さよならを忘れて
枡本 実樹
さよならを忘れて
楽しみにしていた連休の前夜。
幸せに浸っていたわたしを
絶望の中に突き落としたもの。
スマホに映るメッセージ。
それは、突然だった。
訳が分からない。
なんで・・・。
それしか、出てこない。
お願い、理由が知りたい。
わたしの何がいけなかったの?
どうすればいい?
ねぇ、教えて。
涙がとめどなく流れる。
止めたくても、止まらない。
苦しいよ。
ねぇ、なんで。
スマホを見つめる。
メッセージだけなの?
『 ごめん。別れよう。さよなら。』
それだけ。
声が聴きたい。
話したいよ。
教えてほしい。
ねぇ、お願い。
せめて、電話で話したかった。
前日までの、なんでもない会話がその上に並ぶ。
三日前は、普通にデートして、普通に笑い合って
ずっと一緒にいよう。って、話したよね。
それなのに。
なんで?が、頭の中でグルグルしてる。
心は握り潰されてるみたいに苦しい。
わからないよ。助けて。
目が痛い。
薄い視界。
瞼が腫れあがって熱い。
喉がカラカラに乾いてる。
横になった
起き上がるのも辛い。
目が覚めたら涙が出て。
泣き疲れたら、いつの間にか眠って。
その繰り返し。
どうしたらいいんだろう。
どうすればいい?
わからないよ。
わからない・・・。
連休三日目。
同じような毎日を過ごして。
重い身体を無理やり起こして。
残り一日の連休を前に、頭を働かせる。
どんなに辛くても。
どんなに苦しくても。
社会人になったわたしは
そのまま休み続けることなんて、出来ないのだ。
現実を前に
一生懸命に考える。
まずは、この重い身体をなんとかしないと。
のそのそと動き出す。
熱いシャワーを浴びる。
もう枯れたかと思ったのに。
また、涙が溢れ出てきた。
頭からシャワーを浴びながら、涙が止まるのを待った。
身体を拭きながら、鏡に映る自分の顔を見て
酷いな。と思う。
目が半分も開いてない。
痛い。
カラカラの喉に、冷たいミネラルウォーターを流し込む。
胸にひんやりとした流れを感じる。
閉め切っていたカーテンを開けると、部屋に光が差し込む。
窓を開けると、心地よい風が入ってきた。
冷凍庫から取り出した保冷剤を、ハンカチで包んで瞼に当てる。
冷たい。
感覚が戻ってくると、頭がクリアになっていく。
こんなに泣いたの、いつぶりだろう。
好きだったんだなぁ。
すごく。
彼の事、本当に、好きだったんだ。
誰より、好きだったのに。
どれくらいだろう。
保冷剤が柔らかくなるまで冷やして。
鏡に映ると、二重の幅が少し変わっていて
こんな風になるんだ。と、妙に可笑しかった。
スマホを手に取ると
泣き続けてた間に、自分が辿った足跡が残っている。
彼からの別れの言葉の後
『 理由が知りたい。』と二回メッセージを送っている。
電話を三回もかけている。
彼からの返事は、なし。
わかったよ。ごめんね。
それが、答えなんだよね。
解りたくない。けど、理解しようとした。
大好きだった。
彼の声も、仕草も、笑顔も。
全部、好きだった。
最後の言葉以外、全部好きだったよ。
さよなら。
いつもみたいに、『 またね。』の付かない
ただの、さよなら。
さよなら。なんだね。
何もやる気がおきない。
けど、明日は来るんだよね。
重い腰を上げ、掃除機をかける。
シーツを洗濯機に入れて、花瓶の水を替えようとしたら、
花が枯れていた。
彼が最後のデートの時に、買ってくれた花。
きれいだったな。
ありがとう。さようなら。
連休が終わって、いつもの日常が始まった。
最初の一日は、不安だった。
彼とは会社の同期で、一年付き合った。
社内恋愛NGの会社ではなかったけど、周りも気を遣うだろうから、と秘密にしていた。
部署は違うものの、バッタリ会ってしまったら、
また泣いてしまうんじゃないかと思った。
いつもより早目に出社して、出来るだけ残業をしないように退社した。
お弁当も作っていって、昼休みに外に出ないようにした。
そしたら、全く会わないまま、一ヶ月が過ぎた。
部署のある階数が離れてたので、意外にも大丈夫だった。
時々、あの最後の言葉を思い出しては、
苦しくなったり、悲しくなったりもした。
それでも、もう終わったのだ。
どうすることも出来ないのだ。
思い出の物が目に入る度に、ひとつずつ手放した。
たった一年しか一緒に居なかったので
思ってたより早く、思い出の物は無くなった。
最後に残ったのは、アクセサリーケースの奥に入れたまま
取り出せなかった、シルバーリング。
映画を観た帰り道に、露天商で売っていたもの。
高価なものではない。
だけど、宝物だった。
『 ずっと、俺の傍に居てね。』
微笑みながら、左手の薬指にはめてくれた。
