最終話 恋夢愛してる! オレ達の戦いはこれからだ!

「おめでとー!」

「ヒロマル、シねー! 羨ましいからシんでくれー!」

「恋夢ちゃん、お幸せにー!」


 冷やかしのヤジと祝福の声がこれでもかとばかりに降り注ぐ。可憐な花嫁は目を閉じてヒロマルの肩にうっとり寄りかかり、幸せに浸りきっていた。

 ヒロマルといえば一見、歓声に手を振って応えているようだったが実はそうではなかった。「みんなお願いだからこれ以上オレを追いつめないでくれ、イジめないでくれ!」と、半泣きで手を振っていたのである。

 もちろんそんな情けないゼスチャーに気づいてくれる者などいるはずがない。いたところで誰も同情しなかっただろう。


「ああああもう終わりだ。オレはとうとう非リア充、最大の裏切者になっちまった……」

「何言ってんだいバカ息子! しっかりおしッ!」


 情けない顔でボヤいたヒロマルをひときわデカい声が罵る。ぎょっとなって顔を上げた。観客達も驚いて声の主を見る。そこには仁王立ちした恰幅のいい中年女性がいた。

 それは……


「げぇッ! カーチャン!」

「げぇ、じゃねーよ。こぉのバカチンがぁ! お前が今日から恋夢ちゃんを幸せにするんだよ! 宇宙人が攻めてきたらサイヤ人に覚醒してでも、金に困ったらキンタマ質屋に入れてでも、恋夢ちゃんを護るんだよッ!」


 母強し!

 コブシを振り回して駄目息子を叱りつける豪快説教にブーッと噴き出す者、爆笑する者、拍手する者など、観客達の反応は様々だった。バックヤードから見ていた冬村蜜架は「け、結婚式で放送禁止用語が……」と、白目を剥いてついに卒倒。抱き起こしたクラスメイトが「誰か来て! ミッカちゃんが息してないの!」と大騒ぎを始めていた。

 当のヒロマルは恥ずかしさのあまり、穴があったら入りたいと言わんばかり。

 しかしその横から恋夢が「おばさん、大丈夫です! 恋夢はヒロマルくんと一緒なだけでもう幸せです!」と応えた。


「恋夢ちゃん、ウチの馬鹿息子をどうか見捨てないであげてね! あと、私のことは今日からお義母さんって呼んでちょうだい!」

「はい、お義母さん!」


 花嫁の応えにヒロマル母は満面の笑みでうなずき、会場から拍手が沸き起こった。

 そんなこんなで結婚式は初っ端から罵倒あり、卒倒あり、説教ありのハプニングてんこ盛り。トンだ赤っ恥の新郎たるや、生きたまま既に死んだ顔になっていた。


 だが、これはまだほんの序曲に過ぎなかった……


 二人がようやく祭壇の前に辿り着くと、そこには神父に扮した涼美ヶ原瑠璃が待っていたが、どうしたことか妙にソワソワしている。


「ねえ……どこにもねーし!」

「すずみん、どうしたの?」


 真っ青な顔で狼狽する神父を不審に思った花嫁が小声で尋ねると「それがその……聖書がどこにもねーし……」

「ええっ!?」

 

 聖書、つまり台本がないので神父はずっと棒立ちのまま。誓いの言葉が一向に始まらず、不審に思った参列者達がざわめきはじめた。

 手元に聖書のない神父を見て「まさか!」と気がついたバックヤードのクラスメイト達が大慌てで「聖書、そこらへんにない?」「探せ!」と大騒ぎを始めたが、今さら探し始めたところで間に合うはずもない。


「このままじゃ二人の愛が誓えない! どうしよう……」


 しかし一同が頭を抱えたとき、花嫁が神父の前で静かにカーテシーのポーズを取った。


「すずみん神父様、お待たせしました。恋夢の心の準備は出来ました。私から宣誓の言葉を述べてもよろしいでしょうか?」

「アッハイ」


 どうやらアドリブでこの場を切り抜けようということらしい。

 何も言えず涙目で立ち尽くしていた涼美ヶ原神父はガクガクうなずいた。つられたヒロマルも恋夢の横でガクガクとうなずく。

 だが、観客席へ向き直った恋夢は落ち着いていた。元芸能人だけあって、観衆を前に少しも狼狽えていない。アイドル時代には何万人もの観客の前で段取りが狂ったり機材が故障したりといったピンチに見舞われてきたのだ。この程度のハプニングなど窮地とすら感じていない。

