後編


 チチュがお目通りを許されたのは、アフ・アカブの死から一夜が明けた後のことであった。彼女が跪いて包みを開くと、現れたのは世にも見事な細工の施された一本の眼鏡。月の神官長ツィバム・ウフがそれを受け取り、慎重に、傷一つ付けぬように陛下の御かんばせにお掛けする。

「……美しいな」

 神聖王バラフ・ワク・ヨパートが最初にこぼされたのは、そんな言葉であった。しばらく感慨深げに虚空を見つめていた王が、やがて小さく息を吸い込んで仰るには、「大儀であった。我が最大の友人アフ・アカブとその家族には、褒賞を七百二十の壺に満たして下賜しよう。そして、我が王家は彼の献身を、永遠に残すことをここに誓う」と。

 臣下たちは感激のあまり快哉を叫んだ。ヨパート王は、慈愛の瞳でチチュをご覧になる。けれど、彼女は俯いたまま答えなかった。不審に思った貴族たちは、声を上げるのを止めて様子を窺う。果てしなく長い静寂の後、王座の間にすすり泣きの声が聞こえた。彼女はようやっと、口を開く。

「陛下は、酷でいらっしゃる。これでは、恨み言の一つも申し上げられないではありませんか――」

 誰も彼女の無礼を咎め得なかった。国王陛下が、この婦人の不幸を憐れまれたからである。チチュは息子や召使いたちと共に、抱えきれないほどの財宝を持って帰途についた。しかし、喪が明けてなお彼女の顔が晴れることは一度もなかったという。

 チチュの悲しみは、彼女が冥府に向かうことになる九年後の末まで続いたそうだ。


 一方、バラフ・ワク・ヨパート王は視力を取り戻したのち、王の許しを得ることなく処刑を行った太陽の神殿の者たちを追放し、後任を自らの支持者で固めることによって基盤を確かにした。その後は親征を繰り返し、その体が力を完全に取り戻したことを示す一方で、巨大な石碑の建立を命じたと伝えられている。

 今なお、王都の中心には、眼鏡を掛けた王の姿が描かれた碑が聳えている。角度によって鋭くも見え、優しくも見えるその瞳を二つの輪が飾るその出で立ちは、まるでティオティワカンの神の似姿のようで、誰もが襟を正して膝を突きたくなるほどの威容があった。

 石碑の一節にはこう記されている。

「偉大なる王バラフ・ワク・ヨパートの忠実なる友人、アフ・アカブの献身である」

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