黒毛皮オオカミ
あばら🦴
黒毛皮オオカミ
むかし、むかし。
あるところに人狼がいました。大きな人間の骨格を持ち二足歩行で歩きますが、顔と両腕と両脚、そしてそこにある爪と牙は間違いなく狼のものでした。
黒い毛皮をびっしりと身に宿したその姿から、人間からは恐怖の対象として、他の狼からは嘲笑の対象として、『黒毛皮オオカミ』と呼ばれていました。
そんな中、最近になって黒毛皮オオカミはとある森に居着くようになりました。
その森に赤いずきんをした少女が通りがかりました。少女はよく赤いずきんを被っていることから『赤ずきん』と呼ばれています。
少女は小さなカゴを持ち、中身は赤い布で覆われて見えませんが、少女の歩き方を見ると大切なものが入っていると思えました。
こんな森を一人で歩いて大丈夫なのだろうか、と黒毛皮オオカミは思いましたが、この姿を見られるわけにはいかず見守るのみにしました。
赤ずきんが迷いなくまっすぐ向かっていきます。それを見ていた黒毛皮オオカミは、だんだん赤ずきんの向かう先が分かってきました。
声をかけない訳にはいきませんでした。意を決して黒毛皮オオカミは赤ずきんに近づいて話しかけます。
「やあ。素敵な赤ずきんだね」
赤ずきんは黒毛皮オオカミの異様な姿を見ても驚かず、むしろお気に入りの赤ずきんを褒められたことで嬉しくなり、満面の笑みを黒毛皮オオカミに向けました。
「ありがとう! あなたも綺麗な黒い毛ね!」
黒毛皮オオカミの頬も緩みました。生まれてから黒い毛を綺麗だと言ってくれた人間は赤ずきんで二人目でした。
「こんな森の中でどうしたんだい? どこに行くのかな?」
「おばあちゃんの家なの! 『病気かも』っておかあさんが言ってて。全然家に来ないから、おばあちゃんが。パイとか色々届けにいくの!」
「そのおばあちゃんの家はどこにあるのかな?」
赤ずきんはお使いの目的地である自身のおばあちゃんの家を教えました。
「……よく迷わないでここまで来れたね」
「うん! 忘れたら会えなくなっちゃうから」
「ねえ、どうだろう。おばあちゃんに花を送ってみるのは。この近くにお花畑があるんだ」
「ほんとっ!?」
赤ずきんの目が輝きました。
「きっと喜ぶと思うよ」
「だよね! ありがとう、オオカミさん!」
黒毛皮オオカミが指し示したお花畑の方へ赤ずきんは元気よく駆けていきました。
おばあちゃんの家のドアを黒毛皮オオカミがノックしました。
すると家に住む白髪のおばあちゃんが出てきます。
「おばあさん、大変なことになった」
「何かしら。猟師に見つかったかしら?」
「いや違う。あんたの孫がここに来る」
「えっ……?」
「タイミングが悪いな」
「本当に赤ずきんがここに来るのかい?」
「赤ずきん……? 確かにそんなものを被ってたな。それに、血の繋がった孫であることは間違いない。俺の黒い毛を綺麗だと言ってくれた。あんたみたいにな」
「そうかい……」
おばあちゃんは嬉しそうに微笑みました。そしておばあちゃんは黒毛皮オオカミを家にあげました。
家の中には後ろから剣で刺され血を流している猟師がいました。黒毛皮オオカミは死んでいると思いました。
「これを見られるわけにいかないよな。あんたの孫の……赤ずきんには」
「ええ。お願いするわ。悪いわね」
「何言ってんだ、俺のためにやってんのに。悪いのは俺の方だ、あんたに殺しをやらせちまって……」
おばあちゃんが最初に黒毛皮オオカミと出会ったのは、おばあちゃんが赤ずきんの家に来なくなった時期の少し前でした。
黒毛皮オオカミの境遇を哀れんだおばあちゃんは森の中に匿うことにしました。
しばらくして森の中の黒毛皮オオカミの目撃情報が噂されてから、黒毛皮オオカミを討伐しようとする猟師が森にやってくるようになりました。
おばあちゃんはそのたびに、猟師を上手いこと丸め込んで追い返すようにしていました。
しかし一度、黒毛皮オオカミが猟師に見つかってしまいました。
おばあちゃんはその猟師を騙して家に招き入れ、そして殺してしまいました。
それが少し前のことです。
今おばあちゃんの家にいる猟師はおばあちゃんによって刺された二人目の人間でした。
最初に殺された猟師が帰ってこないからこの森が警戒され、たくさんの猟師が送り込まれているのです。
そして黒毛皮オオカミが見ている猟師は不幸にも黒毛皮オオカミを見つけてしまったのです。
黒毛皮オオカミは逃げるフリをして猟師を誘導し、おばあちゃんの家の付近で姿をくらまし、そしておばあちゃんが猟師に声をかけて家に招き入れ、油断した所を隠していた剣で後ろから刺しました。
「丸呑みにしよう」
