最終話 終わらない道
──5年後。
王国から1国を挟んで隣、共和国において魔王の誕生が確認された。
誕生の経緯は不明。しかし、世界の魔力の質に関しては6年前に王国内の領地から四神が逃げ出した際に観測された時から変化がないため……そこで誕生の兆しが見られた魔王と同一のものであると断定された。
『我が国には勇者はおりません……どうか諸外国のみなさま、お力添えください……!』
共和国からのその切実な要請に動かない王国ではない。即刻、現王マルクスから対魔王のスペシャリストであるグスタフ伯爵へ向けて下命があった。【魔王討伐のための遠征隊を派遣せよ】と。
グスタフ伯爵は即座にそれを拝命。すぐに戦士たちを選定した。
「──勇者アーク。共和国に出現した魔王の討伐を果たしてほしい」
招集された戦士のひとり、王国の元勇者──アーク・ヴィルヘルム・ミラージュは強化都市モブエンハントにあるグスタフの居城の一室で、小さく笑みを浮かべる。
「魔王……懐かしの響きだ。それでグスタフ、詳細は?」
「前回の魔王同様、強力な幹部クラスの魔族がいるみたいだ。また、王国から逃げ出した四神、白虎と朱雀がいる可能性もあり……危険度は高い。その上で……請け負ってくれるか?」
「ああ、委細承知した。任せろ」
アークは迷うことなく、そう応じた。
「で、グスタフたちは来ないのか?」
「俺は王国でキーアイテムの守りに徹する。ニーニャは子育ての真っ最中だし、スペラも同行はできない。その代わりカイニスからガイ、帝国から期待の新人魔術師が来てくれるそうだ」
「新人魔術師……? 女じゃないだろうな?」
「女性らしいが、それがどうかしたか?」
「……いや。かつての女狐の顔がチラリと思い浮かんでな」
アークは脳裏に浮かんでいたアグラニスの顔をかき消すと、「さてと」とさっそく立ち上がった。
「じゃあ、俺は行くぜ。見送りはいらん、ここでいい」
「なんだ、もう行くのか?」
「ああ……高揚感と使命感が俺の背中を押している。ようやくこの時が来た、とな」
アークは静かに拳を握る。
「今度こそ……俺は真の勇者になってみせる」
「……なれるさ。王国のことは俺に任せろ。だから勇者アークよ、前だけ向いて行ってこい。魔王討伐の旅へ」
「ああ、行ってくる」
アークは大きく誇らしげな一歩一歩で、グスタフの居城から外に出る。
玄関先のその庭では、行きには無かった賑やかさがあった。メイドに見守られた4歳くらいの女児と2歳くらいの男児が、きゃっきゃと声を上げながら走り回って遊んでいる。
「フッ、早いもんだな、もう走り回ってんのか……」
「──あっ、アークのおじちゃんっ!」
女児が、アークを指差したかと思うと駆け寄ってくる。
「はぁ……おじちゃんはよしてくれよ」
「じゃあ、アーク!」
「呼び捨て……まあ、おじちゃんよりかはマシか」
「アーク、ひさしぶりだねー! しょうぶしよぉっ! ねぇ、しょうぶっ!」
「久しぶりであいにくだが、そんなヒマはねぇ」
「わたし、槍ね」
「聞いちゃいねぇな……」
女児は、トテトテと居城の玄関まで走っていったかと思うと、これまたトテトテと今度は木で作られた槍を持ってきた。
「わたし、いっぱい鍛えたんだからっ!」
グルグルと槍を回し、4歳にしてはかなり様になった構えを見せた。
……やっぱ、親の血だなぁ。
「1本だけだぞ、レリシア。今日は遊びに来たわけじゃねぇ。もう出なきゃならねーんだからな」
「うんっ!」
レリシアと呼ばれた女児は、頷くやいなや、バネのような跳躍でアークの元までひと息に駆ける。幼いながらレベルにしてもう10近くはあるだろう。将来にとても期待ができる……が、その槍での初撃を、アークは容赦なくヒョイと避けた。
「はい、チョップ。終わりだ」
「え、えぇ~~~! 早いぃぃぃっ! もういっかい!」
