第167話 彼ら、彼女らの秋と冬、そしてまた春

【秋】


 俺とレイアの結婚は盛大に祝福してもらえた。場所は城下町の礼拝堂。いろいろな町から国民たちが集まって、花道を作ってくれた。


「──二人が永久に共に在るよう、誓いの印をその手の甲に」


 王国の国教に則り、親族──前王でありレイアの父、ピウスによって、俺とレイアの指を組んで繋いだ手の甲に、ハーブ由来の染料で大きく誓いの印が描かれてゆく。1カ月から数カ月でその印はせて消えてしまうけれど、それは目には見えない魂にまで誓いが及び『たとえ死がふたりのことを分かつとも、心は常に繋がっている』ことを示すのだそうだ。


「たとえ冥界へ連れ去れたとしても、俺たちは繋がっていましたけどね」

「ふふっ、そうですね」


 レイアとふたり、微笑み合う。


「立派になったなぁ……レイア……」


 前王ピウスはその目元に涙をたたえていた。戴冠式のあとから、ピウスの表情はとても豊かなものになったと感じる。まるで解放されたかのように。王の責務とはやはり、俺には想像が及ばぬほど重いものだったのだろう。


 俺とレイアはふたり手を繋ぎながら、ピウスによって綺麗に描いてもらったその誓いの印を掲げて、馬車に乗って再び花道を通った。祝福をしてくれる国民たちに手を振りながら、王城へと向かう。そこで、今度は賓客ひんきゃくを迎えての披露宴だ。




「──えー、毎度おなじみの講釈ではございますが、結婚には3つの袋があると言います。1つ目は夫婦円満に必要な堪忍袋、2つ目もまた夫婦円満に大事な給料袋、そして3つ目にはこれまた夫婦円満にとても大事な金玉ぶく──」

「スペラァァァッ!」


 ドッタンバッタンと、スピーチでやらかしそうになったスペラをニーニャが止めたりなど、ちょっとしたアクシデントはあったものの、披露宴も無事に終えることができた。


 列席者の中に、唯一チャイカは居なかったが……レイアに対して1通、個別で手紙が届いていたようだった。その中身を、俺は知らない。読んだあと、レイアはそれをとても大事そうに胸に当てていた。




 ──その結婚披露宴の数週間後、チャイカは突然、再び強化都市モブエンハントに俺を訪ねにきた。


「私はもっと強くなろうと思う。私は、私がもっと強ければ手にできたものがたくさんあるのではないか、とそう思うのだ」

「え……? 強くなって、まさか俺からレイアを奪おうと……?」

「ふん。たとえそうだったとして、グスタフ、貴様は私からレイア様をみすみす奪われるつもりなのか?」

「いや……絶対に嫌なので俺の方がもっと強くなりますけど……」

「なら貴様が気にすべきことではないだろう。さあ、金ならある。さっさと私に特訓をつけてみろ、強化都市の主よ」

「嫌な金持ちみたいな頼み方してきますね……別にいいけどさ」




 ──余談だがその数年後、俺とチャイカは王国最強を争う2強の戦士として、国外にも広く認知されるまでになるのだった。




 * * *




【冬】


 それは、初雪がチラついた日のことだった。


「おはようございます、グスタフ様」

「あっ、おはよう、レイア」


 早朝、まだ外の暗いうちから、しかし兵の訓練のために居城から出ようとしていると、レイアも起き出して玄関まで見送りにやってきていた。


 ……まだ早いから起こさないように家を出ようと思ったんだけどな、起こしちゃったか。レイアはいつも俺を見送ろうとしてくれる。本当に嬉しいけど、こういった日は少し申し訳なく思ってしまう。


「ごめんね、『行ってきます』も言わず……」

「いえ、こちらこそごめんなさい。これからお仕事だというのに、呼び止めてしまって」

「そんなことない。俺も嬉しいよ? こうして朝に顔を合わせることができてさ。今日もなるべく早く帰ってくる。レイアは、公務の方は?」

「……今日は午後に1件、共和国の外相との懇親会について王城の方々と打ち合わせがありますが、夕方には戻れるかと」


 共働き夫婦のような会話だ。いや、実際そうなのだが。


 ……夫婦、夫婦ね……うぇへへへ。


 いまだに、『夫婦』というワードを思い浮かべてしまうだけで俺はニヤけてしまう。だってこんなにカワイイ妻と夫婦って、素晴らし過ぎるんだが?


「……ん?」


 なんだろうか、少し違和感。レイアの表情にどこか、元気がないような……?


