第44話・聖女が選ぶものは
「さあて。聖女さま。どうなさいますか?」
グライフが志織に訊ねて来る。彼のどうする? と、いうのは単純に志織がモレムナイトに帰るのか、ここに留まるのかでないことを志織は知っている。なぜなら数分前、親子の対面を果たしたロベルトことベルトナルトが、その口で志織への想いを明かしたからだ。
話はほんの数分前に遡る。彼の素性に関してはグライフが明かしてくれた。ベルトナルトはマーカサイトと勇者だったフロリアンとの間に出来た子供の子孫で、マーカサイトが亡くなってから妊婦のフロリアンはデルウィークに移り住んでいた。
当時彼女の弟がモレムナイトの王となっていたが、若き王の傍若無人ぶりを諌めにかかった大臣らと彼との間に軋轢が生じ、彼らは宮殿を追い払われてこの国に来た。彼女を王の器として認めていた彼らは国を建国し、初代王として彼女の子供ヘンリーを推挙した。
やっかみからモレムナイトの王に、フロリアンは色々と嫌がらせを受け勇者資格をはく奪されそうにもなったが、当時の神殿長がそれは防いでくれたそうだ。
そして彼女の息子ヘンリーは、この国デルウィークの初代王となり良き治世を敷いて母親同様に深く皆に慕われたらしい。
その子孫のベルトナルトは、現在のデルウィーク国の王だという話だった。
「リー、ぼくの生涯をかけてきみを大切にする。だからぼくの妻になってくれないか?」
「は…」
「ちょっと待った!」
頷こうとした志織と、ベルトナルトの間に割り込んだ者がいた。当然レオナルドだ。
「なにを勝手に。聖女は俺を選ぶことになってるんだ。おまえ邪魔するな」
「止しましょうよ。勇者王さま。他人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られてなんとかと申しますよ」
お互いに想いあってる者を引きさくようなことは止めましょう。と、イエセが諭そうとしたが、彼は一向に応じない。
「こんなのってあるか? おい、マーカサイトからもなんか言ってやれ」
「おめでとう。聖女。ベルトナルト」
「なにいいいいい?」
マーカサイトがあっさり二人を祝福したので面白くないレオナルドは歯ぎしりをする。それを脇でどうどうと宥めているのがイエセだ。
そんな外野をさらりと無視して、魔王とその子孫は向きあっていた。
「魔王さま‥お許し下さるのですか?」
「そなたは我の愛しいフローリの産んだ子孫(すえ)だ。我の死後のこととはいえ、息子が産まれていてその子らが、我らが出会った地で生きていてくれた。こんなに喜ばしい事があろうか。
なぜ今まで黙っていたのだ? グライフ。ある日、突然ぷらりといなくなったと思えばこんなに嬉しいサプライズが隠されていようとはな」
「あなたさまを驚かせるつもりだったからですよ。フローリさまが亡くなる時におっしゃられていたのです。自分の死後、再びマーカサイトさまは生まれ変わってくるだろうと。その時に人間の自分はもういない。自分のこともあの御方は覚えていらっしゃらないかもしれない。だけどそれでもいい。
あの御方が何度も転生して勇者に倒される運命であっても、この世界がいくらあの御方を拒もうと私たちの子孫はあの御方の味方になるから。あの御方を淋しくはさせないから。わたしはあの御方をこの世界の果てで見守り続けるから。と、笑って旅立っていかれました。あとはお願いね。グライフと約束させられまして」
「だからおまえは常に身をデルウィークに置いて王らを見守って来たのだな?」
「そうです、マーカサイトさま」
「よく今まで我が子の末を守ってくれた。感謝する。グライフ。ようやく分かった気がするのだ。今まで自分は無機質に生きて来て、聖女を手に入れることで心のなかの虚無がはれそうな気がしていた。でもそれは間違いだった。
失った記憶のどこかでフローリを求めていたのだ。我は彼女を思い出そうとしていたのだな」
「魔王さま、ありがとうございます」
マーカサイトとベルトナルトが抱擁し合っているのを温かな気持ちで見守っていた志織に、現実を突きつけたのはグライフだった。
冒頭の「さあて。聖女さま。どうなさいますか?」だった。
志織は決断を迫られていた。みなが志織を注目する。
「我は聖女をベルトナルトに譲る」
戦線離脱を表明したのは魔王マーカサイトで、この場では純粋にふたりを応援してくれているとも思える。
「俺は諦めねぇぞ。絶対、後出しのやつには負けたくねェ。俺の手を取ったら大国モレルナイトの王妃だぞ。じじばばは隠居で領地暮らしだから姑問題は発生しないし、退屈はさせない。一生遊んで暮らせるぞ」
力強く表明するのは勇者王レオナルド。
「私も願わくば聖女さまのお傍に置いて頂きたく思います。この世界の事を何も知らないあなたさまを神殿の奥深く隠して、危険からは身を守り大切に愛して差し上げますから」
懇願する様な瞳で見つめてくるのが神官長イエセ。
「リー、初めて会った時からきみが好きでした。ぼくの手を取ってくれないかな? きみはこっちの世界に来てから他の国に行った事はないだろう? 今度連れて行ってあげるよ」
優しい眼差しを浮かべるベルトナルト。
彼らを可笑しそうに傍観しているのがグライフで…
志織はマーカサイトと目が合い、迷う背中を押してもらえたような気がした。
「わたしは…」
決意を胸に打ち明けた時、ぱああああああああああっ。と、視界が広がり再び、志織は少年神ユミルの前にいた。
「きみは決めたんだね? それでいいの?」
「いいの。迷わない。わたしの人生だもの」
かくして志織は自分の望んだ道を選ぶことになった。
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