第四十五話 魔氷産業革命(3)
翌日も、吹雪は空を覆い続けた。
あまりにも寒すぎて、もはや普通の温度計では気温が分からない。
鍛冶師たちが炎の温度を計るのに使っていた魔法の温度計を使って調べたところ、夜中にはマイナス七十度近くまで温度が下がっていたという。
(この調子じゃ、吹雪が止んでも戦うのは難しいぞ……)
悩んでいたソルの元に、ゴブくんが朗報を届けた。
「えっト……新しい防寒具の試作品が……」
ソルは地下の深くに降りた。
アダマンタイトの鍛冶スペースに大勢が集まり、防寒具を囲んでああだこうだと意見を交わし合っている。
半数がゴブリン、半数がフロストヴェイルから引っ越してきた学者や技師だ。
アリシアもそこに混ざっている。
「ただの毛皮の防寒具に見えるけど、何が違うんだ?」
「コレ」
腰のあたりに、かなり小型の球体がぶら下がっている。
よく見れば、それは魔氷の制御装置だ。
「こ、こんな小さくできたのか?」
「出来るわよ。効率は悪いけど、ソルの〈マジックファイア〉が異常な効率だから、そこを考えれば十分にお釣りがくるわ」
アリシアが言った。
「この制御装置は、中が水で満たされているわ。〈マジックファイア〉は魔力を燃やすから、水中でも問題なく炎が使える」
「それデ……こノ管が……」
制御装置から伸びた細い金属の管が、防寒具に巻き付いている。
「こウ……制御装置の炎で熱さレた蒸気を……」
「広く伝えて、防寒具を暖める。ほら、帝国には魔法で快適な温度を保つ服があったでしょう? 魔法の生地を使わずに、同じようなことをやったのよ」
「なるほど」
ソルはさっそく試作品を着て制御装置に炎を入れてみた。
制御装置のダイヤルをいじって弱火に留める。じんわりと暖かい。
「うっかり火を強くすれば火傷の危険はあるけれど、凍傷よりはマシよね」
「間違いない。どれぐらいの速度で生産できる?」
「……この〈蒸気防寒具〉は複雑だカら……一日に数着ぐらイ」
「そうか……」
無いよりはマシだが、軍隊に配備できるほどの数はない。
「一応は生産しつつ、大型の暖房を優先してくれるか?」
「わカった。あト、もう一つ」
ゴブくんが細長い大砲を引っ張ってきた。
「完成シた! 蒸気砲! アダマンタイトの弾を撃テる!」
こちらも制御装置と管の組み合わさった作りだ。
弾と雪を入れて熱し、圧力を高めて一気に放つ。
おそらく普通の大砲に比べて威力はないが、使い道は十分にある。
「よくやってくれた、ゴブくん。おかげで戦えそうだ」
「……!」
彼だけでなく他のゴブリンたちも、みな誇らしげな顔をした。
フロストヴェイルの街中にキャンプを張って暮らしていたゴブリンたちだ。
しっかり地下に自分の部屋を貰い、村の一員として認められて成果を出せたとなれば、嬉しくもなる。
(ありあわせの物を組み合わせるのが得意なゴブリンの発想力と、この凍土に追放されてきた人間の学者や技師の研究力が合わされば、こういう発明品は今後も出てくるだろうな)
異種族間での協力は難しいが、挑む価値はある。
さまざまな種族が長所を伸ばし短所を補い合うような国があれば、きっとその国は帝国にだって負けない力を持つだろう。
(帝国といえば……)
試作品の説明が終わったあと、ソルは捕虜たちの元を訪れた。
彼らは魔氷の採掘場に集められている。
帝国軍の野営に使っていたテント類がそのまま持ち込まれ、室内なのにキャンプ場のような雰囲気だった。
出入り口に見張りのオークは立っているものの、捕虜は拘束されていない。
どころか、獣人族と力を合わせて魔氷の切り出し作業をしている者までいた。
「様子はどうだ?」
ソルは見張りのオークに尋ねた。
「はっ。ソル様の申し付け通り、捕虜を丁重に扱っております。ザルダ様から、働きたいものは任意で働かせるようにと」
「良い判断だ。揉め事はあったか?」
