第03話:人物録 戦史編――中近東・地中海地域(1)

 ■人物録:戦史編――中近東・地中海地域(一六ニ三年 東西統合通信社・刊)


 ルナ・ベルスレイフ

 暫定ざんてい統一歴 一五八〇年 ~ 一五九九年(享年十九歳)

 男性(※注記:諸説あり、本文参照)

 出身:地中海 リプロス島 アルス


 呼称の全表記は、ルナ・シーク・ベルスレイフ。


 父親は、ユーゴ・スナイドル・ベルスレイフ。(暫定統一歴:一五五五 ~ 一五九〇年)第一次ウェールズ侵攻の際に、敵軍の塹壕ざんごうにサーベル部隊を斬り込ませるという戦法を考案・指揮し、中近東・地中海地域の武装勢力サイドに絶大な戦果をもたらした英傑である。リプロス共和国の構成民族「ダインスレイヴ」に伝わるサーベル術の達人であり「史上最強のサーベル使い」との呼び声も高い。


 その第一子であるルナは、二回に亘ったウェールズ侵攻の狭間の平和な時代に生を享け、ユーゴからサーベル術の手解きを受けた。一つ歳下の妹がおり(ソフィア・リズ・ベルスレイフ)彼女の方は現在も存命である。当時、ユーゴはリプロスのサーベル術における最高師範であり、兄妹は幸せな家庭に明るく、不自由なく育ったが、クルダード独立紛争(一五九〇年)の際にトラキア共和国の要請に応じてダインスレイヴも参戦、参謀の一人として同行したユーゴはこの時に戦没し、帰らぬ人となってしまう。


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 この五年後、ウェールズ連合王国・イスパニア王国・ガリアオルレアン皇国が、総艦艇数:約四十隻を数える大艦隊を編成し、地中海を侵して進軍、世に言う「第二次ウェールズ侵攻」が勃発した。


 この大艦隊を海上で文字どおり斬り防いだ「地中海海戦」で、当時十五歳だったルナは優れた戦功を上げ、地域の部隊から褒賞を受けているが、後の彼の伝説的な戦功と比べると、それはまだ微々たるものであった。


 前回——第一次侵攻の緒戦では、キルトバヒール海峡の大砲台を圧倒的な火力で叩き潰し、マルマーラ内海を制して、要衝:ラズダンブールを陥落させたウェールズ連合軍だったが、今回——第二次侵攻の緒戦では、前回撤退の大きな要因となった「塹壕戦の悪魔」ダインスレイヴの本拠地:リプロス制圧に、兵力・火力のすべてを傾注した。


 あまりに圧倒的な火力の差の前に、リプロス共和国は抗戦を断念、ローマ大公国を始めとする地中海地域各国の支援の申し出を受け入れ、段階的な全島避難の方針を採った。


 ――この時、ルナは十六歳。この頃の彼はまだ線が細く、痩せていて、少女のような華奢な体躯をしていたと言われており、心配した母親が一緒に避難するよう説得したが、彼はそれを強く拒否、残留ゲリラ部隊のメンバーとしてリプロス島に残った。


 その後の二年間(一五九六 ~ 一五九七年)、ルナは他のメンバーと山間部・他に潜伏し、リプロス制圧を担当したガリア・オルレアン皇国の進駐軍(※注記:このオルレアンの進駐に至る経緯については諸説あり、別記「地中海の乙女」の項、参照)に対し遊撃戦を展開して、ナポレオン以降、精強を以って鳴ったオルレアン皇国軍を悩ませたが、この残留ゲリラ部隊の当時の内部状況ようすについては何ひとつ伝わっておらず、当時のルナが、どのような生活をし、どのような軍務に従事していたのか、戦後久しい現在においても、つまびらかとなってはいない。この二年間が、過酷で、凄惨で、非・人間的なものであったことは想像にかたくなく、当時この部隊に従軍したメンバーは、以降の華々しい戦果については積極的に語るものの、潜伏当時の惨状については皆、一様に堅く口を閉ざし、誰ひとり、何ひとつ語らないのだ。


 空白の二年間――この期間がそう言われる所以である。この期間、ルナは、人生でもっとも多感な年齢期を過ごした筈ではあるのだが……


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 暫定統一歴:一五九八年、この年、戦況に大きな変化が訪れる。バビロニア共和国最大の都市、ガゼルベイルートを巡り、激しい戦闘が行われたのだ。後に言う「ガゼルベイルート攻防戦」である。ウェールズ連合軍・中東武装勢力、合わせて二〇〇〇〇人に迫る犠牲者を出す、戦史上にその名を刻む極めて激しい戦闘となった。


 バビロニアの武装勢力の諸派、及びガレスチナ自治政府は、ウェールズ側が事前に提示していた利権が全く守られないことに激怒、周辺の都市や要塞を同時多発的に攻撃、不意を突かれたウェールズ側は応戦できず大量の死者を出しながらガゼルベイルートから敗走した。有史以来片時も戦闘を休止したことのない世界の火薬庫――中近東地域に蟠踞ばんきょする武装組織の怖ろしさを、ウェールズは今回もまた、身を裂かれる痛みを以って思い知ることになったのだ。


 しかし、ウェールズ・イスパニア・オルレアンも、これを黙って放置して置く訳には行かなかった。こちらが不利であると周辺地域に知れたら、友軍となっていた他・地域の武装勢力も相次いで離反し、侵攻、及び侵攻後の統治のための、戦略的・地政学的な基盤を失ってしまうからだ。連合軍は、地中海東岸のガルトゥース軍港に兵力を結集すると、ガゼルベイルート再侵攻の構えを見せた。


 これを天王山と見たのはウェールズ側だけでは無かった。地中海・中近東地域の各国及び武装勢力諸派も、ここを戦局の分水嶺とにらみ、互いに声を掛け合い、ガゼルベイルートに兵力を引き入れ、徹底抗戦の構えを見せた。これに呼応する形で、ローマ公国に身を寄せていたリプロス共和国亡命政府も、南欧及びトラキアなどに散り散りに避難していたダインスレイヴ戦闘員に対して、ガゼルベイルートに集結するよう声明を発した。


 リプロスに残留しているゲリラ部隊にも、その声明は届いた。


 こうして、当時十八歳のルナ・ベルスレイフが、歴史の表舞台に、その勇姿を現すこととなる。


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