜め込んでいたものを全て吐き出したら、ずっと我慢していた涙まで出てきた。


 もういい。


 この子には悪いけれど、ここでもう全部吐き出す。


「うぅぅ……」




 ◇ ◇ ◇




「落ち着いたか?」

「っ、……まだ。お、えつが、とまら……ない」


 床に座り込み左手を胸に当て、右手で手首を握り締める。


 もう、どのくらいに泣いたかわからない。

 こんなに泣いたのはいつぶりだろう。


 私が泣いている間、子どもはずっと代わる代わるルチル、微精霊から出てくる光る細長い帯を眺めていたけれど、他の微精霊たちは泣き出す前よりも私の周りに集まっていた。


 ルチルが集まると暖かくなんるんだ。


「ぐす……もう、だいじょう、ぶ」


 ようやく嗚咽も落ち着いてくると、どこからか飛んできたハンカチを受け取り、顔に残った涙を拭いて思いっ切り鼻をかむ。


 あとでちゃんと洗ってから返そう。


「!」


 左手を胸に添えてゆっくり深呼吸をしていると唐突に身体が浮き、空いていたもう一脚の椅子に座らされ、子どもと向き合う形になる。


「……さっきはごめん」

「人間の感情の起伏が激しいのはどの世界も一緒だな」

「…………」

 

 読み終えた光の帯を木の葉っぱに変化させ、枝にひっつけながら話す子どもの言動に、街中で初めて会った時から感じていた違和感が確信に変わっていくのを感じながら、それを言葉にする。


「あなた、人間じゃない……よね?」

「ああ。私はこのギルドの情報管理を担っている精霊、名はルジストだ」

「せい、れい?」

「そうだ。まあ普通の精霊と違い、私はとある人間と母なら大樹により生み出された精霊だ」


 ふっとどこか無邪気さを残しつつ、誇らしげな表情で語るルジストの姿に少しだけ張り詰めていた心の糸が緩んだ様な気がした。


 精霊だったのはびっくりだけれど。






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