第四十四話 魔氷産業革命(2)


 ゴブリンたちの社会では、職が身分と直結している。

 そして最も偉いのは〈エンギ〉なのだという。

 つまりはエンジニアだ。

 もっとも、ソルがゴブリンたちに話を聞く限り、少し意味が違うようだが。


 ……ゴブリンという種族は、おそらく最弱の種族だ。

 人間の高度な魔法の技術も、オークの力も、ゴブリンにはない。

 そのかわり、悪知恵を働かせて生き残ってきた歴史がある。

 ありあわせの技術を組み合わせ、巧妙ながらくたやくだらない発明の力で自らよりも強い敵に立ち向かうことにかけて、ゴブリンの右に出るものはいない。


 ゆえに、基礎研究をする学者やしっかりとした物を作る職人よりも、とにかく悪知恵の働く者や枯れたアイデアを活用できる発明家が偉いのだ。

 そういう者が〈エンギ〉と呼ばれ、最上位に位置づけられている。


「でも、ボクらは……逃げてキた難民だから……下層民が多クて」


 ソルに聞かれた質問に答えながら、ゴブくんが魔氷の制御装置を作っていた。

 扱うのが難しいアダマンタイトだというのに、熱された一枚板が彼のハンマーに叩かれていき、気付けば半円の部品が二つ出来上がっている。

 他の鍛冶師たちも、彼の技術力には一目置いているようだ。


「悪くないのう。技術だけなら、もうワシの弟子なんかやっとる場合じゃないわい! あとはもう少し独自性が出れば弟子卒業なんじゃがなあ!」

「えヘへ……でも、ボクは……下の〈メイカー〉だカら……」


 ゴブくんが頭を掻いた。


「職人なのか? 見下されるような仕事じゃないと思うけどな」

「いヤあ……同ジ事をしテるだけダし……」

「ん? ゴブくんのアイデアは? あれを試作してるわけじゃないのか?」


 ソルに言われて、彼の手が止まった。


「……こレはただ普通のを生産してるダけで……ボクは〈メイカー〉ダし……」

「故郷でどうだったか知らないけど、この村に身分制度はないぞ? ゴブくんが発案者なんだから、試作もゴブくんがやればいい」

「エ? 発明しテいい……?」

「もちろん」


 ゴブくんは手を止めて、作業机を見回した。

 アダマンタイトの半円が二つに、アリシアが作った魔法回路とダイアル。

 あとは大きな魔氷を入れて組み立てれば制御装置は完成だが。


「ほンとに? 優シい……!」

「優しいわけじゃない。この村じゃ、それが当然なんだ」


 ゴブくんは半円の外郭を熱して小さな穴を開けた。


「魔法の炎っテ、空気は要ル?」

「要らない」

「なら、これで着火しテみて?」


 ぱぱっと組み上がった制御装置の穴から、ソルが〈マジックファイア〉を使う。

 中の魔氷が燃え上がり、穴から炎が吹き出した。

 その勢いでころころと制御装置が転がっていく。


「ワッ」


 慌てて足で止めたゴブくんが、制御装置のダイアルを回した。

 炎の勢いが弱まる。

 本来の使い方とは違うが、制御装置は問題なく機能しているようだ。

 穴からは熱された水蒸気が吹き出している。


「おお、いいんじゃないか!? 台座を作ってダイアルとかを改良すれば、吹雪の中でも暖房として使えそうだ! 改良して量産しよう!」

「……ンー」

「どうしたんだ?」

「コレ……もしかシて……」


 更に何かアイデアがあるようだ。


「使うか?」


 ソルは持ち歩いているメモ帳とペンを差し出す。


「使ウ!」


 彼は夢中になって雑なスケッチを繰り返した。

 楽しそうだ。


「ン!」


 アイデアが形になったのか、彼は更に部品を作る。

 まず制御装置を止めて分解し、穴へとパイプを差し込んだ。

 パイプの先には妙にがっちりした蓋がついていた。

 さらに台座が作られて、制御装置が固定される。


「水、水っト」

「何してるんだ!?」


 ゴブくんがパイプから制御装置の中に水を注いだ。


「平気ダって、氷が入ル装置だシ……着火しテみて」

「い、言われてみれば……」


 ソルがパイプの先から〈マジックファイア〉を叩き込む。

 魔氷に火が移ったタイミングで、彼は蓋をがっちり固定した。


「みンなー、危なイからどいて……」

「先に言ってほしいんだが!?」


 鍛冶師たちが慌てて退いたスペースへ、パイプの先が向けられる。

 固定された制御装置の隙間から、甲高い音を立てて熱い蒸気が吹き出した。

 パパッと組み立てたせいで、組付けが甘かったようだ。


「ンもー……」


 ゴブくんがハンマーで一叩きすると、蒸気は収まった。

 ものすごく雑な修復だ。


「いや……これ……危ないんじゃないか?」

「平気ダから……多分……」

「多分!?」

「よーシ、発射!」

「発射ッ!?」


 彼が蓋の固定を外した瞬間。

 ボンッ、と爆発的な勢いでパイプから蒸気が吹き出した。

 その勢いで蓋がちぎれ飛び、魔氷の壁で跳ね返って室内を飛び回る。


「おわっ!? 危なっ!?」

「成功ダ!」

「成功なのかよ!?」


 安全だとか理論だとか検証だとかアリシアの協力だとかを何も考えず、とりあえず出来そうだからやってみた以外の何でもない危険な実験だった。

 ゴブリンらしいやり方ではある。

 沢山生まれて沢山死ぬ種族にとって、命は軽いのだろう。


「で、これは一体何だったんだ!?」

「大砲ダよ! 大砲!」


 大砲。火薬兵器だ。魔法に比べて不便なので、帝国では使われていない。

 だが、海向こうの異国やゴブリンは実用化している。


(新兵器か! 魔氷とアダマンタイトで攻城兵器が作れるなら、話は変わってくるぞ!?)


 内心で興奮しつつも、ソルはゴブくんをたっぷり叱りつけた。


「ゴブくん! もう少し! 危険のないやり方で発明してくれ!」

「……? 発明っテ……危ないモのでは……?」

「それはたぶんゴブリンだけの話だ……! いいか、よく聞いてくれよ!?」


 ソルは安全についての常識を彼に教える。

 事故を起こさせるわけにはいかない。

 制御装置を作ったアリシアとも協力して、安全にやってもらう必要がある。


「なに、心配せんでいいわい! ワシがしっかり弟子の面倒は見てやるわ!」


 ……ゴブくんの師匠が信頼できるかはともかく、そういうことになった。


(この鍛冶師の爺さん、村の大工やってた時から腕だけは確かだったけど、微妙にマッド気味だったような……まあ、兵器開発なら天職か……)


 何にせよ。

 ただの暖房のアイデアだったはずのものが、一転して兵器に化けた。

 極寒の中を行軍して峠を攻略するのも夢ではない。


(終わらぬ冬が本格化する前に、ケリをつけられるか……?)

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