Unrevealed(秘密の…)
Jack Torrance
オープンに生きれたら
クーラーが効き過ぎているくらい冷え切った大学の構内。
ペンを走らせメモを取る者。
熱心に教授の声に耳を傾ける者。
決して勤勉とは言えぬ怪しからぬ不届き者。
ノースアラバマ大学英米文学科の講義中。
その教授は学生たちが近寄り難いオーラを放っていた。
ピンストライプのツイードのスーツにブルーの濃淡のレジメンタルタイ。
幅が薄めの長方形レンズの黒いセルフレームの眼鏡。
その洗練されたファッションには似つかわしくない険しい表情。
真面目腐った面持ちでユーモアの欠片さえも微塵も見せずに熱弁を振るっている。
1800年代半ばに女流作家が男性名のペンネームを使い本を出版していた頃の時代背景を滾々と説き昔から根深く根差している女性差別について一通り論じると言葉を切った。
「諸君、何か質問はあるかね?」
構内を扇風機が首を振っているようにぐるりと見渡しながら冷ややかな眼差しを学生達に向けている。
その眼差しは放射線治療機器が悪性腫瘍を撃退するレーザー光線のように自分の講義に入り込んでいる敵対分子に向けてじりじりと照射されていた。
居眠りしている者。
空想に耽っていて上の空の者。
ノートの隅にフリップブックを熱心に描いてる者。
くだらない落書きをノートに書いて回し読みしている者。
自分の講義を軽んじている敵対分子どもにその光線が照射され嫌味の一言を言い放つ。
「マルティネス君、君は進んでC-を取りたいらしいね」
刺すような眼光とその嫌味の一言で敵対分子どものハートを焦げ付かせていた。
ずり落ちた眼鏡をブリッジに人差し指を当て持ち上げる奥歯に挟まった食べかすを舌先で取り除こうとする仕草。
いかにも神経質そうで陰湿な感じに見える。
彼の名はエドモンド ダウニング。
現在54歳で妻と二人の娘を持つ僕の受講している英米文学科の教授だ。
彼には文学において趣向の好悪が大いに見て取れた。
シェイクスピア、ダンテ、トルストイなどを絶賛し大いに持ち上げ賞賛した。
一方でケルアック、バロウズ、ギンズバーグといった偉大なビートジェネレーションの作家らを「ドラッグ、ヴァイオレンス、セックスを助長する若者にとって何の導にもならない下らん三文以下の低俗小説だ」と一刀両断に切り捨てた。
彼にとってはミステリーやホラーといったジャンルも文学には属していないという持論があった。
ある日の講義だった。
ダウニング教授はシャーロット ブロンテの『ジェーン エア』のヒロインの一途で純粋な愛の形こそ真の女性像であり『ジェーン エア』は何世代にも渡って読み継がれる普及の名作だと声を高々にして熱く語った。
『ジェーン エア』の比較対照となる悪い例としてケルアックの『路上』を引き合いに出して扱き下ろしていた。
「ジャック ケルアックの『路上』に出て来る女性の登場人物を想像するだけでも私は気分が悪くなりそうだ。ドラッグとセックスに溺れ自堕落に快楽のみしか追求していない。そんな女性を男性諸君は生涯の伴侶として選びたいかね?私は札束を積まれても願い下げだがね」
僕はその講義を聞いていて不快に感じた。
ケルアックの『路上』は確かに好き嫌いは別れる本だけれども若者の怒りや反抗心、それに人間誰しもが持ち合わせている欲求を生々しく描いているケルアックの最高傑作じゃないか。
「諸君、何か意見はあるかね」
ダウニング教授が正論を言ったまでだと言わんばかりに鼻をふんと鳴らして学生たちに意見を求めた。
僕は挙手して言った。
「ほう、ハートリー君。君が進んで発言するとは珍しいね。何か言いたい事があるなら言ってくれたまえ」
「教授はケルアックの『路上』をただの狂った若者達のロードムーヴィーみたいな小説だと仰いましたが『路上』は熱狂的なファンから支持されているビートジェネレーションの金字塔だと思います。何か人を惹きつけて止まないエッセンスがこの本には凝縮されているように僕は思うのですが。かのディランもこの本に触発され車での旅に出たと言う逸話も残っていますし…」
「それじゃ、ハートリー君、君はドラッグやヴァイオレンスを肯定しているという事なのかね?この小説に出てくる登場人物はケルアックを始めバロウズ、ギンズバーグ、ニール キャサディといった実在の人物がモデルになっているんだという事は君も知っているね。『路上』は言うなればケルアックの体験談という小説だ。その彼らを君は肯定しているって事になるんじゃないのかな?ディランがどうとか言っていたけれども彼も一時ドラッグに溺れていたんじゃなかったのかね」
ダウニング教授は僕の意見を鰾膠も無く撥ね付けた。
僕は何も言い返せなかった。
その学期の教授の僕への評価はC-だった。
こうして僕は一度教授に楯突いただけで教授の敵対分子となった。
その日のダウニング教授の講義で血祭りに上げられたのはヘンリー ミラーの『北回帰線』だった。
「この本はミラーの自叙伝的内容で彼の女性遍歴みたいな事が描かれているが私から言わせれば低俗なポルノ小説だよ。ミラーはセックス依存症だったのではと思わせる内容だ。発売当初にその過激な内容から物議を醸し発禁にまでなったというエピソードは有名な話だからね」
ダウニング教授の自分の好みに合わない作家への批評精神はもう好い加減うんざりだった。
言いたい事はあったが僕は黙って聞いていた。
翌日の講義に出ようとしたら構内放送でダウニング教授の講義は休講だという放送があった。
それが1週間続きダウニング教授が依願退職したという情報が学生達の間で出回った。
何でもデパートのエスカレーターで女の子のスカートの中を盗撮し現行犯で捕まったとの事だった。
彼は聴取の際に言ったそうだ。
「つい出来心で」
僕は彼を侮蔑した。
あの講釈は何だったんだ?
その後の警察の取り調べで押収されたスマートフォンとラップトップから盗撮した映像や児童ポルノなんかが保存されていた事が判明した。
何が出来心だ。
彼は『ジェーン エア』のヒロインに心酔していたが純粋無垢な女の子のみを性の対象としてしか捉えられなかったのだろう。
ダウニング教授いやダウニング被告は裁判で児童ポルノ禁止法で有罪が確定し禁固8年の懲役刑を言い渡されウィリアム ホルマン矯正施設に収監された。
無論、妻には離婚を迫られ妻と二人の娘は旧姓を名乗っているらしい。
大学教授という建前上、世間体を繕っていたんだろうが人間誰しも人には見せられない裏の顔がある。
僕はオープンに生きれたらどれだけ楽だろうかという事だけ彼から学んだ。
無論、法を犯さないようにだけどね。
僕は70オーヴァーのおばあちゃんにしか性的興奮を感じないのは今のところ秘密だけどね!
Unrevealed(秘密の…) Jack Torrance @John-D
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