第四十六話 決戦(1)
吹雪が止んだ日の朝、ブラウヴァルドは全軍へ命令を出した。
「ここは全軍出撃だねェ! レイクヴィルを攻める!」
吹雪が続いたことで時間は稼げたものの、状況は芳しくない。
本来なら、戦王が到着するより前にレイクヴィルを落とす計画だったのだ。
そのはずが、予想外のことが続いて計画は崩れてしまっている。
峠とフロストヴェイルを抑えているとはいえ、ブラウヴァルドは囲まれていた。
だが、ブラウヴァルドも並の軍師ではない。
ここまで策を崩されても、なお優位を保っている。
レイクヴィルを落としさえすれば勝ちは決まるのだ。
逆に言えば、レイクヴィルを落とせないまま持久戦になれば、不利なのは彼の方であった。
フロストヴェイルの支配を多少固めたところで、囲まれているのは変わらない。
「ゴウラット。何としてでも速攻で村を落とす必要がある状況だ。それはもちろん分かっているねェ?」
「無論ですぞ。時間との勝負ですな」
指揮官のゴウラットが部隊をすばやく整列させ、行軍を開始する。
オークの反乱軍が、一糸乱れぬ様子で峠を降りた。
「やつらを地下にさえ押し込めば、毒と〈マジックファイア〉で脅して降伏させられる。防御は脆いはずだからねェ。地下に帝国の捕虜も居ることだし」
「そう楽に行きますかな? 簡易とはいえ空堀や雪の城壁が作られているのですぞ? そこを敵の魔法使いが守っているのですから、五分にも思えますがな」
「心配いらない。奴らは絶対に籠城できないからねェ」
ブラウヴァルドは自信満々だ。
「戦王と戦っている間、レイクヴィルの周囲に〈マジックファイア〉を放って時間稼ぎに使ったろう? ボクが何故あの札をそこで切ったと思う?」
「……村へ放火すれば、物資が奪えませんからな。これから戦い続けるためにも、あの村は必要でしょう」
「そう、その通り。だから見せ札として使った。ボクらが〈マジックファイア〉で放火できるのを知ってたら、城壁の内側に引きこもれなくなるだろう? 近づけないために、野戦を挑むしかないってことさァ」
ブラウヴァルドは、レイクヴィルを囲んだ炎が消えるまでの時間を計っている。
消火活動らしきものが始まってから完全に火が消えるまで、おおよそ五時間。
もしブラウヴァルドが包囲していれば、さらに鎮火は難しくなるはずだ。
籠城など火に巻かれて自殺するも同然。やるはずがない。
「なるほど。確かに、野戦でぶつかりあえば我々が有利ですな。しかし、敵の魔法使いは野戦でも大きな脅威になりますぞ?」
「心配いらないさ。その対策も練ってあるからねェ」
ブラウヴァルドたちの後方には、巨大な釜の乗ったソリがあった。
オークが何十人も集まって、今にも滑りそうな重いソリを押し留めている。
「空間の魔力を奪う秘薬さァ。あれを散布してやれば、派手な魔法は全て封じられるねェ。あれの存在を隠すのに、随分苦労したよ」
「……そんなものが?」
ゴウラットは耳をひくつかせた。
「このボクが、アリシアみたいに軍隊を吹き飛ばす規模の大規模魔法を使うやつの対策を練らないはずがないじゃないか。そこまで甘くないよ」
「それをなぜ帝国相手に使わなかったのです?」
苛立った様子でゴウラットが言う。
「帝国もバカじゃないだろうからさァ。見せれば解析して対策する。重要な決戦まで隠してたんだ……結局、そんな戦いを起こすことは出来なかったねェ」
ブラウヴァルドはしみじみと言った。
「魔氷を手に入れれば、きっと帝国と戦うこともできる。魔法の船で帝都に強襲上陸して、皇帝ごと全て焼き払うなんてのはどうだろうねェ?」
「……帝都? 故郷を取り返せればそれで十分ではありませんか?」
ブラウヴァルドの眼光が鋭くなった。
「ゴウラット。悔しくないのか」
「はい?」
「ボクたちは戦なら誰にだって負けない最強の種族だったはずだ。そのオークが人間の帝国なんかに負けて、悔しくないのか」
にやついた笑顔の裏側から、ブラウヴァルドのぎらついた瞳が現れる。
そこには確かに、情熱の炎があった。
毒と炎が彼の属性である。
ブラウヴァルドもまた、炎の魔法使いだ。
「証明してやるんだ。ボクらがまだ最強だって。ボクらを舐めた連中に吠え面をかかせてやる。奴らの国をばらばらに引き裂いて、壊し尽くしてやる」
ゴウラットが率いるオークたちは、みなブラウヴァルドに共感していた。
彼の炎は、この不満を抱えたオークたちにも燃え移っている。
ソルと似ている。ゴウラットはふと思った。
だが、あくまで真っ直ぐな彼とは違う。
ブラウヴァルドは毒を宿している。
「……魅力的ですな」
