前日譚


 宮廷の庭園で、若い魔術師の男が膝を突き、まだあどけなさの残る少年の前に頭を垂れている。

「この度は、殿下に何とお礼を申し上げたらよろしいか……! このアフ・アカブ、殿下に危機が迫ったときは命を懸けてでも、必ずお力になって見せます。返し切れない御恩ではありますが、それでどうか、なにとぞ……!」

「そんなことを言うのはよせ。俺はただ友人のために侍医を向かわせただけだ。それ以上の意味はない。いいな? ほら、立て」

「ですが……」

「俺の言うことが聞けないのか?」

「いいえ、そんなことは――」

 思わず顔を上げて否定しようとしたアフ・アカブに、バラフ・ワク・ヨパート王子は微笑みかけた。

「そうだ。それでいい。お前の花嫁が待っている。彼女も病み上がりで心細いだろう。迎えにいってやれ」

 ありがとうございます――。一礼して、アフ・アカブは走り去っていく。が、角を曲がって王宮の外に出る直前、再びこちらを向いて、震える声で叫んだ。

「チチュを、私の最愛の人を、助けてくださったこと、必ずこの御恩は返して見せます。私にとってはそれくらい、大きな、かけがえのないことだったのですから――」

 王子は、しょうがないな、という風に笑って、答えた。

「そうか! なら楽しみにしているぞ! 立派な魔術師になって恩返しに来い!」

 愚直で、手のかかる友人の背を見送ってから、王子は杯を持ち上げた。願わくば、彼とその愛する人の幸せが、いつまでも続きますように。そして、二人の幸せを最後まで見届けられますように――。飲み込んだ樹液酒プルケの味付けがやたら甘ったるくて、また笑みがこぼれた。

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銀の眼鏡と魔術師の碑 藤田桜 @24ta-sakura

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