第13話 血に濡れた先輩が事件の真相を生き生きと語っています。


「――つまり、スイッチのようなものだ」


 僕のベッドの上に腰掛け、そう語り出すのは血塗れの制服で身を包むシュルス先輩でした。


隠明寺おんみょうじ演莉えんりという少女にとって、Vtuber病依やまいココロに成っている時は、演莉えんりという人格は存在しない。ある種、二重人格のような切り替えが、彼女の中で起こっていたのだろう」

「……ちょっと」


 腹部を刺されたのか、華のように散る血痕が痛々しい。

 殺人死体そのものの姿でありながら、シュルス先輩は生き生きと、そして朗々ろうろうと語り続けます。


「調査をした限り隠明寺おんみょうじ演莉えんり君の人物像は大人しく、内気な少女だ。令嬢が通う女子校で過ごす彼女は、自分の意見もなかなか言えない子で、虐めの対象になっていた」

「シュルス先輩?」


 死体が生き生きとはおかしな表現であるのは理解しておりますが、僕の眼前で事件について語るシュルス先輩の姿は、そうとしか見えませんでした。


「抱えたストレスを発散するための人格が病依やまいココロというからだ。そして、別人格と認識しているがゆえに、なにをしても許されると思っている。その結果、このような暴挙に出た。そういうことだろう」

「訊いてます?」


 幾度目かとなる僕の問い掛けに、ようやく反応を示しました。

 まるでわからないとでもいうように、肩をすくめてみせます。


「なんだい? 人がこうして解説してあげているというのに、水を差すものではないよ」

「それはとてもありがたいのですが、一つだけ言わせてください」

「なんだい?」


 僕は大きく息を吸い込み、全力で叫びました。


「――どうして生きてるんですかッ!?」

「はっはっは」

「笑い事ではありませんよ!?」


 頭痛がするほど、僕の頭は混乱の中にありました。

 隠明寺さんはシュルス先輩を殺したと宣言していました。その手には血で濡れた凶器があり、嘘を付いているようには見えなかったです。

 こうして、シュルス先輩の凄惨な姿を見れば、事実、惨劇があったことが伺えます。


 ……だというのに、足を組み、肘を付いてニヤニヤと笑うシュルス先輩が生きていることが不思議でなりません。


「探偵は、死を超越する技術でも持っているんですか?」

「いずれそうした技術も持ちたいところだが、残念。この世に不死はないし、蘇りもないのだよ」

「では、シュルス先輩は今も死んでいる?」

死霊魔術ネクロマンシーかい? あれは大抵の場合、死体に悪魔や死霊を憑依させるものだ。肉体はともかく、魂は私とは異なる存在になる。実際にあれば、だがね」


 不死でもない。蘇りでもない。ましてや死霊魔術ネクロマンシーでもない。

 そうなると、僕の目の前にいるシュルス先輩は、


「最初から死んでいなかった?」

「死んだフリは得意なんだ」


 そう言って、懐から出したのは破れたビニール製の袋。赤い血のようななにかが、滴り落ちています。

 なんというか、どういえばいいのか。

 心の中の感情がぶつかり合って、もはや言葉になりません。


「――ッ!? ~~……っ!? ~~~~~~っ!!!?」

「あはは。百面相だね」

「笑い事ではないですよ!?」


 本当にこの先輩は人格が破綻しています。


「心配したんですからね!? 生きているならもっと早く姿を見せても良かったのではありませんかッ!?」

「いざとなったら割って入るつもりではあったが。中々見られない愛憎劇を見逃す手はないとわくわくが止まらなくてね?」

「シュルス先輩?」

「もちろん、冗談だとも」


 僕が睨みつけると、両手を上げて降参のポーズを取る。


「私が横槍を入れて、場がより混乱する可能性があったからね。なに、武器は与えているんだ。様子を見るのが正解だと判断したんだよ。結果論だが、上手くいっただろう?」

「むぅ……それはそうですが」


 誤魔化されているようで、釈然としません。

 それに、謎も残ります。


「そもそも、どうして本名を呼ばれただけで逃げていったんですか?」


 たかだか名前を呼ばれた程度で、逃げていくような人ではなさそうでしたが……。


「言ったろう? 病依やまいココロという殻を被ればなにをしても許される。そう思っていると。そうだね、例えるなら仮面を被った悪党の正体がバレるようなものだ。仮面の悪党に向かっていたヘイトが、全て本来の自分に集まるんだ。当事者からすれば、これほど恐ろしいこともないだろう」


