最終話 あなたから貰った幸せ
あれから十年の月日が流れた。少女だったわたしも大人になり、今日も滝のすぐ近くの小屋で、職人として働いている。
十年前と比べて、驚く程穏やかに続く日々。たまに亡霊が出てビックリする事はあるけど、お城で酷い事をされていた時に比べれば、こんなのはなんて事は無い。
「リュード様、釣れてますか?」
「…………」
いつものように、滝つぼに釣り糸を垂らすリュード様からは、何の返事も返ってこない。
……見てわかるかもしれないけど、リュード様の体にはもうほとんど魔力が残っていない。何日か……下手したら何週間に一度目を覚ますと、こうして今まで通り釣りをして過ごしている。
近いうちにリュード様は消えてしまうだろう。それは悲しい事だけど……わたしはこの十年で、リュード様から数えきれないくらいの愛情を貰ったから、きっと大丈夫。
「さてと、依頼されたものも溜まってるし、頑張らなきゃ! リュード様、わたし仕事してきますね!」
「…………」
リュード様に声をかけてから、わたしは家に戻って仕事をしようとするが、何か嫌な予感がして再び家を出る。そこには、見知らぬ少女が、リュード様の隣に立っていた。
「そこのあなた、どうかしたの?」
「…………」
少女は、わたしの話を聞きもせずに滝に飛び降りようとした。けど、それを事前に察知していたわたしは、腕を掴んで止めた。
「なんで……とめたの…………?」
「目の前で死にそうな人を助けるのに、理由なんていらないでしょう?」
「……放っておいてください……」
赤く腫らした目から、大粒の涙を流す少女に、小さなレースのハンカチを手渡した。
これは、彼女みたいな人を説得する時の為に使うように、常備してあるものだ。もちろんちょっぴり幸せで、素直になる魔法がかけられている。
「心が……温かい……ぐすっ……うぅぅ~……!」
「どうしたの? 何かつらい事があったの?」
「彼氏にフラれて……仕事もダメで……借金まで……それも額が酷くて……返しても返してもダメで……もう生きていたくないの」
わたしとは少し違うけど、この子もつらい思いをしてきたんだね。こんな所に誘われるくらいに……つらかったんだね。
「わたしも似たような経験があったんだ。住んでる場所を追い出され、お金も無くて、寒い森の中で死のうと思ったけど、助かってしまった。そこから頑張って、無一文からなんとかなった。だからさ、きっとあなたも何とかなるよ!」
「私なんかに、出来るでしょうか……?」
「出来るよ! だってわたしが出来たんだから! だからもう一回頑張ろう! それでダメだったら、またここにおいで。いくらでも話は聞くから! あ、でも変な声は聞いちゃ駄目だよ? それは悪い人達だから! まあ数はかなり減ったんだけどね」
ここに住むようになってから、わたしは毎日魔法を使って亡霊を天に送っている。そのおかげで数はだいぶ減ったけど、それでも執念深い亡霊が棲みついて、今もこうして仲間を増やして力をつけようとしてる。
もちろん、そんな悲しみの連鎖を許すわけにはいかないけどね。
「それでも私……」
「なら、気分転換に童話を聞かせてあげるよ! わたし、色んな童話を知ってるんだ」
「そ、そうなんですか……なら少しだけ」
「じゃあ……とある国の王子が、命を懸けて悪い魔女と戦い、封印した昔話を話そうかな!」
眠り続けるリュード様を見てから、わたしは話し始める。
それは、王子様がこの地の魔女を倒し、呪いを解くために自分の身を犠牲にして、ここでずっと縛られてしまったが、一人の少女との出会いで変わっていき、恋に落ちる物語だ。
「どう、面白かったでしょう?」
「ええ、とっても。最後が寂しかったけど……」
物語の最後……それは、王子様が魔法による呪いで、眠り続けてしまう。それを、女の子がいつか目覚めると信じて、たくさんの人を守ってくれた王子様を、今度は自分が守ると決意して終わるの。
「そこは受け取り方次第よ。確かにつらいけど、いつかは起きてまた抱きしめてくれるって、女の子は信じてるの。この前も久しぶりに起きてくれたしね」
「え、じゃあ今の童話って……」
「ふふっ、どうだろうね。それで、元気になったかな?」
「……はいっ」
出会った時よりも、目の輝き方が違う。きっとこの子はもう大丈夫だろう。本当に良かった。
「元気になったあなたには、そのハンカチをあげるわ。これ凄いんだよ? あなたの笑顔と幸せを守ってくれるわ」
「このハンカチにそんな力が……?」
「ええ。持ち主をちょっぴり幸せで素直にしてくれる魔法をかけてあるの」
「ちょっぴり幸せで……ええ!?」
目がキラキラしたと思ったら、突然わたしに詰め寄る女の子。わたし、なにかしちゃったかな……?