ゴウラットは呟いた。
そうだ。戦はオークの本能だ。
全てを壊し、奪い、自らが最強だと世界に証明しろ。
頭ではまずいことだと分かっていても、心はそれを求めている。
だからこそ彼は戦王を裏切って、ブラウヴァルドに従っているのだから。
「ブラウヴァルド様」
「なんだ」
「やはり、この凍土の主はあなたが相応しい。私は正しい判断をしました」
「ふん……今更だねェ」
峠を降りて、オークの軍が雪原へ入る。
その時、斥候が敵影を報告した。
ブラウヴァルドは小高い丘に登り、自らの目で敵軍を見る。
「やはり来たか。野戦だ。ゴウラット! 軍を展開しろ!」
「はっ!」
広大な雪原に軍が広がっていく。
真正面からの決戦だ。どちらも撤退できる状況ではない。
この戦いの勝者が、この凍土の未来を決める。
- - -
「ソル。撃つわよ」
「ああ」
敵軍を見つけた瞬間、アリシアは軍の前に出る。
ゴブくんの作った蒸気防寒具で身を固めたおかげか、あるいは彼女が氷の魔法使いだからか、マイナス五十度の極寒だというのに寒さを感じさせる様子はない。
そして杖を掲げた。冷気が渦を巻きながら、その杖へと集まっていく。
……敵軍は、まだ行軍隊形で固まったまま。絶好の的だ。
「〈グレイシアル・グレイブ〉!」
凄まじい魔力が杖から放たれ、雪原を走る。
軍隊を閉じ込められる規模の巨大な氷柱が隆起した。
直撃すれば、軍隊がまるごと即死しかねない。恐るべき規模の魔法だ。
「……チッ、避けられた! 反応が早いわね……!」
行軍していた反乱軍は、指揮官の指示で一斉に左右へ広がっている。
それでも、逃げ遅れた数十のオークが氷柱の中へ囚われていた。
散っていったオークが集まり、彼らを助け出そうと氷を砕く。
「……そこね!」
アリシアの杖に、また魔力が集まっていく。
ソルは息を呑んだ。
(あの規模の魔法を……連発!?)
魔法学園の主席だっただけはある。アリシアは天才の中の天才だ。
純粋な魔力の量も、それを扱う技術も並外れている。
「〈グレイシアル・グレイブ〉!」
二発目の氷柱が、仲間を助けようとしていたオークを飲み込む。
「散れ! あの柱に閉じ込められても、数時間は耐えられる! 助けるのは、戦の後でも間に合いますぞ!」
敵の指揮官が声を張っている。ゴウラットだ。
その近くにブラウヴァルドの姿もあった。
「アリシア! あそこだ!」
「……敵の指揮官ね!」
再びアリシアが杖を掲げる。三発目の準備だ。
「マジかよ!?」
陣形を整えている最中のザルダが叫ぶ。
兵士たちもざわついている。
一発でも並外れた魔法を三連発ともなれば当然だ。
これが当たれば、アリシア一人で軍隊に勝ってしまう。
そして、三発目の〈グレイシアル・グレイブ〉が放たれる。
雪原を一筋の光が走る。今までの二発より、圧倒的に速度が速い。
ブラウヴァルドたちは逃げきれなかった。
……隆起した氷柱が、敵の指揮官をまとめて飲み込んだ。
「あっ」
ソルの喉から、変な声が漏れた。
勝った。こんなにあっさりと。
「……ぜえ、はあ……! やったわよ!」
両軍の兵士が一斉に止まり、アリシアへと畏怖の視線を向ける。
……圧倒的な魔法によって滅ぼされた過去のトラウマを掘り返されて、頭を抱えている者もいた。
帝国の誇る超一流の魔法使いは、これほどに恐ろしい戦力なのだ。
……もし帝国に刃を向ければ、彼女のような魔法使いが束になって襲いかかってくるだろう。
勝ったというのに、ソルは暗い後味を覚えていた。
(いや……まだだ)
ブラウヴァルドもゴウラットも、恐るべき敵だった。
あれほどの相手が、こうもあっさり負けるはずがない。
ソルは叫んだ。
「気を緩めるな! まだ終わってない! 陣形を整えるんだ!」
次の瞬間、戦場に風が吹いた。
全方位からブラウヴァルドたちの居た場所へと風が吹き込む。
地吹雪が舞い上がり、戦場を覆い隠した。
「な……なんだ!? 魔力が持っていかれる……!?」
ソルの体から、ひとりでに魔力が抜けていく。
周囲の空間から魔力が失われている。
わずかなめまいを覚えて、彼は頭を抑えた。
アリシアが真っ先に倒れた。
大規模を放った直後から更に魔力を抜かれれば、倒れて当然だ。
「っ……空間の魔力を消したのか? そんなことをすれば……」
味方のオークやゴブリンたちが倒れていく。
彼らは魔族だ。空間の魔力を吸って吐くことで生きている。
言うなれば酸素を失ったようなもの。すぐに気絶するはずだ。
「ぐ……ぐぐっ! 畜生、何だよこりゃ……!?」
ザルダが膝をついた。
(待てよ、魔力不足なら!)
