第56話 戦いを終えて

 次の日、アオイは竜機格納庫でボロボロになったスカイドラゲリオンを眺める。


「毎回ボロボロになってんな、スカイドラゲリオン……」

「そーだぞアオイ。修理する俺の身にもなってみろ、きっと血反吐を吐くことになるぞ」


 上ではカイが裂けた装甲を溶接をしつつアオイに愚痴っていた。


「ごめん、でも俺も自分の身を守らないといけないから」

「まぁ、気持ちはわかるけどよぉ……。せめてもうちょっと優しく扱ってくれ」

「善処はしてみるよ」


 後ろめたい気持ちになりつつ、アオイは頬をかく。


 確かに、『ジオ・パニッシャー』を放つには機体に負担がかかる。一撃必殺のロマン砲はそれ相応の代償がつくのだ。


 そんなことをアオイが考えていると、背後に気配を感じた。


「ばぁ」

「わっ!?」

「よーっす。元気にしてるか? たまたま近くに来たから足を運んでやったぜ、車いすだけど」


 そこには車椅子に乗ったライザがいた。

 全身に包帯が巻かれているが、まったくへこたれずに手を振っている。


「ライザ様……どうしてここに?」

「あー、一応生徒会長からの伝言でな。最高威力様を祝ってやれだってよ。おめでとう」

「は、はぁ」


 最高威力という言葉にアオイは微妙な心持ちになる。

 しかし、実際にそうなのだから仕方がない。


「シロハが悔しがっていたぜ。なにせ、自身が持っていた記録を塗り替えられたんだからな」

「いいんですかね、俺なんかが『最高威力』の称号貰っても……」

「いいんだよ。記録は塗り替えるものだ、誰が持とうがそのことに意味なんてない。それにお前の実力は本物だ」


 ライザが不敵に笑う。その笑顔を見て、アオイは少しだけ安心した。

 彼女は続けて言う。


「だから、しばらくはシロハに近づかないようにしておけ。アイツのことだから『今ここで本当の最高がどっちか決着をつけよう』とかなんとか言って試合を吹っかけてくるだろう。……だがまぁ、その時はオレも観戦させてもらうぜ」

「えぇ……それは勘弁してほしいです」

「ハハッ、冗談だよ」


 ライザは愉快そうに笑い、アオイは苦笑を返す。


「ところで、ライザ様はこれからどうされるんですか?」

「オレか? そうだな、……とりあえずはリハビリで、その後お前の竜機を研究して、次には絶対勝てるように努力でもするか」

「……あの、それって俺と戦う前提の話ですよね?」

「当たり前だ。オレの心はジェルミナイト以上に硬いんだよ、簡単には折れねぇ」

「は、はは……」


 ライザは自信満々に胸を張る。それに対し、アオイは乾いた声で愛想笑いをするしかなかった。

 アオイとしては、もう二度と相手にしたくない。


「おっと、そろそろ時間だ。この後友人と約束があるんだ」

「ああ、すみません。引き留めてしまって」

「気にするなって。じゃあまた今度」


 そう言い残し、ライザは去って行った。

 アオイは彼女の背中を見送り、見えなくなった後で呟く。


「……本当に、不思議なひとだな」


 アオイは、ライザという少女について考える。

 彼女が何を考えて行動しているのか、アオイにはわからない。

 だが、一つ言えることがある。


「絶対いい人なんだろうな」


 *****


「やーやーアオイ先輩、素晴らしいご活躍でした。ボクは感動しましたよ。竜の怒りともいうべきあの轟き、まさにアオイ先輩が持つ気高き風格を感じました」

「エル、お前意外とポエマーなんだな」

「へへ、よく言われます」


 いつものプライベートスペースにて。ベンチにちょこんと座ったエルが頭をかく。

 手元には膨れ上がった財布、しかしアイーダ戦の時よりも一回り少ない。


「今回も俺に賭けたのか」

「ええ。アオイ先輩はいつだって大穴ですから賭け得なんです。……でも、アオイ先輩が実績を重ねすぎたせいでオッズが下がってしまったんですよ。困ったものですね」

「いや、俺に文句を言われても……」


 エルの大きな嘆息にアオイは困惑する。

 ギャンブラー精神を丸出しにしているのを見ると、先輩としては不安になるのだ。


「次は負けてくれるとありがたいです」

「次なんてもうやりたくねぇよ。あんな疲れること」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに。アオイ先輩もこの学園に来て竜機が好きになったでしょう?」

「そりゃまぁ好きにはなったけどさ。楽しくないとは言わないし」

「それでいいんですよ。竜機を楽しむことが竜機乗りの第一歩ですから!」


 何様のつもりなんだ、とアオイは思う。だが、悪い気分ではない。

 なんだかんだ言って、アオイはこの生活に慣れてきているのだ。


「楽しみですねぇ。次は誰なのか」

「ないない。絶対に回避してみせる」

「えー。じゃあボクのお願いでも?」

「あざとく言ってもダメなものはダメ」

「むぅ……。アオイ先輩はケチです」


 頬を膨らませて不満を表すエルに対し、アオイは呆れたようにため息をつく。


「言っておくが、俺は争いが嫌いな平和主義者なんだよ。貴族のようにあの手この手で他社を蹴落とすような真似はしないの」

「じゃあアオイ先輩はどうやったら重い腰をあげますか?」

「そうだな、それこそ身内が人質にとられた時だ。俺が本気を出すのはそのくらい切羽詰まってないと」

「なるほどぉ……」


 エルは顎に手を当て考え込む。

 そして、何か思いついたかのようにポンと手を叩いた。


「じゃあ、ボクのために戦ってくれるということですね!」

「……は?」

「だってボクはかわいい後輩ですよぉ? そのかわいさに免じて助けてあげようという気持ちにならないんですか?」

「……」

「うわぁ! そのゴミを見る目はなんですか!? ひどいです!!」

「お前って、ホントに図々しい奴だよな」


 ジトリとした視線を向けられるも、エルはニコニコと笑う。


「ええ、そう言われると思っていました。伊達にアオイ先輩の舎弟を名乗っていませんから」

「わかっているなら言うなよ」

「でも、ボクは信じてますから。アオイさんはきっとボクのために戦ってくれます」

「勝手に言ってろ」


 アオイはエルの言葉を一笑する。

 ……だがしかし、本当にエルが困っていたら?


(ないない。そもそもエルが困るような状況ってなんだ?)


 アオイは心の中で否定するが、同時にエルが本気で助けを求めてきた時のことも想像してしまう。

 もしそうなれば、自分はどうするか?


「……」


 答えは出ない。


「あれ、どうかしましたかアオイ先輩」

「なんでもねーよ」

「ふ~ん、そうですか」


 見透かされたような視線が気恥ずかしくなりエルから顔を背ける。

 エルはアオイにとって、ただの後輩である。それ以上でもそれ以下でもない。


(まぁ、別に考えるほどの事でもないか)


 アオイはそこで思考を区切り、別のことを考えることにした。

 ……実は、この言葉がエルが送った最大の忠告になるとは知らずに。

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