第54話 VSライザ その4

 少女は観客席で二人の戦いを観戦していた。


「……ふむ」


 その顔つきから、彼女がただの少女ではないことは容易に想像できるだろう。

 しかし、その表情から感情を読み取ることは難しい。


 影響を受け常に変化し続ける竜機と、どんな影響を受けても何一つ変わらない竜機。

 仲間から学び、研鑽する竜機手と、我を貫き通し、己の力で十二機神姫まで登りつめた竜機手。

 ある意味、この試合は真逆の二人がぶつかり合うものだった。


「さて、どちらが勝つか……」

「まーたまたそんなこと言っちゃってぇ。どうせアオイ先輩に勝ってもらいたいんでしょう?」


 真剣に悩んでいると、隣に座っていたエルが話しかけてくる。

 屈託のない笑顔を見て、彼女はわずかに眉を寄せた。


「うるさい」

「あっごめんなさい。出過ぎた真似をしました。……ですが、アオイ先輩がライザ先輩にあそこまで渡り合っているのを見ると、なぜかボクまで誇らしく思ってしまいますよ。ボクはアオイ先輩のことを応援していますから」

「それはあなたがあの竜機手に賭けているからでしょう」

「ええ、もちろんですよ。ボクはアオイ先輩のファン第一号なんです。まぁ、不思議と所持金が増えていくんですがね。なぜでしょう?」

「くだらない」


 彼女は吐き捨てるように言った。


 彼女も竜機手である以上、この決闘に興味がないわけがなかった。

 自分の予想を、彼は覆すことができるのか。

 自分の期待に応えてくれる存在なのか。


「それにしても、ライザ先輩がピンチですね。アオイ先輩を甘く見ていたというよりも、スカイドラゲリオンを甘く見ていたと言いますか。まぁ、ジェルミナイトは最硬の竜機ですからね。その自信から油断したのでしょう」

「……エル、あなたは何もわかっていない」

「え?」


 少女はエルの言葉を否定する。


 彼女の瞳には、確かにライザの焦る姿が映っていた。

 顔を引きつらせながらも、勝利を諦めていないライザの姿が。


「ライザにはまだ余裕がある。今はギリギリの状況を楽しんでいるだけ」

「……」

「あの女は昔から自分の欲望のままに動く性質がある。全てが気まぐれで、何を考えているかさっぱりわからない。きっと、この試合も気まぐれで戦っている」

「で、でも流石に絶望的ですよ? がっちり技が決まってますし」

「それも含めて、ライザは楽しんでいる。彼女は新しいものを見るのが好きだから」


 少女は呆れるような視線をライザに向け、ため息をついた。


「だけど、壊す方がもっと大好き。特にお気に入りのものは徹底的に破壊する」

「それって……」

「エル、これだけは覚えておきなさい。十二機神姫の名前は伊達じゃないの」


 少女が言い終わると同時に、一本の黒い腕が砂煙をかき消す。

 漆黒に彩られた腕には、血のように赤いラインが入っている。


 その腕はスカイドラゲリオンを軽々と持ち上げると、地面に叩きつけた。


「ジェルミナイト────『金剛鬼アダマント』」


 戦場に不落の羅刹が降臨した。



*****


 覚形を発現させたジェルミナイトが、大地に倒れ伏しているスカイドラゲリオンを掴んでいた。

 鋼鉄の装甲がひしゃげ、内部の骨格が軋みを上げる。


「ごめんな、サービスタイムは終いだ。こっちも本気で行かせてもらうぜ」

「な、なぜ……」


 宙を舞う千切れたワイヤーにアオイは驚愕の声を上げた。


 彼の目に見える光景は、今までとは違う。違うというより、理解できないのだ。

 先ほどまで優勢だったのは自分のはずなのに、いつの間にか劣勢に立たされていた。そして今まさに、自分が窮地に陥っていることに驚いていた。


 確かに、自分は磁竜砲を撃ち込んだはずだ。なのに、なぜ効いていない。


 動揺するアオイに、残忍な笑みを浮かべたライザが答える。


「それが『金剛鬼アダマント』だからだ。『金剛鬼アダマント』を発動したジェルミナイトはさらに装甲が硬くなり、部位の装甲を強化することができる。『暗黒鎧』って言うんだがな、強化した部位が動かせなくなるが無敵になれるんだぜ」