黒毛皮オオカミが言いました。おばあちゃんは頷きじっと見ています。
すると、死んだと思っていた猟師がピクリと動きました。二人は驚きます。そして猟師はうつ伏せのまま弱々しく訴えました。
「た……頼む……。やめてくれ……。おばあさん、孫がいるって言ったか……。お、俺にも、娘が……待ってるんだ……。誰にも言わないから……殺さないでくれ…………」
泣き声混じりですが、言葉には力がこもっていました。
黒毛皮オオカミはおばあちゃんに目を向けます。おばあちゃんの目は赤くなっていました。猟師に同情していたのです。今にも泣き出しそうでした。
黒毛皮オオカミは猟師を丸呑みにしました。丸呑みにする前、背中に刺さった剣を引き抜く際、あっさりと猟師は息絶えました。
そろそろ赤ずきんが来るであろう時間です。
「私も丸呑みにしてくれないかしら」
おばあちゃんが言いました。その目には涙が浮かんでいます。
「は……?」
「赤ずきんに顔向けできないわ。人を刺しておいて……」
「俺が殺したんだ。俺がいなかったらあんたは殺しなんてしなかった。俺のせいだ。……悪い。俺があんたに甘え切ってたのが全部悪いんだ」
「ふふっ。甘えられて嬉しかった。それでここまで来てしまったわ」
「俺だってあんたに優しくされて嬉しかった。あんたと会ってからの俺は、俺の命の中で一番幸せだったさ。だから死にたがるな。あんたは赤ずきんが誇りのに思えるおばあさんだよ。俺が保証する」
「これからは違うわ。赤ずきんに言えない罪を抱えて黙っているおばあちゃんよ。赤ずきんに、悪いことしてはいけない、嘘をついてはいけないって言ってるのにね」
黒毛皮オオカミは、そのおばあちゃんの様子を見て悲しくなりました。そして言います。
「本気なのか? 食べられたいって」
「ええ。もちろん」
そこに嘘は混じっていませんでした。
黒毛皮オオカミはおばあちゃんを噛まずに丸呑みにしました。その際、いくつかの装飾品を脱ぐように指示しました。おばあちゃんはその意味が分かりませんでしたが、黒毛皮オオカミには考えがありました。
黒毛皮オオカミはおばあちゃんに変装し、暗がりを産むためカーテンを閉めました。
赤ずきんがおばあちゃんの家にやってきました。カゴの中には花がたくさんありました。
ドアを開けるとそこにはベッドに横になっている、おばあちゃんの振りをした黒毛皮オオカミが帽子を深々と被っていました。
違和感を持った赤ずきんが言います。
「おばあちゃん?」
「そうだよ」
「まあ、おばあちゃん、耳が大きいね」
「お前の声を……よく聞くためだよ」
「目も大きいね」
「お前の姿をよく見るためだよ」
「手も……大きい…………」
「お前をしっかり抱くためだよ。こっちへおいで」
赤ずきんは怖かったのですが、大好きなおばあちゃんにそう言われたのであれば断れません。それに、その声色はとても優しいものだったため、きっとおばあちゃんだと思い込みました。
ある程度近くまで来た時、黒毛皮オオカミの両手が赤ずきんの両肩をつかみました。
赤ずきんがその顔を見てすくみます。さっきの優しいと思っていたオオカミがそこにいました
「ひっ! お、大きな口……! な、なんで……!?」
「お前を丸呑みにするためだよ」
黒毛皮オオカミは赤ずきんを噛まずに丸呑みにしました。そしておばあちゃんの家の屋根に登ると、森中に響く遠吠えを繰り返しました。
黒毛皮オオカミはおばあちゃんのベッドの上で声をあげずに泣いていました。遠吠えによって猟師が来るまでそうしていました。
猟師はその姿を見て眠っていると思ったのでしょう。頭に銃弾を打ち込みました。
猟師は黒毛皮オオカミの死体の膨れた腹を引き裂きました。すると中から赤ずきんとおばあちゃんが生きたまま、銃弾を撃った猟師の仕事仲間であり良き友人であった猟師が死体のまま出てきました。
おばあちゃんは放心し、赤ずきんは絶叫に近い泣き声をあげています。
「卑劣なオオカミめ。二人も殺しやがって」
猟師が憎悪を込めて呟いたのをおばあちゃんが小耳に挟みます。反論したかったのですが、その力がありませんでした。
そしておばあちゃんは理解しました。オオカミは、私の罪を背負って死んでくれたのだと。
赤ずきんがおばあちゃんに抱きつき、謝りながら泣きました。
「ごめ、ごめんなざい! わ、私、悪いオオカミに騙されて、寄り道しちゃった! ごめんなざい、ごめんなざい!」
おばあちゃんも一緒に涙を流し、ただ黙って赤ずきんを抱き返しました。
黒毛皮オオカミ あばら🦴 @boroborou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます