第55話 それは天に轟く竜の咆哮

「おおぉぉらああぁぁぁああっ!!」

「がはっ……!」


 地面に叩きつけられた衝撃でアオイの視界にひびが入る。メインカメラが割られたのだ。


 メインカメラが壊されるのは遠距離の竜機にとって致命的なことである。

 事実、以前の試合でアオイがフィリスに勝ったのはクランベルジュのメインカメラを壊したことが大きい。だからこそ、アオイはメインカメラの重要性を誰よりも理解していた。


「どうだ? 投了するか?」

「…………」


 しかし、ここでアオイは折れなかった。

 スカイドラゲリオンの体を起こし、ひしゃげた左腕で磁竜砲を掴む。

 諦めずジェルミナイトに立ち向かっていく。


 だが、状況は絶望的だ。片腕を失い、満足に戦うことができない。

 さらにジェルミナイトの能力により、磁竜砲すら通用しない。もはや勝てる見込みはなかった。


「諦めるなんて選択肢はありませんよ。俺はドラグマに約束したんですよ、負けないって」

「ほう、自分の竜機にか。見上げた心がけだぜ」


 ライザが笑う。いまだに戦う気でいるアオイがおかしくてたまらない。

 もしかしたら、アオイは自分よりも頑固ではないかと思ってしまう。


 ……だから、彼女は早めに決着をつけることにした。

 頑固者は厄介だ。なぜなら、自分も頑固者なのだから。


「なら、これで終わりにしてやるぜ!」


 ジェルミナイトが一気に距離を詰めるべく走り出す。

 アオイもそれを迎え撃つために、残った左手で磁竜砲を構えた。


(残りの弾数は2…………これで決着をつける!)


 迫る黒鬼に標準を合わせ、アオイが覚悟を決める。

 全てを、この一撃に!


『────別に撃ち抜かなくてもいいのではないか?』


 突如、アオイの頭に声が響いた。


 ……否、正確には思い出したと言った方がいいだろう。

 先日、ドラグマに言われた言葉だ。


『自分の得意なことに落とし込めばよい』


 自分の得意なこと、それは何か。


『極限状態において、アオイの頭の回転は常人よりも遥かに速いんだと思うぞ』


 続いて、シロハの言葉が思い出される。自分の長所について言われた言葉だ。


『磁力の力で弾丸を加速させて一気に射出する。理論上は音速の10倍で飛ぶんだぜ』

『生身の人間が大砲の反動をそのまま受け止められるわけがないでしょう?』


 最後に、カイとフィリスの言葉が浮かび上がる。

 黒い鬼が迫る中、アオイは極限状態になった頭で考えた。


(極限状態の俺が無意識に考えたんだ、この四つの言葉には何かヒントがあるはず)


 アオイは自分の直感を信じ、考える。

 自分が求めるものは、もっと初歩的なこと。そして斬新であること。

 常に機転を利かせて格上に勝利してきた、今回も同じように立ち回ればいい。


 せまる鬼の気配を察しながら、アオイが考え出した答えは


(……ッ!)