 隠明寺おんみょうじさんにとって、Vtuber病依やまいココロとは免罪符ということでしょうか。

 代わりに罪を被ってくれる仮面がなくなってしまったから、あのように取り乱してしまった、と。


 シュルス先輩の説明に、僕は半分納得し、残り半分は疑問を残します。


「そう簡単に切り替えられるものでしょうか? 結局、どちらも隠明寺さんなのですから、やったことの責任は返ってきます」

「バカ真面目だねぇ、誘花君は」


 シュルス先輩が苦笑します。

 事実を述べただけなのですが。


「SNSによる指殺人ゆびさつじんなんて言葉ができるぐらい、匿名というのは人を罪の意識から遠ざけるものだよ」

「そういうものですか」

「そういうものだよ」


 シュルス先輩の言葉に、一先ず頷きます。

 そして、ようやく肩の力が抜けて、僕は膝から崩れ落ちて座り込みました。ほっと、安堵の息が零れます。


「なにはともあれ、シュルス先輩が無事で安心しました」

「次は心配させないよう立ち回るよ」

「……次なんてありませんよ」


 ありませんからね?

 なんですかその可哀想なモノを見る目は? やめてください。こんな生死を賭けた事件なんて二度とごめんです。


「愉快な催しも終わった。私は帰るとするよ」

「……色々ありがとうございました」


 素直にお礼を言うのが、なんとも歯痒いです。


「なぁに。この借りはそのうち返してもらうから、気にしないでいい」

「……お手柔らかにお願いします」


 クスリと笑みを零して、シュルス先輩が部屋を出ていこうとします。


(殺人死体みたいな恰好で帰るつもりですか?)


 ……外ですれ違った人たちが、悲鳴を上げる姿が容易に想像できます。

 せめて着替えを貸そうと声を掛けようとした時、シュルス先輩の手からなにかが零れ落ちました。


「シュルス先輩、なにか落としましたよ?」


 赤い、透明ななにか。

 屈んで手に取ったそれは、器のような形をした透明なレンズでした。


「カラーコンタクト……?」


 見たことのある赤色でした。

 病依やまいココロの瞳の色。闇夜に輝く、血のような紅玉の一かけら。


(どうしてシュルス先輩がこれを……?)


 不思議に思い、顔を上げるとシュルス先輩と目が合いました。

 琥珀色の瞳がドロッと濁ったような気がしました。


「――どうしんたんだい? 誘花君?」


 三日月のようにわらを見上げて、僕は寒気を覚えて震えました。







=============================

【あとがき】

完・結!

想定より5,000字ぐらい増えましたが、誤差でしょう。

もう少しコメディタッチで書くつもりでしたが、

事件っぽくしたら思った以上にホラーになってしまいました。

ヤンデレっていう属性自体がホラーみたいなところありますしね。


新作書くとしたら、もう少し明るめにしたいですね。

そのとき、またご縁がありましたら幸いです。

=============================

【お礼&お願い】

最後までお読みいただきありがとうございます。


面白かった! 楽しかった!

……先輩っ!?


と思って頂けましたら、

レビューの☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白かった★3つでも、もう少し頑張れ★1でも嬉しいです。


ぜひ、ブックマークも。


よろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

街中で女の子とぶつかったら、ヤンデレ系Vtuberが本当に病みました。なので、僕は学校一の美少女探偵に助けを求めます。 ~女難とヤンデレと探偵と~ ななよ廻る@ダウナー系美少女2巻発売予定 @nanayoMeguru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