あの日から、別れの言葉を消化できる日まで、ずっと身に着けていたもの。
別れの日から、いつの間にか半年が過ぎていた。
とにかく目の前のことに一生懸命になれるよう過ごした。
仕事での評価は、上がっていた。
企画の中心になれるような仕事も、もらえるようになっていた。
週末、同期会がある。
十数人の同期は今でもみんな仲がいい。
半年に一回くらいは集まっている。
一人、海外赴任が決まったので、送別会も兼ねている。
全員で久し振りに集まろうとのメッセージが届く。
わたしたちが付き合っていたことをみんなは知らない。
欠席する?いや、だめだよな。
送別会、ちゃんと出ないと。
大丈夫だろうか。
彼とは、ほんの数回、エスカレーターですれ違ったくらいだった。
近くに座らなければ、大丈夫だよね。
うん。きっと大丈夫。
その週は、あっという間に週末がきてしまった。
同期の中でも特に仲の良かった二人と、エントランスで待ち合わせてお店へと向かう。
彼は向かって右側の端に座っていた。
左側の端に開いている席があったので、そこに座った。
ぞろぞろと集まってきて、すぐに送別会が始まった。
それぞれに、今の部署での話をしたりしている。
たわいのない話は、どこまでも続く。
行く前の心の重さは、いつの間にか消えていた。
お酒も回って、席を移動するメンバーも増えてきた。
そんな中、彼が『 それじゃ、お先に。ごめん。』そう言って、帰っていくのが見えた。
いつもは、二次会の最後まで居る人だったのに。
「あーあ、
彼のことだ。
「彼女がすぐ帰れって怖いんだってさ。」
「え?あいつ今、彼女いんの?てか一緒に住んでんの?」
みんなが口々に彼のことを話し出す。
「大学の時から付き合ってたんだってよ。」
「あ、入社した頃に聞いたことあるわ。」
「え?でも何年か前に海外留学とか言ってなかった?」
「半年くらい前に帰国したって言ってたぞ。」
え。そうなの?あ・・・。
「遠距離恋愛続けてたんだぁ~。」
「ステキ。純愛。」
「オレそんな離れてるの無理~。」
みんな好き勝手に話してる。
その後の言葉は、もう聴こえてこなかった。
半年前の突然の別れ。
詳しい理由は解らなくても、原因と結果は解った。
話してくれたらよかったのに。
大切な人のところに、また戻った、だけなんだね。
二次会には行かないで、そのまま帰った。
ちゃんと話して欲しかったなぁ。
そしたら。
どうだったんだろう。
引き留めてたのかな。泣いてすがってたのかな。
家について、シャワーを浴びて、少し泣いた。
そのまま眠って。
昼過ぎに起きた。
なんだか、すごく深く眠れた気がする。
また、少し腫れあがった瞼を冷やして。
そうだ。
アクセサリーケースの奥に入れたままのシルバーリングを取り出して。
不燃物の袋に入れた。
顔を洗って、いつもより丁寧にメイクをする。
髪もしっかりブローして、セットアップした。
仕事の時とは違う、お気に入りの服を着て。
休日の街に出掛ける。
いつもは着ない服が売ってあるショップに入って
いつもは着ない色の服を買う。
そのまま、タグをとってもらって、着替えて外に出る。
通りかかった道沿いにある美容室の雰囲気がよかったので
予約なしでもお願いできるかたずねると
一時間後なら大丈夫と言われる。
空いた一時間の間に、近くのショップでアクセサリーを買った。
初めて入る美容室は、少し緊張したけど
すごく感じのいいスタイリストさんが担当してくれた。
この服に似合う感じで、とお任せして
10センチくらいバッサリと切ってもらった。
カラーも、仕事にひびかないくらいの明るめの色に。
頭がすごく軽くて、イイ感じ。
夕暮れの街は
少し残ったオレンジとグラデーションのブルーに挟まれた薄い白に
グレーの雲や街並みの黒が、まるで影絵みたいで
綺麗だった。
うん。大丈夫。
たぶん、彼が終わりの言葉を、直接言ってくれてたら
わたしは、必死になって、引き留めたと思う。
でも。
そういう終わりじゃなかった。
そう思うと、
もういいんだ。と思った。
思い出はいつも美しくて、
どんどん美化していってた気がする。
最後に、靴を買おう。
新しい靴を手に、スタスタと歩き出す。
明日、履くのが楽しみ。
思わず微笑んでしまう。
ショーウィンドウに映る自分に
半年前の、腫れ上がった瞼で酷い顔だった自分を重ねてみる。
すごくサッパリしてる。
うん。わたし、大丈夫だ。
大好きだった。
ありがとう。
最後に言えなかったけど。
「さようなら。」
さよならを忘れて、
わたしは歩き出す。
もう、留まらない。
もう、振り返らない。
さよならを忘れて 枡本 実樹 @masumoto_miki
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