 アオイは磁竜砲に砂鉄を集め、巨大な二股の銃口を形成する。

 内側はのこぎり状になっており、弾丸を撃ちだすのには不向きだ。


「ハハッ、トチ狂ったか! 」

「いえ、これこそが正解です!」


 銃口が大きく開き、ジェルミナイトを挟んだ。そして、弓を引き絞るが如く自信へと引き寄せていく。


「はっ、それがどうした。こんな鉄くずの枷、ジェルミナイトの力なら簡単に壊せ……ッ!?」


 ライザがジェルミナイトの異変に気付く。


 ジェルミナイトにスカイドラゲリオンと同じ『磁戒竜』の脈動が移っていたのだ。

 機体自体が浮遊感に包まれる。


 いつの間にか、ジェルミナイトは磁力の牢獄に閉じ込められいた。


「ライザ様、必殺技って知ってますか?」

「必殺技? んまぁ、オレは作っていないが他の竜機手はこぞって作ってるな」

「じゃあ、その必殺技を今ここで発動させましょう。俺が考えた、俺だけの必殺技です」

「どういうことだよ」


 訳が分からないと、ライザは眉根をひそめる。

 それもそうだ。何の前触れもなく急に必殺技を発動させると言われても困惑するだけだ。


 さほど気にせず、ライザは二股の銃口を破壊しようとした。

 ジェルミナイトを操作し、自身を挟む砂鉄の棒を掴む。こじ開けるぐらいは簡単だ。


「……ん?」


 ふと、ジェルミナイトの手の近くにあった磁竜砲の弾丸が視界に入った。ジェルミナイトにはじかれたものだ。

 ひしゃげ、内部から破裂した弾丸を見てライザは閃く。


(待てよ……これ、ジェルミナイトが弾丸になってねぇか?)


 そう思った瞬間、不思議な浮遊感がライザを襲う。


 これは引き寄せる力じゃない────反発の力だ。


「おいおい超新星、まさかオレジェルミナイトを弾丸にしようとしてるんじゃないだろうな? そんなことができるわけがないだろ?」

「さぁ、やってみないとわかりません。俺もやるのは初めてです」


 磁竜砲の初速は音速の10倍、もちろん弾丸にも同様の負荷がかかる。

 ならば、相手の竜機をそのまま弾丸にしたら……?


(そんなのゼッテー痛いに決まってるよなぁ……!)


 焦るライザとは裏腹に脈動が速まり、青色の力場がジェルミナイトを包み込む。

 限界以上の力を持った磁竜砲がガタガタと震え、射出の準備が始まった。


「流石のジェルミナイトでも耐えきれるかわかんねぇ。……オレの負けでいいからやめにしねぇか? この勝負」

「何を言っているんですか。この試合はライザ様が言い出した実験ですよ。実験成功手前で諦める人がどこにいますか?」

「ハハッ、笑えねぇ話だ」


 スカイドラゲリオンがジェルミナイトを弾丸にするべく磁竜砲を天に構える。

 ジェルミナイトも抵抗するが、脱出できる見込みはない。


 ライザは逃れることを諦め、ジェルミナイトの全身を『暗黒鎧』で纏う。


「ライザ様。そういえばこの技、名前が決まっていないんですよね。何がいいと思います?」

「それ、今聞くか? しかもかけられるオレに?」

「はい、いい意見お願いします」

「お前、意外と馬鹿なんだな」


 ライザは頭をかいたあと、思いついたように言った。


「傲慢なオレへの戒めを込めて『ジオ・パニッシャー』ってのはどうだ?」

「戒め、ですか。なるほど、確かに『磁戒竜』の名前にピッタリですね」


 アオイは納得し、引き金に指をかける。

 息を吸い、全神経をこの一撃に集中させる。


「今のお前、最高にハードだぜ」

「はい、わかってます────天を穿て、『ジオ・パニッシャー』!!」


 ジェルミナイトが一瞬で加速し、コロシアムを保護する結界を容易く突き破った。

 竜の咆哮ともとれる轟音が鳴り響き、衝撃波が周囲を揺らす。その場にいた人々が聴覚と視覚を放棄するほどだ。


 しばらくして、『暗黒鎧』を纏ったジェルミナイトが上空から落ちてきた。

 装甲はひび割れており、原形をとどめていることが奇跡に思えるほどの損傷具合だった。


 ジェルミナイトの破片と思われる黒い雨がパラパラと落ちる。


「ライザ選手、気絶を確認! 勝者アオイ選手! 不落の城を攻略し、見事栄冠を手にしました!」


 実況の声が会場に響く。

 歓声と拍手が湧き上がる中、アオイは空を見上げていた。


「……勝った」


 実感がわかず、その場に力なくへたり込む。

 薄れゆく視界、試合が終わり気が抜けたアオイは体を休めるのであった。

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