空を読む人
『空を読む人』
初めて会ったのは中学生の時。
“決まった時間に交差点の真ん中で空を指差す子がいる”
そう聞いた不良のなり損ないの俺らは彼女をからかいに行った。
噂通り現れた彼女を見て俺らは指差して笑った。
でも彼女は「そっちじゃない」と怖い顔をして俺らの前へ歩いてきて空を指すように言った。
ダチは気味悪ぃってんでその場から逃げ出した。
俺は逃げるのが遅れた。
だから彼女が掴んだ手を上に向けるしかなかった。
最初はまあそんなもん。
次からは興味半分、恐怖半分で会いに行った。
俺は交差点で決まった時間に空を指す変な子の一人になっていた。
ただ、彼女と並んで空を指す時間は酒とタバコに耽るより有意義で、相変わらず親を困らせる子供ではあったけど前よりはマシになったんじゃないかって、思うようになった頃。
何でだろう。ふっと聞いちゃったんだ彼女に。
「これ、意味ある?」って。
そしたら名前も知らない彼女が哀しい顔をした。
その場でごめんって言えばよかった。言えなかった。
「ガキの頃の不思議な思い出とか言うやつ?」
同じベッドの女にタバコの煙ついでに話したら「何それキモすぎ」と返ってきた。
「はは」
今キモいって言った?
愛想笑いの下でこの女はやめよう、と思った。
美人だったんだけどな。それなりに好みだったのに。
でもどうして俺はこんなにムカついてるんだろう?
「タバコ切れそうだから買ってくるわ」
タバコの外袋と一緒に女への気持ちも捨ててコンビニでエナドリを買った。
ふと公園の真ん中で突っ立って月を指差してる若い女が目に入った。
ああなんか、あの子に似てる。
と思ったら本人でビックリ。
(あー、やあ。とか? いや、違うなー……)
彼女は真剣に月を指差していた。
思い出話のせいだろう。俺も昔みたいに横に並んで月を指した。
そんだけなんだけどまあ、タバコよりはイイ感じ。
「……これさぁ」
今さら謝罪は違うかなと思った。
「タバコと酒よりはいいかな」
彼女が指を下ろしたんで俺も下ろした。
初めてまともに彼女の顔を見た気がする。
特徴はないけど綺麗な目鼻立ちの子だった。
「美人じゃんね」
「……空には模様があるの」
あの日の続きだ、と思った。
「月にもあるでしょ」
「あー、うん。ウサギがいるんだっけ」
「兎に見えた人は月から兎を読み取ったんだよ」
「なーる」
「あなたは何て読んだの?」
「何を?」
「月を」
面白いことを言う。
月を見上げてそうだなぁ、とつぶやく。
「……今日は美人だと思った女が結構なブサイクで、何でもないと思ってたコが美人な夜だな、とか?」
「それは月じゃなくて夜ね」
「月ひっくるめての夜なんだよ」
「そう……。そうなのね」
彼女はまた月を見上げた。
「……あんさ、」
下心じゃない。月が綺麗だっただけ。
「名前、教えてくれる?」
翌年には彼女と一緒に乳飲み子を抱えてた。
奥さんはたまに空を指差す。娘も真似をして空を指差す。もちろん俺も。
「今日はお空になんて描いてあるかなー?」
「あうー」
「そうかー。俺は“お昼はステーキ食いてえ”空かなー。サラちゃんはー?」
「私は、“お昼の後は公園の木陰の下にいたい青空”、ね」
「じゃあそうしよう」
ご時世的に色々大変なんだけども、母子ともに健康ですくすく育ってるし結構結構。木陰の下の空気は初夏の香りがしている。
「は、幸せってこう言うことか」
「急ね」
「まあね」
でもいいのか、これで。
「あの時はごめん」
「いつ?」
「交差点の時」
「ああ」
サラちゃんはふっと笑った。
「いいよ」
相変わらず空の読み方はわからない。でも奥さんは綺麗だし、娘は可愛いし、空は青いしこれで正解なんだろう。
娘は遊具で遊んだあと一人で空を指差した。
「う」
「何してるのー?」
近所の子が話しかけた。
「うー」
「ん? なに?」
その子も真似して空を指した。
「雲? ソフトクリームみたいだね」
俺とサラちゃんは二人のところへ行って一緒に空を指す。
「お空になんて描いてあるかなーって」
「何て描いてあるの?」
「一緒に探してみようか」
難しいことはわからない。
ただ空に何が描いてあるか探す生活は大正解だ。
俺は娘と奥さんの隣で、そう感じた。
──『空を読む人』・完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます