第168話 最大の幸せへの一歩目を
俺がスペラの胴体めがけて横なぎにした槍が、空を切る。スペラの体がグニャリと歪んだかと思うと、霧のように立ち消えたのだ。
「
「どうしました? 技のキレがありませんね、グスタフさん?」
「くっ……! ソッチが本体かっ!」
手を抜いているつもりはなかった。しかし……スペラの戦術は槍を持っている俺に対して特化した、巧みなものだった。
──
「『マス・フレアード』!」
「この程度の連射くらい──うおっ!?」
中級の炎攻撃魔術の中に隠されていたデバフ効果を持つ魔術を槍で触れてしまい、俺の身体能力が削られる。
……実際に唱えた魔術の中に無詠唱魔術を入れ込んできた。相当な難度を誇る技術だと聞いたことはあったけど……そりゃスペラさんならできて当然、か!
「グスタフさん、いつもの気迫がありませんよっ? もしかして……『負けてしまった方が都合がいい』、『負けてしまいたい』とお思いなのではっ?」
「っ! そんなことは思って──ないッ!」
俺は槍の範囲攻撃スキルを駆使して、スペラが再び作った
「思っていないっ!? ほぉうっ? つまりニーニャのことは
「俺は、レイアを愛すと決めた……! それだけだッ!」
「それは答えになっていませんよ……!」
突然、俺の背後にスペラの上級の炎攻撃魔術が現れた。
「くっ……!?」
……スペラ、上級魔術の無動作無詠唱化までッ!?
「『千槍山』ッ!」
槍の石突きを地面に打ち当て、槍の壁を築いて防いだ。しかし、スペラの猛攻は終わらない。爆撃のような攻撃の連鎖に、俺はさらに『千槍山・
「グスタフさん、このままではニーニャの気持ちはいつまでも宙ぶらりんのままなのですよ。だから、娶らないのであればハッキリと突き放しなさい。『お前のことは好きじゃない』と。そう言ってニーニャの気持ちを前に進ませなさい!」
「……! でもニーニャは……何も俺に言いはしない! 何も求めようとはしてこないっ!」
「だからっ?」
「だから、おかしいだろ! ニーニャが何も言わないのに、俺から一方的にニーニャの気持ちを断るようなことを言うのかっ!? それは違うだろ!」
……ニーニャが俺のことを好きだという自覚は……あった。強化都市モブエンハントを作る最中、貴族派閥のひとりとの交渉が終わった帰り道。ニーニャの『好きよ』という言葉の中には、わずかに【恋慕】の感情が込められていた。それは、知ってる。知ってたけど……!
──それ以上何も言わないというのは……言いたくないってことなんじゃないのか? ニーニャ自身が、その気持ちをハッキリとは表したくないってことなんじゃないのか?
「ははぁ、なるほど? ニーニャの胸に秘めているその想いまでをも打ち砕くのは酷だと?」
「……ああ」
「嘘をおっしゃい! それは本心じゃ無いでしょうッ!?」
「……いい加減にしろよ、スペラ! 俺はレイアただひとりを愛すると決めた!」
「だから、それは私の問いへの答えになっていないと言っているのですッ!」
スペラの猛攻に崩れかけていた槍の壁の裏から俺が逃げるように飛び出すと、しかし、やはりスペラに狙い撃ちにされた。再び『千槍山』で受けるが……このままじゃジリ貧だ。
「ねぇ、グスタフさんっ! あなたはかつて『何故側室を取りたがらないのか』という私の問いに、『1番の想いには1番で応えたいし、応えてほしい』、だから『レイア様ひとりを愛し、レイア様にも自分ひとりだけを愛してもらいたい』と言いましたねっ?」
「だったら、なんだよっ!」
「グスタフさん、あなたは愚直で誠実な人です。だから、その【縛り】を守り抜こうとしているのでしょう……ですが、本当は自分の気持ちにも気づいているのでしょうっ? 先ほどからあなたは『レイア様を愛すると決めた』としか口にしていない!」
「ッ!!!」
「それは、必ずしも【他の女性を愛していない】には繋がらないのですよッ!」
「くっ──!」
特大の炎魔術が、槍の壁ごと俺を弾き飛ばす。スペラの攻撃のひとつひとつがどんどん重たいものになっていく……いや、同時に俺の防御が弱くなっている。気持ちが、弱っていく。
