第166話 彼ら、彼女らの春と夏
俺、グスタフはレイア姫と結婚することになった。その報告はマルクスの国王即位の件と共に広く王国に報された。俺が城下町に出向くと、多くの人々がその結婚を祝福し、歓迎してくれた。
「──この部屋とも、お別れですね……」
レイア姫の自室。俺と姫はふたりきりで姫の私物をまとめていた。姫は今日から、俺の領地モブエンハントで暮らすことになる。
「朝、この部屋にグスタフ様がお迎えにきてくれることが無いと思うと……少し寂しいです」
「確かにそうかもしれません。でも……モブエンハントでも俺が毎朝、姫をお迎えにあがりますよ」
「……そうなのですか?」
「ええ、もちろん」
「私はてっきり同じ部屋で、ベッドを共にするものかと……」
「えっ! ひ、姫と……!?」
姫が俺の手に触れ、そうして得た冥力を
「私と同じ寝室は……イヤですか?」
「えっ、そっ、そんなことはっ! でも、俺イビキとかかいてたら恥ずかしくて嫌だなぁ……と」
「むぅ、確かに……私も毎日寝顔を見られるのは、少し恥ずかしいかもしれません」
姫はいたずらっぽく俺にウィンクを投げる。
「じゃあ寝室は別にしましょう。でも、寂しい時はグスタフ様のところへ行ってもいいですか?」
「も、もちろん……!」
「ふふ、嬉しいですっ!」
姫は俺の手を握りながら満面の笑みで喜んだ。
……う~ん、天使かな??? この人が俺の妻になるんだろ……? 毎日を共に生きて過ごせるわけだろ……? そんなの、最高過ぎるじゃないですか……!
「そうです、グスタフ様。2つお願いがあるのですが……よろしいでしょうか?」
「えっ? あ、はい。なんでしょう?」
「1つ目、私のことを『姫』と呼ぶのはもうやめてください」
「え、えぇっ!?」
「当然でしょう? 私はもう、グスタフ様の伴侶なのですよ?」
「た、確かに……。それでは、レイア様、と」
「……ダメです。私のことは『レイア』と呼び捨てにしてください。あと、敬語もお止めください。普段使いの口調でよいのです。もう私たちに身分の差など無いのですから」
「そんなっ! い、一気にそんなにっ!?」
「なんで驚くのです? イヤなのですか?」
ぷくぅ~と頬を膨らます姫に……俺はどうしたらいいんだ?
……もちろん、イヤとは違う。ただ……いきなり呼び捨てというのはなかなかに勇気がいる……。でも、それが姫の望みと言うならば……!
「えっと、じゃあ……レ、レイア……」
「……ふふっ、なんですか、グスタフ様?」
「いや、呼んでみただけ……です」
「敬語は抜けませんね。でも……グスタフ様にとってはそれが私に対しての普段からの口調でしたものね。次第に慣れていっていただければ嬉しいです」
姫……いや、レイアはとても機嫌良さそうに笑っている。もしかして俺、ちょっと遊ばれてたりする?
「まあ、呼び方はともかくですよ、レイア。お願いが2つあると言ってましたけど……もう1つは?」
「そうでしたね」
レイアは微笑みながら俺の腰に両手を回し、俺の瞳を覗き込むように見上げてくる。
「魔王が復活を果たした可能性があり、王の交替もあって、これから先とても忙しくなるとは思いますが……グスタフ様にはこれから先の1年、ただ私のことだけを見て、たくさんの愛情を注いでいただきたいのです」
レイアはそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。
「私も、私のこの胸に満ちる愛を、グスタフ様ただひとりに捧げますので……」
俺は静かにその唇に自らの唇を重ねる。
こうして、俺たちの新婚1年目が始まった。
* * *
【春】
現王から新王マルクスへの戴冠式が執り行われた。これには多くの国から
……なにせ、魔王が復活した兆しがあるのだから当然だ。レイアが初めて公の場に出たときは魔王軍にしっちゃかめっちゃかにされた訳で……そんなことの二の舞は断じて避けたい。
──会場内警備に当たったのは俺とニーニャ。会場外はスペラ。
──城下町周辺警備にはチャイカ、それに今やカイニス領軍の大将を任されることになった砲の戦士ガイ。
──城下町の巡回要因として元勇者アークに、帝国からは中二病魔術師も貸してもらうことができた。
「まさに、ドリームチームだ」
「ドリームチーム?」
俺の隣でレイアが首を傾げる。