ソルが後方へ駆け出し、燃料に持ってきた魔氷を投げる。
「……ザルダ! 魔氷を!」
「どうしろってんだ……いや、待てよ……!」
彼女はおもむろに魔氷を砕き、口の中に放り込んだ。
「げえっ! くそまずいっ!」
いくらか活力を取り戻したザルダが、兵士たちの口へと魔氷を叩き込む。
人間と違って、魔族は自分以外の魔力を取り込むことができる。
ならば魔氷で動けない道理はない。
相性の問題なのか、完全復活とはいかないようだが……。
倒れていた魔族たちが徐々に復活していく。
だが、同じように倒れたアリシアは人間だ。
魔力を吸ったり吐いたりできる生物ではない。
……いったん魔力不足に陥れば、じわじわと体力を回復させる以外の手はない。
アリシアは完全に無力化された。
(ブラウヴァルドのやつ、これが狙いか!)
最大戦力を失った。魔力が消えたことで、おそらく〈グレイシアル・プリズン〉も消えてしまい、閉じ込めた敵兵は全員解放されてしまったはずだ。
地吹雪に覆い隠され、敵軍の様子は確認できないが、必ずそこにいる。
恐らく、予め魔力不足への対策も取ってあるはずで……。
(……来たか!)
地吹雪の奥から、完璧な陣形を作った敵軍が現れた。
全員がホースつきの
前にブラウヴァルドが使っていた物だ。
さっきまでに比べて、かなり軍隊の数が少ない。マスクが足りないのだろう。
だが、一人一人がザルダにも負けないほどの風格を有していた。
あれは選り抜きの最精鋭部隊だ。
こちらはオークが一斉に倒れたことで大混乱している。
戦える態勢は整っていない。数の差はなくとも、質の差は歴然としている。
(でも、俺たちは異種族混成軍だ……! 魔族だけじゃない!)
「人間と獣人族だけで奴らを食い止める! ザルダ、俺たちが時間を稼いでる間に何とか態勢を整えてくれ!」
「……仕方ねえな! 任せたぜ、お前ら!」
ソルは残りの軍隊を率いて前に出る。
弓兵に加えて、大砲を運んでいる兵の姿もあった。
「ギギギ……ボクの……発明ガ使わレる所を見るマで……倒れナイぞ……!」
ゴブくんが自らの発明した〈蒸気砲〉へとかじりつき、必死に押している。
アダマンタイトの砲身が、ブラウヴァルドたちの軍へと狙いを定めた。
「装填……タンク閉鎖……圧力上昇……ヨし! 蒸気弁リリース!」
高温高圧の蒸気が、爆音と共に砲弾を放つ。
ブラウヴァルドの戦列を砲弾が転がり抜けて、数人を吹き飛ばした。
「弓兵隊、放て」
同時に、ダンの率いる弓兵隊が弓矢の雨を降らせる。
だが、オークたちは隊列を保ったまま弓矢を切り払った。
……そもそもが重武装だ。効かない。
「牽制には十分だ。弓兵隊、そのまま。ソル、行くぞ」
ダンが短剣を握る。ソルは頷いた。
今動ける中でオーク相手に接近戦を挑めるのは、彼ら二人だけだ。
「俺は左から行く」
「おれは右だ。砲と弓の射線に気をつけろ」
「分かってる!」
左右に別れ、二人はブラウヴァルドの軍へと駆け出した。
滅びかけの極寒集落から始める世界最強の国作り ~暑苦しすぎて追放された炎魔法使いは極寒の地に希望の火を灯す~ 鮫島ギザハ @samegiza
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