団子

日毎日毎ひごとひごとに何の変哲もない車窓から眺める景色はすこぶ鬱陶うっとうしい。天変地異は良いものである。このような退屈で、マンネリで、わずらわしい通学には。いっそのこと、このあぶらがギトギトこびりついた窓をたたき割って、その移り変わっていく電柱にしがみ付きたいものである。もし、しがみつくことができたのなら、完全に何かが轟音を立てて変わりそうな気がするんだが。

私はぶらぶらぶら下がる週刊誌の広告をチューインガムをしがみながらうつろな目で見ている。『くだらん。』 まことに世間はくだらないのである。夕暮れ、仕事に疲れたスーツ族、無表情なOL、ふしだらな学生、メガネ猿。みんな眠っている。でも私だけが眠っていない。目をギラギラ光らせ、百獣の王ライオンのように鋭い。

列車は乱暴にどんどん進む。したがって、日もどんどん暮れてゆく。

『綺麗だな』 私はつい図に乗ってセンチメンタルを旅する。

列車はギーギーとブレーキをかけて止まる。少し車両が傾く。自動扉が威勢よく開き、乗客が1名入ってくる。乗客は私の前に座る。私は白々しく窓の外に目をやる。

「見えやしない!」 私は心の奥底で怒鳴った。そうなのだ、私の未来が俄然見えないのである。将来の展望というか、まったくもって皆無なのである。

列車は長いトンネルに入る。

この頃には、私の情緒も不安定になる。トンネルが嫌いなのだ。自分の人生がトンネルのくせに、トンネルが嫌いなのである。私は仕方なく、永井荷風ながいかふうの『腕くらべ』を耽読たんどくするしかない。

それにしても腹が減った。私は朝から何も口にしていないのである。チューインガムでは腹はふくらまない。脳裏には好物のから揚げや餃子、チャーハン、酢豚が順繰りに浮かんでくる。私はもう極限であった。そんなとき、ありがたやありがたや、目の前に燦然と食べ物が輝いていたのである。それはまぎれもない“団子だんご”であった。団子が目の前にひとつぽつんと、まるで私に食べてほしそうにその裸体を横たえているのだ。私は否応なしにその団子をつかんで、思いっきりかじった。

その瞬間、

「痛いっ!」という悲鳴が車内にこだました。私は、前の女性の団子っ鼻に齧りついていた。

『ありえない・・・』 そう思いつつ、そのしょっぱい団子を吐き捨てると、直立最敬礼ちょくりつさいけいれい状態になり、

「すみません、すみません、すみません」と、矢継やつばやに謝り続けた。

女性は肩を震わせ、両手で団子っ鼻を押さえると、干物のように痩せた私の顔を、眼光鋭い涙目で、絶対に許さないと言わんばかりに、にらみつけた。

 ほどなく、列車は降車駅に着いたが、当然、降りられる訳もなく、自動扉は静かに閉まった・・・。

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もろもろ短編集 @chon266

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