「いや、かつての敵も含めての万全の構えができているなーと思いまして」
「確かに、そうですね。これだけ厳重な警備だと安心できます」
「まったくです。むしろちょっとくらい攻め込んできて試してほしいまであります」
「もう、グスタフ様? 不謹慎ですよ?」
「す、すみません……」
確かに言霊とかあるし、そうでなくても俺は今や会場警備について重要なポジションなのだ。発言には気を付けないと。
「でも、仮にまた魔王軍が攻め込んできたとしても私は何も心配しておりませんが」
「まあ、これだけ厳重な警備なら……」
「むぅ、そうじゃありません」
レイアはわざとらしく眉をひそめて言う。
「だって、今はずっと……グスタフ様が私の隣に居てくださるんですもの」
「……ひ、姫……!」
「あっ、また言いましたね? 姫、じゃなくて?」
「レ、レイア……。はい。俺は何があってもレイアの側からは離れませんよ。必ずレイアを守り抜きますとも」
「ふふっ、はいっ。もちろん信じていますっ」
キラキラとした笑みを湛えるレイアのその姿に……またもや俺は心貫かれる。
……ああ、ホントに天使。チューしたい。
そんなバカップル的な思考に陥っていると、
「──あぁ~! グフ兄ぃ、レイアちゃん~! 久しぶりぃ~!」
タタタッ、と足音を鳴らしてこちらに駆けてくるのは国賓のひとり、帝国でダンサ皇帝の補佐を務めている元七戦士、ヒビキ書記官である。
「おっ……ヒビキか、久しぶりだな」
イエーイ! とハイタッチを交わして挨拶をする。
「いやぁ~、遠目に見てふたりだって分かったよぉ? すっごいイチャついてたから!」
「イチャついてないし」
「えぇ? イチャついてたでしょ? ねぇ、レイアちゃん?」
「イチャついてませんよ」
「えぇ~??? うっそだー!」
ヒビキがカラカラと笑う。
「あ! あと直接言うのが遅れちゃったけど、ふたりとも結婚おめでとうっ!」
「ありがとうございます、ヒビキさん」
「まあふたりはそうなるよねーって思ってたよー!」
ヒビキがレイアにムギュッと抱き着く。
……おいおい、いいのか? それは?
「ヒビキ、俺は(友達百合が見れて眼福なので)全然いいけどさ、お前の旦那さんが怒るんじゃないか……?」
「もぉ~旦那さまだなんて、やだなぁ~グフ兄ぃ! 照れるよぉ~!」
……いや、褒めたわけじゃないが? 夫婦間的にそれはOKなの? って訊いてるだけでさ。
そう、ヒビキの旦那さん──皇帝ダンサ。彼女たちは結婚しているのだ。確かもう1年くらいになる。その時は俺たちも結婚式に参列した。その時はまさかふたりが……と驚きもしたが、まあ、ふたりとも仲良かったしそういうこともあるんだろう。
……ちなみに、告白はダンサさんの方かららしい。まあヒビキ可愛いし、明るいし、いっしょに居て楽しいもんな。ヒビキも快諾したそうだ。
「あ、ダンサちゃんはねぇ、新王にあいさつをしてから来るって。ウチは早くふたりに会いたくて先に来ちゃった!」
「相変わらず奔放なヤツだなぁ……」
「えへへっ」
ヒビキは本当に変わらない。……さすがに出会った当初着ていた学校制服のような服装ではなくなっているけど。
「ヒビキ、先に行くなと言ったろう……」
「あっ、ダンサちゃんっ!」
ダンサも来て、俺たちはちょっと会話を交わす。帝国は順調に元の姿と暮らしを取り戻しつつあり、今後は帝政ではなく間接民主主義の政治制度に移行していく予定だという。
「……おっと、そろそろ式が始まりそうだな。それではまた。秋のふたりの結婚式を楽しみにしているよ」
ダンサたちと手を振って別れる。
──なお、厳重な警備を打ち砕かんと何者かが襲撃してくることはなかった。
* * *
【夏】
真夏、外での兵士の訓練にはやはり
……とはいえ、これは俺の仕事。予約が入ったからには誠心誠意、予約を入れてくれた領地の兵を強くして帰すのが礼儀──とはいえ、だ。
「おい、グスタフ……聞いているのか?」
「え、ええ……まあ」
強化都市モブエンハントの闘技場にて。目の前で鬼気迫る表情で立っているのはカイニス領主のチャイカ伯爵だ。今にも腰に差している剣で渾身の抜き払いを見舞われそうな雰囲気である。
……というか、実際にそういう場面だし。
「えっと……本気ですか、【決闘】っていうのは」
