第45話・最終話・最後の聖女の願い~あなたを守りたかった~

 数年後、志織はルーデン国で小さな料理店のおかみとして忙しく働いていた。夫は腕のいい料理人で方々の国から声がかかる人気シェフである。

 声がかかればどんな国の相手先にでも出向いて、出張料理も行なうので、短くて二、三日、長い時で半年以上も店を開ける事がある。それでも志織は淋しくなかった。


 なぜならそんな時は、彼女の最愛の夫はそんな時は店を閉め、志織も同行させたから。


 自宅兼店には転移装置もあるので、それで移動すればなんてないことなのに、愛妻家として有名でもある彼は妻と離れるくらいなら仕事を受け付けないと言う徹底ぶりで、世間の奥さま方からは羨ましがられている。


 昼を過ぎて、店内のお客の姿も引けて休憩札を店先にかけようとした時に、滑り込みセーフとばかりに駆けこんで来た赤茶の髪の男がいた。


「腹減った。メシ、飯。メシくれ」


「レオナルド。また来たの? いいの? そんなに城をあけて? ちゃんと仕事しなさいよ。それにあんたのところの料理人がこの間、訪ねて来たわよ。勇者王さまが全然食事してくれないって言って」


「おまえに言われたくはない。おまえの旦那も似た様なものだろう? あいつのメシは見た目はいいんだけど、量がほんのちょっとで、ちっとも腹がふくれないんだ。だからこの間、言ってやったんだ。ルーデン国のベンに学んで来いって。なんか腹に溜まるもの寄こせ」


「はい。はい」


 この俺さま勇者は我がままなのだ。志織がベンの手を取った事が気に食わなくて、未だに三日と開けず転移装置でやって来る。

 志織を奪ったベンが気にくわないから。と、言う理由でここに通って来て難癖付けていたのだが、ベンの作った料理が気にいったのは間違いない。いつもお腹を減らしてくるのだから。


 俺さま勇者相手に、呆れたように志織が対応してると、亜麻色の髪の神官も息を切らしてやって来た。


「勇者王さま。お戻りください。もうじき祭典が始まりまず」


「そんなの放っておけ。大臣らが取り仕切ってやるだろうよ」


「それはそうですが、今日は隣国の客人を招いてのお祭りなのですよ」


「そう言うお前だって、俺を迎えに行くのを口実に逃げ出して来たんだろう? 祭典ともなると隠居した神官のお偉いジジイどもがやってきてこき使われるもんな」


「まあ、大概、お年を召した御方は我がままになりますから‥」


 イエセはどうやら自分の先代の神官長たちが集まって来てその世話に追われ大変そうだ。所詮はパシリってことか? 志織は言い淀むイエセに席を勧めた。


「立ち話もなんだから座ってよ。イエセも何か食べてく? あなたの好きなガレットあるわよ」


「はい。では一つお願いします」


「俺はいつものな」


 我がまま大王に分かってるわよ。と、言い返す。


「ホウボウ鳥の丸焼きでしょう? 一つね?」


「いいや。三つだ」


 ホウボウ鳥はこの辺りで飼育されている鳥で、丸焼ともなればけっこう食べ応えがある。質より量のレオナルドは好んで食べていた。三つなんてよく食べれるわね。と、志織が厨房へ引っ込もうとした時、


「リーさま~」


 と、駆けこんで来た男がいた。毎度のことだがこの時間になると彼はいつもやって来ていた。志織は夫には正式な名前を教えていたが、恋人時代から彼は志織をリーという愛称で呼んでいた為、他の者にも志織の名前はリーで通用していた。


「あら、グライフ。いらっしゃい。ベンなら厨房にいるわよ。いま呼んで来るわね」


 グライフは店内に残っているふたりの男たちと目礼しあって、カウンター席につく。


「おっ、お疲れ。グライフ」


「この書類にサインを下さい。ベルトナルトさま」


「ほい」


 厨房から姿を見せたベンは、調理服の胸元のポケットから万年筆を取り出し、さらさらとサインする。それはデルウィーク国の重要書類で、王の代理として執務を請け負っているグライフは最終確認と決定事項の為、王からサインをもらいに、王宮からこの店に繋げてある転移装置を使い訪れていた。


「ベンさま、そろそろ王宮にお戻りになられては如何ですか? リーさまと新婚旅行に出るとおっしゃられて何年過ぎたと思ってるんです?」


 もう蜜月といえる年は過ぎたでしょう。と、突っ込まれベンは志織と目を合わせた。志織もその辺りはグライフに申しわけなく思ってるので何も言えない。

 

 グライフの説教は長くなりそうだ。と、思っていると、


「元気にしていたか? 二人とも」


 と、お店の中に入って来た者がいた。いつも麗しいお姿の魔王マーカサイトである。


「マーカサイト」


「魔王さま」


 夫婦ふたりは顔を輝かせた。


「その辺にしておいてやれ。グライフ。ふたりともよくやってるではないか。王宮から出てはいるがこうして国のことは気にかけてそなたと連絡を取り、書類に目を通してるのだから。ベンが王宮にいなくともそなたの力量なら指一つでやってのけれる事だろう?」


「しかし…」


 渋るグライフに、マーカサイトが言う。


「我はな、あれの側にいたい時に一緒にいてやれなかった。好きでも無い女を傍に置いて、好きな女とは距離を置いた。それがあれの為だと思い込んでいた。喪ってから後悔しても遅い。ふたりには我のような想いはさせたくないのだ」


「マーカサイトさまにそのように言われてしまっては仕方ありませんね」


 グライフは溜息をついた。マーカサイトはレオナルドとイエセのいるテーブル席に近付いた。


「同席しても宜しいか?」


「どうぞ。私は構いませんよ」


「仕方ねぇな。俺の隣に座るのを許してやる」


 魔王に訊ねられて、イエセはほほ笑み、レオナルドは貪っている肉から顔を離さずに言う。魔王、勇者、神官と奇妙な顔ぶれ。でもここでは皆が笑顔だ。


 志織がベルトナルトを選んだことで、勇者と魔王は和解し協定を結ぶことになった。お互いの国の間に国交を許し、互いの国を侵攻しないことを固く誓いあったので、今後、魔王が勇者に滅ぼされる事もない。

 レオナルドは異世界から聖女を召喚するのを自分の代で終わりにすると世界中にお触れを出した。そのおかげで異世界から召喚される聖女は志織が最後となった。志織としても、またいつの日か自分のように異世界から誰か召喚されれば、再び争いが勃発しそうで懸念していた。それがこのことで払拭され良かったと思っている。


 志織はテーブルについて和気あいあいしている魔王たちを見て、この場にいない者のことを思った。


(見てる? ユミル。あなたが心配していたマーカサイトはこんなにも幸せに包まれてる。フローリは魔王を守ったけど、わたしはあなたのことも守りたかったのよ)


 ぼんやりしている志織の肩を、馴染んだ温もりが包み込む。


「どうした? リー?」


「ん。ちょっと考えごとしてたのよ。ベン」


「妬けるな。相手は男性かな?」


「そのうちに教えてあげる」


 夫のベンには何も言わなくとも心の中が通じてる様な気がする。志織は振り返ってベンに腕を回した。そのうちきっと彼にもユミル神のことを打ち明ける日が来るだろう。彼に抱きしめられてそう思った。




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🌠にわか聖女は選択に悩む 朝比奈 呈🐣 @Sunlight715

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