 ましてや愛する人と結ばれる夢を叶えた幸せいっぱいのこの舞台、語りたい想いなら胸にいっぱいあった。

 それは……


「この場で参列して下さった皆さん。どうか聞いて下さい……」


 ざわめきはピタリとやんだ。


「ヒロマルくんは今まで彼女がいませんでした。それは何故か……モテなかったからです」


 途端に会場は大爆笑となった。ヒロマルは情けない顔でうなだれたが、恋夢の顔は真剣だった。笑う人々の顔を一人一人睨みつける。爆笑は時間が経つにつれ、気まずい沈黙へと変わった。

 そうして笑い声がなくなるのを待って、恋夢は再び口を開いた。


「笑った皆さんは知らないでしょう……ヒロマルくんがどんな人か。そして何故モテなかったのか」


 シンとなった式場の参列者に向かって恋夢は語り始める。


「恋夢は小さい頃、ずっと死にたいって思ってました。生きることが辛かった。どうしてこの世に生まれてしまったんだろう、どうしてこんなに悲しい目にばかり遭うんだろうって毎日泣いてばかり。理由は……ゴメンなさい、今も話せません。だけど……」


 理由。恋夢の哀しい生い立ちはクラスメイト達だけが知っている。もちろん、今も誰一人それは口外していない。

 ヤジも歓声もない中、恋夢は続ける。


「小学校に入学して間もないあの日、ヒロマルくんが恋夢の目の前に現れたんです。泣くな、今日からオレがお前の兄ちゃんになってやる、お前を守ってやる、一緒に遊ぼうって。ね? ヒロマルくん」

「は、はい。言いました。確かに言いました」


 突然話を振られたヒロマルは裁判で証言を求められたみたいに応えた。


「あの日、ヒロマルくんと出逢えなかったら恋夢はここにいません。この世界に温かい人達がいることも、楽しいことがあることも知らないまま、きっと絶望して自殺したはずです」

「恋夢……」

「この世で独りで泣くことほど辛くて寂しいものはありません。そんな恋夢にとって、あの日現れたヒロマルくんはお兄ちゃんじゃなかった。王子様でした」


 溢れる涙を拭いもせず、恋夢は参列者達に語りかける。


「恋夢は知っています。ヒロマルくんがいつもモテない人達の味方で、彼氏彼女をこれみよがしに自慢する人を憎み、罵っているのを。そのせいで『モテない僻みをコジらせた変な奴』って色んな人達に白い目で見られ、笑われているのを。でもね……」


 ヒロマルを笑った人々は視線のやり場に困り、俯いていた。恋夢は彼等を静かに見据える。


「それはヒロマルくんが、傍に誰もいない人の寂しさや悲しみを、まるで自分のことのように思ってくれる優しい人だから。そんなヒロマルくんを恋夢は……世界中の誰よりも愛しています!」


 彼氏や彼女のいない参列者達が思わず立ち上がり、手を叩き始めた。


「神様は恋夢の為に、ヒロマルくんをモテないままでいさせてくれたんです。さっき笑った人達に恋夢は『ざまぁみろ』って言いたい。気づいてももう遅いの。ヒロマルくんは今日から恋夢のものです。ずっとずっと……恋夢だけのものです!」


 語り終えた恋夢の頬には幾筋もの涙が流れていた。

 それまで立っていなかった会場の人々も、恋夢の言葉に次々と立ち上がった。拍手は次第に大きくなってゆく。満員総立ち、スタンディングオベーションである。バックヤードにいたB組のクラスメイト達も幕から飛び出した。泣きながら喝采し、口々に叫ぶ。