「そ、そんな能力があったなんて……」

「まぁ、知らなかったのも無理はないさ。こいつを出さずともジェルミナイトは最硬の竜機だ。出す必要が無い」


 そう言うと、ジェルミナイトはゆっくりとスカイドラゲリオンを持ち上げる。


「だが、今回は特別さ。お前がオレの期待を超えてくれたから、オレもこの姿になったのさ」

「くっ!」

「出せよ、『磁戒竜ドラグマ』を。オレは本気のアオイと戦いてぇんだ」

「ッ…………『磁戒竜ドラグマ』ッ!」


 アオイは覚形を発現させ、闘技場全体に磁場を展開する。

 それを見届けたライザは大きく口角を上げ、両手を広げ、高らかに叫んだ。


「そうだ、それでいい! やっと見せてくれやがったなァ!!」

「お望み通り、俺の全力を見せましょう!」

「いいねェ。最高にハードだぜ!」


 スカイドラゲリオンの周りに鉄の粒子が浮かび上がる。

 それらは少しずつ集まり、ジェルミナイトを囲むように無数の剣を成していく。


「ぶっ潰れろ!」

「来い、超新星!」


 アオイが叫ぶ同時に、周囲の剣が一斉に射出された。

 流星群のごとく降り注ぐ刃の雨を、ライザは正面から迎え撃つ。


「はははははは! こんなもんか!? 所詮は鉄、脆いもんだ! どれだけ策を労そうが力と頑丈さの前には塵あくたに等しい!」


 磁力で作り出した刃はジェルミナイトに触れた瞬間に粉々に砕け散る。

 しかし、いくら攻撃してもジェルミナイトには傷一つついていなかった。


「どうした、これで終わりか?」

「まだまだ!」


 アオイは砕けた刃を砂鉄の状態に戻すと、ジェルミナイトに付着させる。

 そして、一気に下へ引き寄せることでジェルミナイトの動きを封じようとした。


「無駄だっての!」


 しかし、ジェルミナイトは止まらない。

 自分の体に纏わりつく金属片を容易く振り払う。


「なんだその程度かよ。ガッカリだぜ」

「くっ……なら、これはどうですか!」


 突如、ジェルミナイトの腹部を強烈な衝撃が襲った。


 至近距離での磁竜砲、それも『磁戒竜』で威力を上げた代物である。ジェルミナイトを吹っ飛ばすには十分すぎた。


「うおっ!?」


 ジェルミナイトが勢いよく吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。

 しかし、それでもジェルミナイトは腹部を硬質化させることでダメージを最小限に抑えていた。


「へえ、やるじゃねぇか。だが、馬鹿の一つ覚えじゃオレを倒すことはできないぜ?」


 ジェルミナイトが走り出す。

 アオイも負けじと磁竜砲を放つが、『暗黒鎧』に全て弾かれてしまう。


「オラアァッ!」

「ッ!」


 ジェルミナイトの拳がスカイドラゲリオンに突き刺さり、そのまま殴り飛ばした。

 装甲がはがれ、内部骨格が軋む。


(くそっ……有効打が無い! 攻撃がまるで聞かないんじゃ、どうしようもないじゃないか)

「おいおい、もう限界なのか? オレはまだ全然遊び足りてないぜ?」

「そんなわけありません。まだ俺は戦えます」

「そう来なくっちゃなぁ!」


 再び始まる乱撃の応酬。

 アオイは持ち前の反射神経で何とかかわすが、防戦一方だった。


 一度攻撃を貰ってしまえば、ジェルミナイトの剛腕によって装甲がえぐり取られてしまうだろう。敗北は時間の問題だった。


「捕まえた♪」

「っ、しまった!」


 一瞬の隙をつきジェルミナイトがスカイドラゲリオンを捕らえた。

 そしてもう片方の腕を大きく引く。


「ぐうっ……!」

「圧倒的な力の前に屈しな」


 すると、鈍い音と共にスカイドラゲリオンの右腕が引きちぎられた。

 さらに、それでは終わらずジェルミナイトはそのまま力任せにスカイドラゲリオンを振り回す。


「おおぉぉらああぁぁぁああっ!!」

「がはっ……!」


 地面に叩きつけられた衝撃でアオイの視界にひびが入った。

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