「幸せになるハンカチや服、帽子にドレス! なんでもござれな幸せ職人のセレーナさん!?」
「あ、あはは……一応そうなるかな」
「大ファンなんです! 実は私も職人になろうと思ってたんですけど、才能が無くて……」
「……夢っていうのはね、望んだ人の所にしか来ないんだ」
「「え……?」」
わたしに憧れてくれたこの子に、アドバイスをなにかしてあげようと考えていると、突然リュード様が起きて、その場で静かに立ち上がった。
「挫折し、努力し、また何度も挫折し……それでも折れずに努力を重ねて得られた成功。それが夢になるんだ。だから君も、大変だろうけど投げ出さずに、頑張ってみるのはどうかな? 大丈夫、君のようにつらかった彼女が努力し、幸せになったのを見てきた僕が言うんだから」
「…………はい、やってみます! お二人共、ありがとうございました!」
そう言うと、彼女は笑顔で颯爽と走り去っていった。
これで……また一人の命を救えた。この十年で何人もの人を助けてきたわたしだけど、無事に笑顔でお家に返してあげられると、嬉しくて涙が出そうになる。
「ありがとうございます、リュード様」
「…………」
「リュード様?」
「すまない……眠くて……」
「わかりました。今日はもうベッドに行きましょう」
わたしはリュード様の肩を担いでベッドまで運ぶ。魔力体という事もあってか、リュード様って凄く軽いんだよ。
「……ちゅっ……おやすみなさい、リュード様。次起きれた日、また一緒にお茶を飲んだりおしゃべりしましょうね」
おやすみのキスを皮切りに、リュード様はもう何度目か覚えていない眠りに入る。
次はいつ起きてくれるのかな。もしかしたら、もう目を開けないかもしれない……って駄目だよわたし。こんな顔をしてたら、リュード様に心配かけちゃう。
「さて、お仕事を……じゃない! 今日の儀式をしなきゃ! もう、なにやってるのよわたし! リュード様、ちょっと行ってきますね!」
リュード様と一旦別れを告げてから、わたしは一人で滝に向かう。そして、ちょっぴり幸せで素直になる魔法を使って、この地に縛られた人達を旅立たせる。
「我が魔法よ……この地に縛られた魂を救いたまえ!」
それっぽい呪文を唱えながら、わたしは体から出た光の玉を滝つぼに投げ入れる。それも、かなり魔力を含んだものだ。
すると、抵抗するようにわたしの足元に出てきた赤黒い泡が、純白の光になって、辺りを楽しそうに飛び始めた。
『きゃっきゃっ! あー!』
「この子はまだ赤ちゃんだったのね……親が無理心中をしたのかな……神様が面倒を見てくれるから、天国でたくさん遊んでね」
『あーうー……あ、あい! あいあろ!!』
赤ちゃんの魂は、最後に言葉を残して、天へと昇っていった。
最後……ありがとうって言ってくれたのかな? そのお礼の気持ちを伝えてくれるだけで、胸がいっぱいだよ。
「さて、リュード様に今日もちゃんと出来たって報告しなきゃ」
寝室に戻ってくると、当然のようにリュード様が寝ていた。
ほんのちょっとだけ……起きてるかもって思ったけど、そんなに甘くないよね。もういい大人なんだから、現実をちゃんと見なきゃ。
そう思って部屋を出ようとしたら、急に何かに腕を掴まれて……そのままベッドに引きずりこまれたわたしは、リュード様に抱きしめられてしまった。
び、ビックリした。リュード様がわたしの腕を掴んで、そのまま引っ張ったみたい。寝ぼけてやっちゃったのかな?
「リュード様?」
「僕の可愛くて愛おしいセレーナ……誰にも渡さない……」
「リュード様、わたしはどこにもいきませんよ、もう……」
やや呆れ気味に答えながら、わたしはリュード様にキスをする。よし、これでわたしはリュード様のものだってわかってもらえ――
「りゅ、リュード様?」
「んー……」
少し離れようとした瞬間、リュード様はわたしを強く抱きしめて逃げられないようにした。そして……そのまま唇を塞がれた。
「んむっ……!? あんっ……ちょ、はげしっ……」
「セレー、ナ……」
「うぅっ……お仕事しなきゃだけど……少しくらいなら……いいかな……?」
まさかここまで深いキスで求められると思ってなかったわたしは、抜け出す力を完全になくしてしまい……しばらくの間、わたしはリュード様に抱きしめられながら、彼の愛情をその身で感じた。
――いろいろあったし、これからも色々あるだろう。なにせ、わたしのパートナーは普通じゃないんだから。
でも、今のわたしはとても幸せ。だって、お裁縫に囲まれて、愛する人と一緒にいられるんだよ? ずっと虐げられてきた身からしたら、こんな贅沢は無い。
この幸せを長く続ける為に、そして終わった時に楽しかった、愛してると言って別れるために、わたしは今日も頑張るの。
だから見ててください、リュード様。わたし、頑張りますから。
それと、今更こんなことを思うなんて恥ずかしいんですけど……。
リュード様、わたしを助けてくれて……愛してくれてありがとう。わたしもあなたの事、たくさん、たくさん! 愛しています!
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