撫子な月の夜に
五木史人
ピンクムーン
撫子な
いつもと違う
月を見る
いつもと違う
あなたの素顔
何かあったの?
と、後で聞こう
月がいつもより濃厚だった。
もしかすると薄めの月の世界から、濃厚な月の世界に来てしまったのかも知れない。そう思える程、月が濃厚だった。
もしかすると世界が少しだけ変わった結果、ぼくの何かも少しだけ変わってしまったのだ。だから深刻な表情の撫子(なでしこ)さんを、追う勇気が出たのだろう。
移動販売車でホットドックを買うと、バイトの先輩の撫子(なでしこ)さんの後を追った。
深刻な表情の撫子さんが心配だったからだ。
段状ステップガーデンを登ると、そこには緑化された屋上があった。
緑化された屋上に吹く風は、ビル街の香りと潮の香りがミックスされていた。
「撫子さん」
声を掛けると、撫子さんはぼくをチラッと見た。
「はいチリチリなホットドック、撫子さん好きかなと思って」
「ありがと」
チリチリな辛い方を撫子さんに渡した。
辛い時は辛い食べ物が食べたくなると言ってたからだ。
そして、ぼくは勇気を出して、撫子さんの隣に座った。
運が良ければ、撫子さんの腕と触れるかもしれない距離。
深刻な表情の撫子さんに、何があったのかは解らない。
でも、いつもとはかなり違う深刻な表情なので、何かあったのだろう。
それを尋ねる程まだ親しくはないのだが。
撫子さんは、チリチリなホットドックの辛さを一口味わうと、
「中学の時の部活の先輩がね、『不幸な時にしか手に入らない幸いがある』って言ってた」
「【不幸中の幸い】ですね」
「その先輩が言うにはね、不幸な時はその【不幸中の幸い】を探さなくちゃいけないんだって、後でその【不幸中の幸い】はとても大切なモノになるからって」
「中学生にしては大人びた発言ですね、その先輩」
「そう、大人びた先輩だった」
「見つかると良いですね」
「見つけたの」
そう言うと撫子先輩は、ぼくをじっと見つめた。
「ん?」
ピンクムーンに照らされた撫子先輩の頬から、少しだけ深刻さが消えたのと、その視線がとても濃厚だったのは確認できた。
完
撫子な月の夜に 五木史人 @ituki-siso
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます