エピローグ

 約二十日も眠っていた椿の体は、そうすんなりと動きを取り戻さなかった。

 意識を完全に取り戻してから、彼はリハビリを繰り返し、何とか復帰しようと必死だった。

「マリア先生、先生ってもしかして……だったりします?」

「言ってる意味が分からないな」

 マリアはそう返事する。が、不敵に微笑んだその顔はを告げていた。

「あなたとはまた会いそうな予感がしますね」

「私は会いたくないと思うけど?」

 彼女は全ての荷物を手に、教会を去った。

「あ、マリア先生……」

 教会の外で、お見舞いに来た由衣と鉢合わせる。

「あの……先日は本当に申し訳ありませんでした……その……先生を叩こうとしちゃって……」

「ああ、あれね。全然いいよ。そりゃ、大切な人をあんな言い方されたら誰だって怒りたくなる。あれが普通の人間の反応だよ。でも、そのおかげで彼の目が覚めた。彼にとって君は、それだけ大切な存在ってことだな……ちょっと羨ましいよ。じゃあ、またね」

 マリアは振り返ることなく、研究施設へと帰っていく。

『マリア、彼らを削除しますか?』

「……いや、残しておいて。きっとまた会うことになるから」

『承知いたしました』

 


「何日ぶりに家に帰ってきたんだ俺……」

「椿さんがいない家って、なんか寂しかったんですよ」

 由衣がそう言う。

「鷹斗がいるのに?」

「鷹斗さん、帰ってきてもほんの数時間とかだったんですもん……あとはずっと椿さんのそばにいて……」

「そうか……由衣、俺のいない間、この家を守ってくれてありがとうな」

 椿がそう感謝を伝えた。だが、由衣は「何のことですか……?」と不思議がる。

「ここには、俺のいない間の思念が濃く残ってる。二人がどれだけ俺を心配してくれたのかも、この家を守ってきてくれたのも、全部……」

「椿さん!使わないでくださいよ!また倒れたら……」

「ごめんごめん、今日は大人しくしとくから」

 椿はいつものようにソファーに腰を下ろす。

「やっぱりここが落ち着くな……」

「椿さん、これどうぞ」

 彼女は椿の前にコーヒーを差し出す。

「私の特製ブレンドですよ」

 彼がコーヒーに口をつけようとした瞬間、自宅の扉が勢い良く開いた。

「椿!帰ってるんだな!?」

 玄関を走る足音。

「懐かしいな……」

「椿!おかえり!ほんとにおかえり!」

「何回言うんだよ……。鷹斗、ただいま」


 彼が眠っている間、鷹斗と由衣は加賀美と相談し、あの時スーパーでぶつかった女性が、椿の母親ではないかと捜査していたことを話さないと決めた。

 また、そのせいで彼に何かある方が嫌だからと、鷹斗がこっそり調査すると二人に話した。


「俺が守るんだ……椿も、由衣も……。俺たちの音が響くこの家を……俺が……」

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探偵・四十住椿の事件~音に宿るもの~ 文月ゆら @yura7

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