第2話

 結局、遅刻は確実と悟った俺は、どうせ遅れるなら5分も1時間も変わらんと妙な潔さを発揮して始業式をすっぽかし、そのあとのHRにあわせて登校した。


 昇降口に着くと、でかでかとクラス分け表が貼り付けられていた。

 うちの学校は各学年、AからHまで計8クラスある。自分の名前がないか、A組の名簿から順にざっと目を通していると、チラホラ見知った名前があった。まあ、誰がどのクラスにいようが関係ないけど。

 C組の名簿まで見たところで、クラス分け表の前を離れ、新しい教室へ向かった。

 

 2年からは教室が2階になるから、去年よりは1階分楽でいいなー、なんて考えながら歩いていると、早々に教室のドアが見えた。

 休み時間中の教室に入り、黒板に貼られていた座席表で廊下側の1番後ろの自分の席を確認して席についた。

 おや?隣の席で見知った顔がにやにやしながらこちらを見ているが無視しとこ。こっちから話しかけるのはなんだか癪に触る。

 そんな俺の胸の内を知ってから知らずか、待ってました言わんばかりに話しかけてくる。


「新学期初日から遅刻なんて、何?今年は不良キャラでも目指してんの?」


「怒られるとわかっていながら登校してきたんだから、むしろ優等生を目指してる」


「優等生は遅刻しないだろ」


「てか実際、先生怒ってた?」


「あー、どうだろ。朝は始業式があるから、すぐ体育館に移動したし。みんな適当に体育館に行って、適当に座って、適当に帰ってくるじゃん?1人ぐらいいなくて案外わからなかったかも」


 今日から学校だったことに気づいた時は神を呪ったが、どうやらまだ神は俺を見捨てていないらしい。

 流石に初日から、先生に怒られたくはない。


「佐々木、お前も祈れ」


 佐々木と一緒にどうかバレていませんようにと祈りを捧げ、そのまま春休み何やってたとか、休み明けテストの勉強してなくてやばいなんて駄弁っているとチャイムが鳴った。


 程なくして担任の先生が教室に入ってきた。

 確か物理の担当で、20代の女性教師ということで年齢も近く、生徒から人気のある先生だっけかなと教卓まで歩く横顔を眺めていると、一瞬先生が目線だけこちらに向けたような気がした。


 やべぇ、やっぱり始業式をすっぽかしたことバレてんのか!?

 いや、まだわからないからとりあえず様子見だな。


 先生は教卓の前に立つと、よく通る声で話し始めた。

「みなさん、まずは進級おめでとう!2年C組の担任となりました、紗倉千秋です。担当教科は物理で、陸上部の顧問もしています。3年ではクラス替えはないから、卒業までの2年間よろしくね。ちゃんとした自己紹介は後でするとして、色々連絡事項があるからちゃんと聞いててね。じゃあまずは…」


 話の内容そっちのけで先生の様子を伺うこと数分。

 なるほど、ハキハキとした明るい口調からは快活で朗らかな人物であろうと感じるし、端正な顔立ちの中に残るほんの少しのあどけなさは親しみ易さを与えてくる。

 物理は2年からということもあり、これまで関わりがなく分からなかったが、生徒からの人気を集めるのも頷ける。

 って、人気の秘訣を分析してどうする。まぁでも特段こちらに注意を向けられもしないし、やっぱりバレてないかもな。


 連絡事項の説明も終わり、クラス全員それぞれの自己紹介の時間となった。

 先生は各々の話に軽くコメントをしていて、自分の番で遅刻について触れられるのではと警戒していたが、そんなこともなくあっさり終わった。


 決まりだ。これはバレてない。これで不安材料もなくなったし、後は適当に自己紹介を聞いて今日は終わりだなぁ。


 全員の自己紹介が終わり、時間もちょうどいいということでHRが終わった。


「今日の予定は以上です。明日は朝から休み明けテストだからよく勉強しておいてね。はい、解散ー」


 先生の締めの挨拶と共に生徒たちは席を立ち、教室を後にしている。

 隣の佐々木は午後から部活があるらしく、その前に学食で昼飯を食べると言ってさっさと行ってしまった。

 部活に入っていない俺は長々と学校に残る必要もないので、机の脇にぶら下げたリュックを背負ってドアへ向かって歩き出した。


「さっさと帰って昼寝でもし」


 教室を出る直前、不意に後ろから肩を掴まれた。

 反射的に振り向くとそこには満面の笑みを浮かべた先生が俺の右肩を掴んだまま立っていた。


 うわ、めっちゃ美人。


 間近で見るとより顔立ちの良さに気がつかされる。肌きれーい、まつ毛ながーい、あとなんかいい匂いがする。

 まてまて、今はそんな男子高校生みたいなことを考えてる場合じゃない


「柏木、何か私に言いたいことある?」


 先生は幼子に子守り唄でも歌うかの様に優しい口調で俺に問いかける。

 何故そんなことを聞いてくるのか、理由は考えるまでもない。

 正直、この状況は完璧に詰んでいるけど一応逃げ道を探ってみる。諦めたらそこで試合終了らしいし。


「え、え〜と、さようなら?」


「他には?」

 

 肩を掴む力が強くなった。


「これからよろしくお願いします?」


「こちらこそ。他には?」


 肩を掴む力がさらに強くなった。

 痛い、痛い!先生!肩痛い!


「遅刻してすんませんした!!!」


「そうだよなぁ。気づいていないと思ったか、バカタレ!」


遅刻ダメ、ゼッタイ。

 

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明日も @daghne

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