第57話 そして物語は動き出す


「そんじゃアオイ。達者でな」


 アオイに手を振り、カイは別れを告げる。


「くどいように言うが、スカイドラゲリオンを乱暴に扱うな。壊れるようなことがあったらすぐに連絡しろ」

「はい……」

「わかればよし。……シロハ様もどうかアオイをよろしくお願いします。不出来な弟ですが、俺に残った唯一の家族なんです」

「無論だ。私に任せておくといい」


 胸を張って答えるシロハに、カイは安心したような笑みを見せる。

 そして、今度はシロハの隣にいる小さな少女に声をかけた。


「フィリス様もアオイのことを頼みます。この通り頼りない奴なので色々と迷惑をかけると思いますが、何卒ご容赦ください」

「そ、そんなことはありませんわ。アオイさんは私の大切な友人ですもの。困っている時はお互いさまです」


 猫をかぶるフィリスに、アオイとシロハは思わず吹き出しそうになる。

 必死に笑いを堪える二人を見て、カイは不思議そうな顔を見せた。


「どうした?」

「な、何でもない」

「そうか、ならいいんだが……。あっ、それとフィリス様。約束していた時計の修理が終わりましたので、こちらをお受け取り下さい」

「ッ……! ありがとうございます!」


 カイがフィリスに目覚まし時計を返すと、彼女は嬉しそうな声を上げた。

 ぎゅっと抱きしめて、愛おしむように撫でる。

 その姿はまるで恋人からのプレゼントを大切にする少女のようだ。


「これからは市販の電池で動きますので大丈夫ですよ。何かあったときはまたご相談を」

「あの、お代は……」

「いえ、アオイにレッスンしてくれた分でチャラです。お金なんて受け取れませんよ」

「でもそれでは申し訳が……」

「なら、これからもアオイを助けてあげてください。フィリス様がいるのならアオイも安心して学校生活を送れるでしょう。頼りにしていますよ」


 そう言って茶目っ気混じりにウィンクをするカイに、フィリスは顔を赤くして俯きながら小さく返事をした。


「は、はい……」

「では、俺はこれで。……アオイ、ゼッテーこのお方たちに迷惑をかけんなよ!あと、お前はもう少し社交というものを学べ!」

「兄さんだけには言われたくねぇよ!」

「よし。じゃあな。夏季休暇は帰って来いよ!」


 最後にもう一度アオイの肩を叩き、カイは去っていった。

 アオイたちはその後ろ姿を見送り、姿が消えると同時に息をつく。


「やっぱりお前の兄は面白い男だな」

「ああ、俺から見ても変わった兄だと思う。機械オタクなのが少し……いたっ、痛い! 何をするんですかフィリス様、脛を蹴らないでくださいっ!」

「うるさいわね! こちとらあんたみたいなアホを任されてる立場なのよ! カイさんの悪口を言うのならたとえ弟でも許さないんだから!」

「理不尽!」


 アオイは涙目になりながらも抗議の声を上げる。

 しかし、その程度で止まるわけもなく、アオイはしばらくフィリスから説教を受けることになったのであった。


 *****


「すまん、負けちまった! 思ったよりもアオイが強くてびっくりしたぜ」

「大口を叩いた割には大したことなかった。十二機神姫の恥さらし」

「そんなこと言うなって。アオイはマジで強かったんだしさ」


 呆れた目線を送る少女に、ライザは両手を合わせて頭を下げる。

 戦う前に散々煽るようなことを言っておいて、負けた途端にこれだ。

 少女はライザの態度に苛立ちを覚え、思わず舌打ちをする。


「……チッ」

「そんなに苛立つなって。オレとしては約束通り当て馬になってあげたんだから、むしろ感謝してほしいんだけどなぁ?」

「うるさい。負け犬に口なし」

「へいへーい」


 不機嫌な様子の少女にライザは車いすの上で肩をすくめ、「イテテ……」と呟く。


「自業自得」

「わかってるっつーの。人工竜機と戦えた代償と考えれば安いもんさ」

「……ふん。わかったら車いすの上から動かないで」

「おっ、珍しいな。お前がオレの心配をしてくれるなんて。今日は雪が降りそうだ」

「勘違いしないで。私はあなたみたいな能天気な女とは違う」

「はは、そいつは失礼。……ところでさ、お前はいつ動くんだ?」


 唐突に発せられた質問に、少女は眉間にシワを寄せた。

 意味がわからず首を傾げると、ライザはニヤリと口角を上げる。


「お前はアオイが完成するまで待つつもりなのか?」

「今の計画ではそのつもり。随時修正し、あの平民の技能を限界まで向上させる」

「ふーん、じゃあお前はアオイに負けるな。秒殺だ」

「っ……!?」


 突然放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。

 予想外の発言に、少女は言葉を詰まらせる。


 対して、ライザは楽しげに笑いながら話を続ける。


「お前、育て過ぎだぜ。このままだとアオイが成長しきった時にお前が勝てる見込みはない」

「バカ言わないで。平民ごときに私が……」

「その『平民ごとき』に十二機神姫が四人も敗れてるんだぞ? あいつは間違いなく強くなる。それもとんでもない速度でな」

「……」

「友人として忠告してやる。一番甘いときに収穫したいのなら今すぐ狩っておけ。敗北の味はとんでもなく苦いぞ」


 少女は黙り込む。

 実際にアオイと戦ったライザからの言葉だ。戯言として片付けるのには重すぎる。


「まぁ、お前の好きにするといい。アオイと自然に接触する手はずはもう整えているんだろ?」

「……ええ」

「じゃあ後はお前次第。せいぜい頑張れよー、『氷精』サマ」

「その呼び方はやめて。今は関係ない」

「あぁ悪い。同意の上とは言え、利用されたって考えるとちょっと腹が立ってな。まぁ、よくあるオレの気まぐれと思ってくれ」

「……チッ」


 少女は不愉快そうに顔を歪めると、そのまま踵を返してその場から去る。


 少女は思った。もしかしたら自分はあの竜機手は自分よりも強いのではないのか、と。

 彼の実力は計算済み。傾向と対策は完璧に事を進めている。全ては自分の手のひらの思うがままのはずだ。


 ……なのに


「────ありえない」


 あの竜機手に勝てるビジョンが見えない。

 自分が勝つ姿は前から想像できている。だが、勝つまでの過程が想像できなくなっていたのだ。


 それは、恐怖にも近い感情。

 つい前まではアオイの成長を誰よりも楽しみにしていた。しかし、今はどうだろうか。


「大丈夫……なはず」


 少女は不安げな表情を浮かべて呟いた。


 ────彼女の名前はルチア。十二機神姫の一人、『氷精』の肩書を持つ最強の竜機手の一人である。

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群青戦記 @Dendai_Akihiro

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