「侮るな。こんなこと、私は冗談で言わん」
「……ですよね、すみません」
「用件は先ほど述べた通り。私が貴様に勝ったあかつきには……レイア様との婚姻の式を挙げられるとは思うなッ!」
ビリビリ、と。チャイカの放つ言葉の意気に空気が震える。
チャイカ・フォン・シューンブルーマン=カイニス、彼女の想い人はレイアだ。そしてその想いは俺よりも長く続いていたもの。であるならば、結婚とまで踏み切った俺へのこの対応は当然とも言える。
──チャイカは、大金を払いこのモブエンハントの訓練予約枠に自分の名前をねじ込んだのだ。俺との決闘を果たすためだけに。
「おう、相棒。チャイカの姐御の気持ちを汲んでやってくれや」
「……ガイ」
チャイカの後ろに控えていたのは元七戦士、砲の戦士のガイだ。
「姐御は今日このために全霊を注いで鍛錬を積んできた。姫さんに対する想いの全てを賭けてな」
「分かってるよ。断るつもりはない」
本気の気持ちにはこちらも本気で応えなければならない。俺は槍を構える。訓練用ではない。【充填式雷槍】をさらにバージョンアップさせた1本、【天槍・雷電】。一方でチャイカが引き抜いた腰の剣と左手に携える盾も、ひと目で分かる名工の業物だ。
──ひとつ間違えれば命のやり取りとなる、互いの武器だった。
「グスタフ、殺すつもりでこい。その代わり、私も仮に貴様を殺すことになろうともそれを気負うつもりはない」
「分かりました。見届け人は──ガイ、よろしく頼む」
ガイが深く頷いた。
「フゥ……」
互いの呼吸を測りつつ、俺とチャイカは距離を取った。
「……」
「……」
互いに一歩を踏み込む隙をうかがいながら、円を描くように歩む。絶えず、チャイカから向けられる闘気が俺の肌を突き刺すようだった。チャイカは言葉通り、本当にこの場のために自らの力を鍛え上げ、練り上げ、仕上げてきたようだ。
「……っ」
「……!」
俺の重心の移動に合わせ、チャイカもまたそれに応じるように構えを変える。逆もまた然り。互いの意識だけが火花を散らせていた。
……強い。非常に強い。かつての七戦士なんて目じゃないくらいに。おそらく、レベルは50後半から……60前半といったところだろう。
チャイカは騎士であり、敵の攻撃を一手に背負うタンク職。ゆえに倒れさえしなければ得られる経験値は他の戦士職よりも高く、レベルは上がりやすい。そしてチャイカの場合はかつての七戦士とは違い、そのレベルの高さに実力が見合っている。
「……」
だから、それだけに──嬉しかった。ここまでの実力を身に着けるため、どれだけの血の滲む努力が必要だったか……俺には分かる。それだけレイアが愛されているということだ。自分の好きな人が他の人からも好かれるのは、とても嬉しい。でも、
──レイアのことを1番好きなのは、俺だ。それだけは譲れない。
「ハァ──ッ!」
「フ──ッ!」
チャイカの踏み込みと同時、俺もそれに合わせて飛び込んだ。恐らく複数の覚醒スキルを同時発動しているらしいチャイカの剣での一撃は──フェイク。本命はシールドアタックだった。多重の防御スキルの積み重なった盾で、俺を弾き飛ばす算段だろう。
……裏をかかれた。でも、俺は負けない。
「なッ……!?」
俺はチャイカの剣を槍では受けない。スキルで肉体を強化した上での内回し蹴り。特殊ブーツの踵で弾き、剣の奔る方向を変える。そして槍を盾へと向け──覚醒スキル『
「が、ぁ……っ!?」
槍が盾を粉砕し、その一撃に伴った電撃がチャイカを貫く。チャイカの体は力を失ったように後ろへと倒れた。
──決着。
「はぁっ……! フゥ……」
俺は思わず止めていた息を吐き出す。勝負は一瞬──されどいっさいの油断も許されない濃密で過酷な一瞬だった。
「……ぐ、ちくしょう……チクショウ……ッ!」
「……レイアは、俺が幸せにする」
「……あぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!」
仰向けに倒れ、涙を流して吠えるチャイカに俺は背を向ける。それが唯一、俺がチャイカに対して見せられる誠実さだった。
「ガイ、後のことは……」
「分かってらぁ」
俺はひとり、闘技場を後にした。
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