整備士の恋

『整備士の恋』

「好きです」

 と、離陸寸前に声をかけてきたのは若い整備員だった。

AI搭載スペースシャトルの補助パイロットである私は、調整を終えた自機に乗り込んだ直後のことで思考が一瞬飛んだ。

「……は?」

「恋愛対象として見ております」

「は、はぁ……どうも……?」

「お伝えしたいことはそれでだけです。ではよきフライトを」

新卒くんはそう言って深々とお辞儀をして自機から離れた。

『……今のは俗に言う愛の告白というものでしょうか?』

「あ、ああ……そうなるかな?」

『では、一、はやし立てる。二、祝う。三、なぐさめる。の中から選んでください。適切な反応を返します』

「選択肢を追加。四、とりあえず黙って」

『承知しました』

はぁ、と溜め息をついてシートに尻を沈める。シートベルトで体を固定して黙々と離陸準備を進め、ハンドルを握る。

「もう喋っていいよ」

『はやし立てますか?』

「それはやめて」

『承知しました。離陸許可を受信。エンジンスタートまで三、二、一。エンジンスタート。離陸まで二十、十九、十八……』

 今回シャトルは木星重力圏のラグランジュ・ポイントにある基地J-A01まで飛ぶ。行ったら体感でも五年は帰ってこれない。

「ああ、だからか」

新卒の整備士くんは地球に残る。速いシャトルに長時間乗る私と、木星の強い重力。ウラシマ効果で整備士くんは先に年を取るだろう。

「だからか」

帰ってくる頃には新卒くんではないし、私より年上になっているかもしれない。

「なかなか憎いことをするよ、彼は。ああ、独り言だから記録しなくていい」

『承知しました』

私とシャトルは木星へ向かって飛んで行った。

若い整備士へ心を残しながら。


「……いやーずるいわ!?」

 姿勢が安定して通信可能区域にたどり着くまで返事に悩めって言うのか! しかもお前は返事を待つのか!? 言いっぱなしか!?

「どっちにしろずるいわ!」

『今の発言は記録しますか?』

「記録しないで」

『承知しました』

このモヤモヤをどうにかしよう、と思って整備士への返事を考え始めた。

私の優秀な頭脳を揺るがした事実は認めてやろう。

「そもそも名前も知らないんですけど……」

名乗るくらいはしておきなさいよ。

「……名乗ることすら忘れた?」

緊張で? それはそれで可愛らしいけど。


 返事を考えるなら紙にインクで。数時間前に初めてしっかり見た若い男の顔を思い出しながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【掌編集】宇宙(そら)を識る人 ふろたん/月海 香 @Furotan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