「答えてくださいっ! 私が先ほどから訊いているのは、レイア様がどうこうという話ではありません。ニーニャを自分だけの女性にしたくはないのかと、それだけのことですっ!」
「そんなの、答えられない……!」
「答えられない? ここにきてまで誤魔化しますかッ!」
「ぐは──っ!?」
初級魔術フレア、いくつものそれが鎧の腹部を叩き、俺の体は地面を転がった。
「さあ、決着の時間ですよ」
スペラが歩み寄り、風ひとつない真冬の湖面のように静かで、冷たい瞳を倒れる俺に向けてくる。
「娶りたくない、自分のモノにはしたくないというならば、そう言いなさい」
「……っ」
「なに、難しいことではありません。『俺はニーニャのことなんて何とも思っていないから、他の男と楽しく過ごせよ。その手、指、唇、
「……ッ!」
「さあ、言いなさいグスタフさん。本当にニーニャのことをなんとも思っていないのなら──」
「──ぇるかよ」
「えっ? いま、何と?」
「言えるかよッ! そんなことッ!!!」
俺は地面を強く蹴り出し、駆け出した。応じるようにスペラが放った幾十のフレアを、俺は槍を使わずに紙一重でかわし切ると、不意を突かれ一瞬動きの固まったスペラへと迫った。
「なっ──『シン・フェルティス・フレアード』!」
「『
スペラの最大級の炎魔術攻撃が発現し切る前に、俺は速攻の覚醒スキルでスペラの元に集まり出した魔力の渦を霧散させる。
「くっ……!?」
スペラは即座に高速浮遊魔術で俺から逃れようと後退するが……俺はそれに追いすがって走る。
「フフッ……どうしてそこまで必死なのです、グスタフさん。ニーニャのことは別に好きではないのでしょうっ?」
「はぁっ!? アホかっ! そんなの──好きじゃないわけがないだろうがッ!」
「っ!!!」
スペラが無動作無詠唱での大量のフレアを浴びせてくる。俺はそれを最小限だけ弾いた。あとはこの身に
「ニーニャは大切な仲間で、いつだって自分以外のみんなを優先して考えるような優しさがあって、可愛くて、俺のことを好きでいてくれる愛しいヤツだよ……! そんな女の子が、別の男の元に行くなんて……考えたくもないッ!」
「フフフッ! ようやく素直になってきましたね……! ニーニャのことが、そんなに大好きですかっ!」
「ああ、大好きだねッ! 俺はニーニャのことが大好きだッ! でも……それはニーニャのことだけじゃねーぞ! スペラさん、あんたのこともだッ!」
「──へっ!?」
スペラが呆気に取られた表情で固まる。連射されていたフレアが止まった。
「らぁぁぁッ!!!」
「ひゃっ!?」
その隙に、俺はスペラの肩を掴む。
……捕まえた。
「スペラさんも旅を共にした大切な仲間だ。下ネタ好きでふざけることが多いけど、でも実は一番、年長者の視点で俺たちを見守ってくれようとする。優しくて、美人で、スタイル良くて……そんなの好きになるに決まってんだろーがッ!」
「えっ、あっ……はっ、はいっ。ありがとう、ございます……」
「でも……俺が好きで、女の子もみんな俺のことを好きで、だから全員を側室にって? 全員を娶ってしまえって? そんな──そんな都合の良いことできないだろッ!」
顔を真っ赤にしているスペラの肩を俺は放して……槍も放り出し、俺はその場に座り込む。もう、戦う気なんて失せてしまっていた。
「……仮に、みんなが俺の妻になるなら俺は幸せなのかもな。でも、みんなは本当にそれで幸せかっ? 俺がどんなにがんばったって、俺はひとりだけだ。みんなの1番にはなれないだろ……!」
「……」
「俺がふたりを娶りたいと言ったらレイアは考えてくれるだろう。もしかしたらそうしても良いと言うかもしれない。でも実際にそうなったら……結果としてその選択が、レイアを含めて、みんなを不幸にするだけかもしれない」
「……そうですね。その選択が幸せかそうでないかは、選んでみないことには分かりませんから」
「だったら! ニーニャとスペラにはふたりだけの、それぞれの幸せを掴んでほしいって、俺は思う……!」
「私とニーニャだけの……それぞれの幸せ?」
