祝福は涙とともに

 卒業式の日に、僕は音楽室にいた。校舎の4階にある音楽室からは、ほとんどの教室が見えた。

 そして、今先輩がいる教室も見えた。


 信頼されていると言うべきか、先輩は僕に教えてくれた。卒業式の日に告白すると。


 先輩の想い人が3年生で、卒業してしまうからだと。そう僕に語ってくれた。嬉しそうに、不安そうに。

 でも確かな覚悟がその瞳に宿っていて。

 僕は圧倒された、先輩の存在感に。決意に、覚悟に。


 もし勇気をだして、

「先輩が好きなんです!」

 って言えたらどんなに良かったか。

 先輩に気圧された僕には無理だった。

 先輩の幸せを壊してしまうかもしれないから。そんな言い訳に過ぎない理由を、自分に押し付けて。

 自分の弱さを隠して、勇気が出ないことに見て見ぬふりをして。


 音楽室の窓から、校舎を眺めていた。

 窓の傍に先輩の姿が見える。『そわそわ』してるのか、身体が揺れている。


 今先輩は、何を思ってるんだろう。

 先輩から僕に向けられる感情は、部活の後輩に対する気持ちだけ。先輩のフルートが奏でる、愛を知っているから。

 先輩の僕に向ける気持ちが、ただの好きだと分かる。


 先輩から向けられる気持ちが、愛だったらと。

 何度、想像したか。

 何度、望んだか。

 何度諦めたか……


 僕は、強欲だ。手に入らないものばかり欲しくなる。

 先輩が想い人に向ける、愛が僕も欲しい!

 先輩の隣にいる権利は、僕が欲しい!

 先輩が欲しい!


 この気持ちが、どれだけ醜いか。

 知ってるんだ……

 知ってて望んでしまうんだ。

 僕が、強欲だから。


 先輩の隣に、人影が見えた。知らない姿で、性別すら分からないけど。

 卒業式が終わって、ほとんどの人が帰ってしまった今。先輩の隣に居るのは、多分想い人だと思う。


 僕は嫉妬深い。強欲だけじゃなかった。本当に僕は救いようがない。


 先輩の深い愛を向けられる、想い人が妬ましい!

 先輩の唇に触れる、フルートが妬ましい!


 先輩の口元が動いて、何かを伝える。何が起きてるのか分からないけど、人影が重なった。


 物に嫉妬する僕は、おかしい人間かもしれない。

 フルートに嫉妬する僕がいて。

 フルートになりたい僕が言う、


「おめでとうございます、先輩」


 もう僕は必要ない。音楽室を出ていこうと、窓から視線を外す時。先輩の顔が音楽室の窓を、僕の方を向いた気がしたけど。

 気のせいだ。


 サックスのケースを手に持って廊下を歩く。

 生徒の居ない校舎は静かなものだ。玄関から外に出て、校門にたどり着くまでの間。

 1組の男女を見た。

 傍にはカメラがあって、あの男女ももしかしたら……


 今日という日に、僕は嫌われてるんだろうか。今日だけは、もう誰かの幸せなんて見たくないのに。


 僕の心には、憤怒が宿っていた。自らを苦しめる感情。


 愛してくれない先輩が、憎い!

 愛を見せつける、誰かが憎い!

 何も出来ない、自分が憎い!


 1番憎んでいるのは、自分自身のこと。結局、先輩も他の誰かも。関係ない。

 自分が憎いだけなんだ。勇気もない、弱虫の自分が。


 気が付かれないように、足早に学校から離れる。

 何を思って歩いたのか、たどり着いた所は河川敷。

 小高い河川敷の道路を歩いていた。


 川に近づいて見たくなり、河川敷を降りて。草の上に座り込む。


 僕は、失恋したんだろうか。失った恋を、失恋って言うんだったら。まだ僕は失恋してないと思うんだ。

 結果だけ見たら失恋だ、でも僕の心は認めてない。

 まだ先輩が好きだ。まだ僕は片想いに、サヨナラを言えていない。


 心の奥に居座り続けるこの気持ち、どうやって追い出さば良いんだろう。

 想いを叫んでみる?

 今、河川敷には人がいない。でも誰かに聞かれるかもと思うと、恥ずかしい。


 そういえば右手が重いことに気がついた。右手にはサックスのケースが握られている。

 音楽室から自分のサックスを、持ってきてたんだった。


 サックス、楽器……

 楽器、音楽……

 音楽、演奏……


 連想ゲームのように、言葉が連なっていく。

 部活の終わりに、毎回先輩は演奏していた。

 なんのために、演奏していたんだろう。

 もし行き場の無い気持ちを、吐き出すためだとしたら。

 今、僕も演奏すれば。片想いを追い出すことができるだろうか。

 内にある醜い気持ちを、吐き出せるだろうか。


 ケースからサックスを取り出して、リードを咥える。


 体の中心で蠢いて、渦巻いている想いを。肺を通過させて空気にする。


 吐き出す息は、想いを含んだ重い息。


 奏でるは、黒いオルフェ。


 響くは、片思いの旋律。


 3月の冷たい風が、肌を撫でる。地面の草が、風になびいて音を鳴らす。

 突き刺すような、凍てついた風が痛い。

 心の方がもっと痛くて、まぶたから涙がこぼれ落ちる。


 涙が頬を伝う感覚を、冷たい風がさらに敏感じ感じさせて。ぬるい涙が冷たくなって。

 口元に流れ込んできた涙は、塩の味がして。

 口元から、顎に流れた涙は。顎の先端に貯まり、風になびいて地面に落ちていく。


 演奏が終わるまで、涙が止まることはなく。冷えた空気に、音がよく通った。川も空も、どこまでも音が届いた気がした。


 どこまでも届いた音は、僕から先輩を奪い。

 僕の想いと、心の熱を奪ってはくれなかった。

 どうせなら、僕から全てを奪ってくれたら良かったのに。


 ただ、心の奥に。

 片想いを置き去りしに、熱を残したまま、音だけが消えた。



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サヨナラの旋律~僕が恋した先輩へ涙の祝福を~ 幽美 有明 @yuubiariake

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