「1本だけって約束だろ。ほら、テルが指くわえて待ってんぞ、遊んでやれ」
先ほどまでレリシアたちが駆け回っていた場所で、テルと呼ばれたその男児は寂しそうにボーっと、メイドの足に掴まってこちらを見ながらつっ立っていた。
「むぅ~でもテルはまだ戦えないもん……」
「そのうち影も掴ませないような盗賊職に育っちまうだろうからな。対等に追いかけっこで遊べるのは今のうちかもしれないぜ」
「むぅっ、わたしだって足はやいもんっ!」
ブーブー文句を言うレリシアの首根っこを掴んでメイドの元まで運ぶ。
「レリシア、お前はきっと強くなる。しっかりと鍛えておけ。そうすりゃいつか、
「うんっ! わたし、パパたおして結婚するのが将来の夢!」
「……野心家なのも血筋か? ま、楽しみにしてるよ」
アークはレリシアの頭をひと撫ですると、居城を去った。
──共和国内で勇者アークとその一行の名前が轟くのは、まだ少し先の話だ。
* * *
アークが魔王討伐の旅に出て、数日。俺たちは俺たちで忙しい日々を送っていた。
まず、国内のモンスターの発生率が高まっていることへの対応、次に魔王軍襲撃への備え、それに伴う各領地軍の強化特訓などなど……やることは盛りだくさんだ。
「疲れた……ちょっと、休憩……」
「パパーっ!!!」
午後、中庭のベンチへと腰を下ろと、レリシアとテルがトテトテと駆け寄ってくる。忙しい日々の中で、俺の癒しになってくれる愛しい愛しい、俺の子供たちだ。
「パパー! ヒマー!? 遊ぼー!!!」
「あはは。ちょっとだけならいいぞ?」
「ヤッター! じゃあね、決闘!」
「ヒマであろうがなかろうが、娘たちと決闘はしたくないな……」
まあ、遊びであることは承知の上だ。とはいえテルの方はまだ戦闘なんて遊びでもやる歳ではないので、普通に追いかけっこで遊ぶことにした。きゃあきゃあとはしゃぐレリシアとテルを追いかけ、捕まえて抱き上げて、ほっぺにチュー。
……はぁ、癒し。かわええ……。
「レリシア、テル!」
俺たちが遊んでいると、中庭に現れたのはニーニャだ。
「ままっ!」
テルがトテトテと駆けていく。ニーニャはテルを抱き上げて、
「パパにいっぱい遊んでもらえた?」
「んっ!」
「良かったわね。でもパパは忙しいから今日はここまでよ。ママと遊びましょ。もちろん──」
ニーニャの姿が目の前からフッと消えたかと思うと、いつの間にかレリシアの背後に回っていた。
「レリシアもねっ!」
「ふぎゃっ!」
ニーニャに抱え上げられたレリシアが、猫みたいな声を上げる。
「えぇ~! 遊び足りない~!」
「これからアタシと遊ぶのよ」
「ニニャママは追いかけっこもかくれんぼも強すぎるんだもん~」
「手加減するわよ……それでも捕まっちゃうならそれは鍛錬が足りないわ」
「ぶぅ~!」
レリシアの反応に、ニーニャはカラカラと笑う。
「それじゃグスタフ、アタシたちは行くわ」
「うん、頼んだよ」
「任せなさい。競走馬もかくや、ってくらいに走り込みさせてあげるわ」
「ギャー!」
ニーニャの冗談に、レリシアが悲鳴を上げる。テルも楽しそうにレリシアに続いて叫んでいた。そんなふたりをニーニャは愛おしそうに眺めている。ニーニャにかかれば、子供たちの扱いはお手の物だ。
「ニーニャ、本当にお母さんって感じになったな」
「ん? どういうことよ」
「包容力があって頼もしい、昔ながらのおっかさんみたいだ」
「イマイチ褒められてるのか貶されてるのか分からないわね」
「べた褒めだよ。こんな可愛いおっかさんこの世にふたりと居ないね。ニーニャが妻で、本当に幸せだよ」
「……も、もうちょっと分かりやすい褒め方しなさいよねっ」
ニーニャがプイっとそっぽを向く。照れると素っ気なくなる感じは昔のままだ。そんなところもたまらなく愛おしい。
「じゃ、ホントにもうアタシたち行くからっ」