視線を合わすように膝を着き俺の前に座ったスペラへと、俺は頷いた。
「ふたりを他の男に渡したくないなんていうのはさ……結局、ただの俺の中のワガママな感情論なんだ。俺の中にそういう気持ちもあることは、認めるよ。大いにある。……でもさ、俺はそれ以上に……ふたりには本当に幸せになってほしいって思ってる」
「……それくらい、分かっていますよ」
スペラは柔らかく微笑んだ。
「グスタフさんのことですから、きっと私たちのことを第一に考えてくれてるだろうということくらい」
「……考えたいと、そう思ってる。だから、たとえふたりが誰か別の男を好きになったとして、俺の中にそれが嫌だと思う気持ちがあったとしても……俺は、それでも祝福したい。ふたりのその幸せを──んっ?」
スペラの人差し指が、俺の唇を塞いだ。
「グスタフさんのお考えはよく分かりました。でも、本当の幸せとか、どうやって幸せになるか……それは、グスタフさんが決めることではありません」
スペラはそう言うと──
「……えっ」
広く中庭の空間を覆っていた透明な魔力の壁が剝がれていくと、そこには……レイアと、ニーニャ。ふたりが、花壇の側で立っていた。
「見えなかったでしょう? 実は、レイア様もニーニャも、最初からそこに居ました。私たちの決闘に立ち会っていたんです」
「なっ……!?」
……ということは、つまり……俺とスペラの会話も全て聞かれていたというわけで……。
レイアを見る。その表情は……怒っているわけでも、悲しんでいるわけでも、喜んでいるわけでもない。ただ、すべてを受け止めるような、慈愛に満ちた表情を浮かべていた。その隣でニーニャは、
「ごめん、レイア……アタシ……っ」
俯いたまま、どうしたのだろう。時折肩を震わせて──泣いている?
「ごめんねっ、レイア……」
しゃくり上げるような、ニーニャの小さな声が聞こえた。
「ごめんっ……ごめんっ」
「ニーニャさん……泣かないで。分かりますよ」
「アタシ、そんな風に思っちゃダメだったのに……! でも、今は……どうしようもないくらい、嬉しくって……!」
「ニーニャさん……ぜんぜんダメじゃないんです。ダメじゃ、ないんですよ」
レイアは子供のように泣きじゃくって座り込むニーニャを抱きしめた。
「グスタフさん、行きますよ」
「あ、ああ……」
スペラに軽く背を押され、歩く。ニーニャの背中を優しく撫でるレイアは、俺たちの足音を聞いてこちらを向いた。
「グスタフ様、そのお心の内は聞かせていただきました」
「……うん。ごめん。でも……全部、本音だった」
「はい。存じております。1年前、それでもなお私ひとりを愛し続ける決断をしてくださったことも、全て」
レイアは微笑んだ。
「こちらこそ申し訳ございません。この決闘、すべて……私たちが仕組んだことなんです」
「えっ……?」
「この1年、ニーニャさん、スペラさんにもちゃんとお話をして、グスタフ様を独り占めさせてもらっていました」
驚きすぎて、というか……なんのために? それが理解できない。だからこそ、言葉が何も出なかった。
「突然、意味が解りませんでしたよね。勝手なことをして本当にごめんなさい。でも……本当にありがとうございました」
レイアが深々と頭を下げた。
「私はこの1年、すごく嬉しくて、楽しい日々で……私はひとりの妻として、充分なくらいの幸せをいただけました。でも、私は……その先を望んでしまいます」
「……その、先……?」
「ただの私の中のワガママな感情論です。私は……【みんなと】幸せになりたいのです」
「みんな、と……って、まさか……!」
俺の言葉に、レイアは頷いた。
「私とニーニャさん、スペラさん、そしてグスタフ様。私はこの4人で居る日々が大好きで、大切なんです。だからこれからも共に在りたいと、共に幸せになりたいと願っています」
俺が思った通りの言葉をレイアは口にした。それはいつしか、スペラから聞いた通り。『もしかしたらレイア自身が一夫多妻を望むかもしれない』という内容に他ならない。