「レイア、もしかして体調が悪いのか……?」

「あ、その……実は少し、吐き気が……」

「やっぱり!」


 俺は速攻で今日の予定を変更することにした。1日看病。これ絶対。


「ダ、ダメですよっ!? グスタフ様、お仕事はちゃんとしなければ……!」

「ダメじゃない。俺の仕事の代わりはいくらでもいる。でもレイアの夫は俺だけ……ならば、どうすべきかは決まってるだろうっ!」

「い、いえ、お気持ちは嬉しいですが、メイドの方たちが居ますから……グスタフ様は普通にお仕事に行ってください」

「でもっ……風邪は万病のもとって言うし、万が一ってことがあったら……!」

「無いから大丈夫ですっ! 心配性ですね、もう……」


 レイアは呆れたようにため息を吐いた……いやでもしょうがないじゃん? 心配だろう、普通に。


「それにグスタフ様、その……これは風邪とかではないんです、たぶん……」

「へっ?」

「だから、どうしても……すぐに教えたくて」

 

 レイアは、はにかんだ。


「その……できた、みたいなのです」

「……えっ」

「赤ちゃん……」


 ──時間が止まったかと思った。


 それくらい、一瞬記憶が飛ぶくらい、ガツンと頭に衝撃がきた。


「レイア……っ!」


 次に気が付いた時には、俺はレイアを抱きしめていた。


「……ありがとうっ! レイア、ありがとうっ! 嬉しいよ……!」

「はい……グスタフ様、私も、私も嬉しい……っ!」




 ──やっぱりその日、俺は仕事を休んでいっしょに医者にかかった。




 * * *




 季節は巡った。春、夏、秋、冬と。


 1日ごとに変わりゆく日々を、ひとつひとつの思い出をレイアとふたりで重ねて、楽しく素敵に健やかに過ごした。


 多くの出来事があったけど、それは俺とレイアだけの1年だった。俺とレイアが互いのためだけに尽く合い、愛を育んだ1年だった。


 そしてまた、春が来る。




 * * *




【春】


 暖かな風が吹く強化都市モブエンハント。俺の居城の中庭へと、レイアから呼び出しがあった。


 ……いつものあの、花壇のある場所かな。


 レイアはよくその側のパラソルの下のベンチで読書をしている。その姿はいつも絵になっており、俺はその光景をただ見ているのが結構好きだ。


「……っ?」


 中庭に一歩踏み出して……違和感。辺りの景色に変わりはない。だが、何か大いなるものに包み込まれているような圧迫感がある。これは……


領域テリトリー……?」


 それはいわゆる魔術的な結界に、さらに自分の魔力を編み込んで【自分だけのフィールド】にする超応用的な魔術の1つだ。それをこの王国で、この居城で、ニーニャに気づかれずに行使できる者なんて、ひとりしかいない。


「さすが。『気配感知』スキルも使っていないのに素晴らしい危機察知能力ですね……グスタフさん」


 中庭にそびえる石柱の陰から姿を現したのは、王国魔術研究所の所長に授けられるバイオレットのローブに身を包んだ──スペラ。

 

「なんのマネだ、スペラさん」

「分かるでしょう? かつてチャイカ伯爵に挑まれたあなたなら。私もまた、決闘を申し込ませていただきます」


 スペラが向けてくる気迫に、ザワザワと肌が粟立つ。この空間に流れているのは間違いなく、スペラの内なる覚悟が表れた本気の魔力だった。


「……スペラさん、レイアはどうした? 俺はメイドの1人に『レイアが呼んでいる』と聞いたからここへ来たんだ」

「あれはただの嘘ですよ、私の。この領域テリトリーにグスタフさんを踏み込ませるための、ね」


 スペラは俺を嵌めたというのに、ニヤリともしない。いつになく真剣な表情だ。


「グスタフさん、この決闘に私が勝ったら……あなたには側室を持ってもらいます。そしてまず、ニーニャのことをめとってもらいます」

「っ!」

「レイア様への一途さを貫きたいのであれば、私に勝つことです。私が負けた際は……私を追放するなりなんなりと、好きな条件をどうぞ」

「……俺が、その決闘を受ける必要はないだろ」

「いいえ。決闘を受けてくださらない限り、この領域テリトリーは解除しません。グスタフさんがここから出るためには私を倒すか、私に倒されるしかないということです」


 唐突に、スペラの背後の空間が歪んだかと思えば、そこから火の球が飛んできた。それは超高位魔術師にしか為せない、無動作無詠唱での初級魔術……『フレア』。それが俺の槍を持つ利き腕を的確に狙ってきた。


「ッ!」


 槍を回して、攻撃を弾く。


 ……スペラは、どうやら本気のようだ。本気で、俺と真正面からやり合うつもりなのだ。


「スペラさん……俺に勝てる気でいるのか」

「ええ。勝ちます。勝利の算段はついていますから」

「分かった。なら、対等だな」


 俺とスペラは、互いに呼吸を合わせ、そして──同時に前に踏み込んだ。


 最初で最後の、愛すべき仲間との決闘が始まった。

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