「ああ。ありがとう」
「ん。お仕事がんばって」
ニーニャが目を閉じたので、軽くキスをする。まだ少し赤みの差した頬、花が咲くような可憐な笑みを残して、ニーニャは中庭の奥へとレリシアたちを抱えていった。
……可愛い。妻、超可愛い。
「やっぱりベリーキュートなニーニャも妻に迎え入れて大正解だったなぁ、超美人でスマートなスペラちゃんの意見を聞いて正解だったなぁ」
「……あの、スペラ? いつの間にか俺の隣に現れて、まるで俺の言葉かのように喋るの止めて?」
俺は、こっそりと気配を隠して隣に現れていたスペラにジト目を向ける。スペラはニマニマと笑みを絶やさない。
「でも、本当に良かったでしょう?」
「……ああ。そうだな。可愛いスペラも妻になってくれたしな」
「うっ……ズルいですよ、グスタフさん」
直接褒められると簡単に照れてしまうというチョロい弱点持ちなその妻の頭を軽く撫でる。スペラは、何だか悔しそうにそれを受け容れていた。
「お、覚えておいてくださいよグスタフさん……! 今夜ベッドの上でやり返してやりますから……!」
「照れ隠しに無理やり下ネタに繋げなくていいんだよ?」
「はいブッブー、残念でしたぁー! ぜんぜん下ネタじゃなくてただの事実ですぅー! 今日もグスタフさんと私で【こどもチャレンジ】するんですぅ~~~!」
「これ以上ないくらいの下ネタ来たなぁ、オイ」
……こどもチャレンジってな。それを夜の営みに例えるのは良くないって。
「はぁ、エルフってなんでこう子供がデキ辛いんでしょうか……私も早くレリシアちゃんたちみたいな可愛い子供欲しいです……」
「うん、そうだな。いっしょにがんばろうな」
「……はいっ!」
スペラは満面の笑みを浮かべて頷いた。
……やっぱ、そういう素直な表情が一番可愛いと思うんだけど。どうしてもスペラって照れて下ネタで誤魔化したがるんだよな。まあ、そんなところも魅力のひとつだと割り切ることにして口には出さないけどさ。
「ところでスペラ、俺に何か用事だったか?」
「ええ、はい。レイア様がお呼びですよ。たぶん今後の対魔王軍の件についてでしょう」
「そっか、分かった。ありがとう」
レイアの執務室へと向かう。いちおう俺と兼用の執務室ではあるのだが、俺は肉体労働の方が得意なのであまり使わない。資料整理などはニーニャと秘書たちに任せきりになってたりする。
「レイアー? 入っていいか?」
「グスタフ様、どうぞ」
ドアを開けると、大量の資料の置かれた机の後ろ、開けた窓から中庭の様子に耳を馳せていたらしいレイアがこちらを振り向いた。
「ふふっ、レリシアたちと遊んでくれていましたね。それにしても、どうしてあんなに決闘好きになったのやら……?」
「うーん、レイアの血じゃない? レイア、大人しそうでいて実は結構勝負好きだし」
「むぅ、女性に向かって失礼ですよ? 決闘好きはグスタフ様でしょう? 訓練にきた兵士たちを連日ちぎっては投げしているではありませんか」
まあそんな軽口を交わし合ってクスクスと笑い合う。
「それでレイア。どうかしたのか? 魔王軍の件か?」
「ええ、そうですね。確かにそちらも重要案件ですが、もうひとつ重大な案件が発生しまして……」
「重大な、案件……?」
深刻そうなレイアの表情に、思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「それはかなりマズイことか……?」
「いえ、ぜんぜん」
「えっ?」
レイアは一転してケロっとした表情で、
「実は、第2子を授かったみたいなのです」
そう言った。
「………………えぇっ!?」
「ふふっ、ずいぶんと間がありましたね、グスタフ様」
クスクスとレイアが笑う。俺の仰天した顔がお気に召したらしい。
……って、いやいや、赤ちゃん、もうデキたのっ!?