「発案は他ならない私です。1年の間、グスタフ様にご決意していただいた通りに私と夫婦になって暮らしていただく。それから改めて、グスタフ様の本心を聞かせてもらおう、と。乱暴な手段になってしまったのは申し訳ありませんでした」
レイアその言葉にスペラも頷いた。それを聞いて、見て、俺は……いつまでも啞然としてはいられない。
……だって、3人はすでに気持ちを固めている。それも、1年前からずっとだ。
「レイアのお願い事の1年、っていうのは……こういうことだったんだな。レイアと共に1年を過ごしてなお、俺の中に、ニーニャとスペラさんへの愛情が残っているかを確かめるために……」
「……はい。その通りです。この1年、私を1番に愛し続けてくださったグスタフ様の中に、それでも変わらないふたりへの愛があれば……きっとグスタフ様ご自身の中にある本当の想いを認めてあげることができるだろうと、そう信じて」
レイアは俺の腕に触れ冥力を得ると、その深紅の目を開き俺の顔を覗き込む。
「結果としてグスタフ様の、ニーニャさん、スペラさんへの真実の想いを聞くことができました。ですから……あとはグスタフ様のご意思だけです」
「俺の、意思……」
「私たち3人を、共に愛してくださりますか……?」
レイアが半歩後ろにさがって、その陶磁器のように美しく白い手を俺に向けて差し伸べた。
……この手を、俺は掴んでしまっていいのだろうか。一夫多妻を、俺は受け入れていいのだろうか。いまだに……悩む。やはりその選択はレイアの幸せを損ない、そしてニーニャとスペラの少し先の未来に待っているかもしれない新たな出会いや幸福を奪うことになるんじゃないか……?
「グスタフさん」
スペラが、迷う俺を見つめる。
「幸せは誰かに選んでもらうものではありませんよ。ですので……私たちの幸せがどこにあるかなんてことは、グスタフさんが心配なさることではないのです」
「……!」
「私とニーニャは、他ならぬ私とニーニャそれぞれが幸せになるために、自分たちの意志でこの選択をしているのですから。ね、そうでしょう? ニーニャ?」
スペラの声に……ニーニャはゴシゴシと涙を拭いて、立ち上がった。赤くなった目元をまだ潤ませて、俺を見る。
「アタシは……グスタフが好き。人間性が、とか……そんな風にずっと、ずっと誤魔化してきてゴメン。でもアタシはずっと、昔から……グスタフのことが男の人として好きなのっ」
「……ニーニャ」
「途中から身を引いたつもりだったの。だって、アタシはレイアのことも同じくらい好きになったから。だからふたりが幸せなら、それで良いって。……でも、それでも好きなものは好きなんだもの、グスタフへの想いを忘れようとしたってムリだった。だからっ……グスタフが私のことを大好きって言ってくれて、本当に嬉しくて……ああ、アタシやっぱりグスタフといっしょに居たいって……」
ニーニャは嗚咽を噛み殺すようにしながらそう言うと、レイアの差し伸べる手に、自分の手も重ねた。
「グスタフが良いって言ってくれるなら、レイアとスペラといっしょに、アタシとも……この先の未来を生きてください……!」
レイアとニーニャ、ふたりが重ねる手にスペラもまた自身の手を重ね、俺に差し伸べる。
「私はこれ以上語るまでもありませんね。ずっと以前より、この気持ちは言葉に表していますから」
3人の手が、俺に向けられる。
「……グスタフ様、人の幸せや不幸せがどこで巡ってくるのかは誰にもわかりません。だからこそ今この時は──最大の幸せを求める、そのための一歩をこの4人で共に踏み出してみませんか……?」
「最大の、幸せ……か」
レイアの言葉が……俺を決意させる。
誰にも渡したくない、そう思える3人が。
他の誰でもない俺と共に幸せになりたいと言ってくれる。
──この選択が果たして最善のものかは分からない。それでも、今このとき踏み出すことのできる最善で最大の、幸福の道へと続く一歩であると信じて。
俺は手を差し伸べ──3人のその手をギュッと、ひとまとめにして取った。
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