「いえ。最初は我々に唾を吐きかけていたものも、この村の様子を見て圧倒されていましたよ。我々を雪原の蛮族だと思っていた帝国軍の連中が、豊かな氷の村を見て腰を抜かしそうなほど驚いている様は、なかなか愉快でしたね」
「このまま仲間に引き込めればいいんだけどな……」
ソルは捕虜のキャンプに入り、帝国軍の兵士たちと話をした。
「いやあ、ここの飯は美味えよ! どうしてこんな場所でまともな飯が食えるんだ!?」
「地下農場があるんだ。冬でも食事には困らないぞ?」
地下農場が稼働しはじめてから、食事の質は一気に向上している。
街並みこそ豊かだった帝国の港町だが、食事は完全に国からの輸入頼りで、ほとんど腐りかけたような食材ばかり食べていたのだという。
「マジかよ! こんな飯が食えるんなら、こっちで暮らすのも悪くねえや!」
「ああ。村の一員になりたいなら、いつだって歓迎するよ。ただし、条件がある」
「おう?」
「人間以外の種族とも仲良くすること」
「……あんな野蛮な連中と?」
兵士は見張りのオークを横目で見た。
「もし本当に野蛮なら、捕虜をまともに扱うか? 少なくともこの村にいる連中は皆いい奴らだよ」
「ん……ま、まあ、確かに……」
「それに。帝国と違って、この村は出来たばかりだ。まだ貨幣経済もない。これから発展していく一方だから……大金持ちになるチャンスもあるぞ?」
「大金持ち……!」
本国の精鋭ならまだしも、こんな辺境に送られている兵士たちだ。
特に国への熱い忠誠があるわけでもなく、飯とカネだけでころりと転ぶ。
ソルは似たような話を捕虜にして回った。
ほとんど好意的な反応だ。直接殺し合っていたオークへの偏見は強いものの、恐るべき強さのオークが味方になると聞いて安心している者もいる。
それからソルはキャンプを抜けて、自ら魔氷の切り出しに協力している捕虜たちにも話を聞く。
「少しいいか?」
「あ! あんた、元賢者のソル様か!? 頼む、俺をこの村に入れてくれ!」
この人々は、勧誘するまでもなく勝手に村の一員になりたがっていた。
暖房の効いた活気溢れる地下世界に惹かれていたり、新世界にチャンスを求めていたり、最初から帝国にとっての”問題思想”を抱えて左遷されてきた者だったり。
「分かった。希望者はこの村に迎え入れる。ただし、今は戦争中だから、これが終わった後になるけどな。構わないか?」
「もちろんだ! ありがとう!」
新たな住人を抱えて、この村は更に勢いを増していくだろう。
絶望的な状況で必死にあがいていた時代が嘘のようだ。
ソルが寒村に点けた希望の炎は、多くの者を巻き込みながら激しく燃えている。
その翌日も、その翌々日も、空は吹雪に覆われていた。
地獄のような極寒だ。だが、この村は止まらない。
地下では次々と蒸気防寒具が製造されていく。
また、蒸気砲の原理を使い、熱した蒸気を周囲に放つことで強引に熱を放つ強力な暖房も製造された。
”終わらぬ冬”の中で戦うための準備が急ピッチで進んでいく。
村を襲っていたのは吹雪だけではない。
魔物の襲撃頻度が一気に増していた。
村人に被害が出る心配はない。村の出入り口は完全に閉鎖できる。
元から魔氷の魔力に惹かれて魔物は集まりやすいので、防御は硬いのだ。
だが、放っておけば囲まれて厄介事になってしまう。
さっそく魔氷を動力にした蒸気防寒具が実戦投入された。
ソルを始めとする重要人物たちが自ら村の外に出て、次々と魔物を討伐する。
(まだ何とかなる範囲だな……)
戦争に支障が出るほどではない。
まだ”終わらぬ冬”は前触れの段階だ。
地脈の乱れが原因で魔物が増えていけば、この程度では済まないだろうが……。
数日後。ようやく吹雪が終わり、雲ひとつない晴れた空が広がった。
相変わらずの寒さだが、今なら戦える。
ソルは出撃を指示した。
一日でも早く戦争を終らせる必要があった。
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