「あの、まだちょっとしか致してないよね、俺たち?」
「ちょっ、そういう生々しいお話はしないようにっ!」
レイアが恥ずかしがっている。普段ならめちゃくちゃ可愛いそのレイアを撫でくり回したいところなのだが、それ以上に驚きが勝っている。
……だって、レイアが第1子で長女であるレリシアを生んでから4年。そろそろ2人目がほしいよね、なんて話してから1カ月しか経っていない。
「ご、ごめんレイア。驚いちゃって……でも嬉しいよ。本当にありがとう」
「はいっ。私こそありがとうございます」
俺は固くレイアと抱擁を交わす。温かく柔らかく愛おしい……これまでもこれ以上ないくらい大切に思ってきたそのレイアが、もっともっと大切になる。
「好きだよ、レイア。いつまでも」
「どうしたんですか、急に? 私も好きですよ、グスタフ様」
「なんでかな……愛情って上限が無いんだなぁ、って思ってさ」
「そんなの……当然じゃありませんか。愛なんて、共に生きれば生きるほど、深まるものですよ」
「そっかぁ……すごいな、愛……」
しばらく抱き合って、キスをして、それから今日の予定を決める。
「よしっ! 今日はいっしょにお医者にかかって、それからお祝いだな!」
「あっ、ダメですよっ! お仕事はちゃんとなさってください!」
「仕事なんていつでもできるっ! でも今日のレイアは今日しか大事にできないんだっ!」
「そんな良い事風に言ってもダメですっ! お医者には私ひとりでかかりますわ。レリシアの時のようには誤魔化されませんからね。今は特に忙しいのですから!」
「ぐぅ……!」
……でもなぁ、そんなこと言われてもなぁ……! 俺もしっかり立ち合いたいんだよ。
どうにかしてレイアについていけないか思案していた、そんな時。
──バァンっ! と執務室のドアが勢いよく開いて、
「グスタフさんっ! なぜだか知りませんが今しがた突然【つわり】が来ましたっ! 私、妊娠してたみたいですっ!!!」
「はいぃっ!?」
さっき中庭で別れたはずのスペラが、目をキラキラと輝かせて──俺に抱き着いてきた。
「居ます居ます、お腹に居ます~! 赤ちゃんっ!」
「えぇっ!?」
キャーキャーとはしゃぐスペラの後ろから、続いてソロリと入ってきたのはレリシアとテルの手を引いたニーニャ。
「あの、グスタフ……アタシも、なんだけど」
「えっ」
「2人目、デキたみたい……」
「えぇっ!?」
驚き×2である。えっ、待って、ということは……
「さ、三人同時に、ですか……」
さすがのレイアも、驚きに口を丸く開けたまま閉じれないようだった。
「あの、レイア……やっぱり俺、今日仕事休むね?」
「は、はい……」
俺はそれから俺にくっついてきているスペラを……改めてこちらからガッチリ抱きしめる。
「ありがとう、頑張ってくれて。嬉しいよ」
「はいっ! 私もすっっっごぉぉぉく嬉しいですっ!」
次にニーニャも抱きしめる。
「ありがとうな。ニーニャ」
「……うん。きっと元気な子が生まれるわ」
俺たちの足元でキョトンとしているレリシアとテルに教える。弟や妹が3人増えるよ、と。ふたりとも目を剥いてビックリ仰天って感じで可愛いかった。
「今日は……お祝いですねっ!」
「そうだな。お祝いだ。盛大に、明るく楽しくお祝いしよう!」
嬉しそうなレイアの言葉に、俺も大きく頷いた。
──俺たちの日常はそうして続いていく。
ただ、どんな世界であれ、変わらないものなど何もないのだ。問題だけは常に山積みのこの世界で、きっとこの先ひどく大変で辛い状況に陥ることもあるかもしれない。
だけどそれでもなお、今この瞬間、確かな幸せがここにはある。連綿と続く日々の中で、新たな世代が育まれ、新たな命が誕生し続ける。その全てが俺の、俺たちの希望となる。
その希望が灯り続ける限り、グスタフとしての俺の歩みは終わらない。レイアの、ニーニャの、スペラの、レリシアの、テルの、これから生まれてくる可愛い子供たちの幸せのために。
まっすぐなその1本の信念の槍を心の内に持ち続け、俺は戦い続けようと思う。
「いっしょに戦ってくれるか、みんな」
「はいっ、もちろんですっ!」
「あったりまえでしょっ!」
「やってやりましょうともっ!」
……本当に本当に、最高の家族たちである。
~FIN~
=====================
これにて本編完結です。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
読者のみなさまにおかれましては気に入った展開もあれば、気に入らなかった展開もあったかもしれません。でも、こうして最後までお読みいただけたのは本当に嬉しいです。
さて、今後ですが本編では省略されていた時系列の部分のサイドストーリーなどを不定期で投稿していくかもですが、それまではいったんは完結にします。
本編は終わりましたが、時折この作品のことを思い出す機会としていただけると嬉しいなと思っています。
それでは最後に改めまして、約1年の連載でしたが、本編に最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました!
願わくばまた他の作品でも皆さまの目に留まることもできたなら幸いです。
それではっ!
王城モブ衛兵に転生したので姫をさらおうとする魔王軍を撃退したら勇者のハーレム要員から次々に惚れられた件。あ、姫は俺が守ってるんで俺様系自己中勇者さんはどうぞ勝手に魔王退治の旅へ 浅見朝志 @super-yasai-jin
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