「あーあ、ヒロマルくんそんないい人だったのかぁ。恋夢ちゃんにまんまと取られちゃったー!」

「しょうがねぇ。恋夢ちゃん、ヒロマルはアンタに譲ってやるよ!」

「ちくしょう、末永く爆発しろ!」


 卒倒から立ち直った冬村蜜架は泣きながら何度もうなずいていた。


「クラス崩壊を防ぐため、モテないコジらせ男に何とか彼女を……って始めた私のお節介がこんな素敵な結末を迎えるなんて。よかったよかった」

「恋のキューピッドは見事に大役を果たしたわね。冬村さん、お疲れさま」


 本物河沙遊璃が蜜架の肩を叩いてねぎらった。

 壇上では花嫁の隣でヒロマルも感動の涙をボロボロ流していたが……


「恋夢、幸せになるんだぞ。ちくしょう羨ましいな、お前と結婚する奴が! くっそーオレが奪い取って代わりてぇなぁ」


 式場にいた全員が「は?」と言う顔で硬直し、恋夢が「ヒ、ヒロマルくん……」と絶句した辺りでヒロマルはようやく気付いた。


「……あ、そうだった。新郎オレだったわ」


 次の瞬間、全員が盛大に「どえー!」とズッコけた。さっきまでの感動も木っ端微塵である。


「ヒロマルぅぅーー!」

「しね! この大馬鹿野郎ぉぉぉ!」

「このスカポンタン!」

「どうして! どうしてこんな奴が恋夢ちゃんとぉぉぉ!」


 感動の歓喜が一転、ヤジと罵倒の嵐に変わって吹き荒れる。情けない情けないと地団太を踏むヒロマル母を傍らにいた恋夢の母親が「まぁまぁ奥様」と、苦笑顔で慰めていた。

 罵声を一身に浴びながらヒロマルは後ろ手に頭を掻きながらノンキに照れ笑い。それが皆の怒りの炎を更に煽り立てる。

 と、ヒロマルは急に真顔になった。


「恋夢」

「はい」

「本当に、こんなオレでいいのか?」

「ヒロマルくんがいいんです。ヒロマルくんじゃなきゃ嫌なんです」

「こんなオレに付いてきてくれるのか」

「はい。いつまでも、どこまでも」


 ヒロマルは黙って花嫁の顔を見た。恋夢の瞳は自分をまっすぐ見返している。そこには何の迷いも躊躇いもなかった。きっとそれは彼に恋したその日からずっと……


「そうか……」


 ついに覚悟を決めたのだろう、ヒロマルはうなずく。ふいに背をかがめると恋夢の唇に自分の唇を重ねた。


「……!」


 衆目も憚らないキスに、それまで周囲から浴びせられていた野次と罵倒は「きゃーーっ!」という黄色い悲鳴と「うぎゃーー!」という金切声に一変した。

 しかし、恋夢の耳には入ってこなかった。

 ずっと恋焦がれていた想い人からのキス。夢のようだった。重ねた唇から魂ごと吸い上げられそうだった。陶然となった恋夢にヒロマルは照れたように告白する。


「本当いうとな、再会してから恋夢をだんだんと好きになってしまったよ。カードバトルしたり、お弁当作ってもらったり、バーチャル彼女で修羅場ったり……毎日がどんどん恋夢の色に染まってゆく。どうしようもなかった。金持ちで優しいイケメンこそ恋夢にはお似合いって思ってたのに」

「他の誰もゴメンです。最初に再会した時言いましたよね。恋夢はずっとヒロマルくんだけって……」

「ありがとう。今日からはオレも恋夢だけだ。ずっとな」

「ヒロマルくん!」


 恋夢は感激で抱きついた。

 そして……再び黄色い声や罵倒の飛び交う中、ヒロマルは参列者や観客に向かって「宣誓ーー!」と声も高らかに右手を挙げた。


「オレは、今までモテる奴が許せなかった。彼女が欲しいけど誰もなってくれないオレのような奴の前で『どうだ、うらやましいだろー』って、これみよがしに見せつけてくる奴等が! そして、そんな情けを持たぬ卑劣漢にオレはなってたまるかと思っていた。だから、好きだと言ってくれる恋夢に応えられずにいた……今日までは」


 では彼女を受け入れ、ついにリア充となったことで今までモテる奴を非難し続けた己の不明を謝罪するとでも言うのか。

 悲鳴や罵倒はいったん収まり、観客達はざわめきながらヒロマルの次の言葉を待った。


「だが、カレカノがいない寂しい奴を笑ったり見下したりするのは、人としてもっとも恥ずべき悪だ! 断じて、断じてそんな悪を許す訳にはいかん!」


 彼氏や彼女のいない参列者達の間から「そうだ!」「そうよ!」と、声が飛ぶ。


「オレはこれから世間からリア充と思われるだろう。だが、だからといってオレは、モテることをひけらかして優越感に浸る悪党共をのさばらせるつもりは、これからもないッ!」


 その場の全員が「はぁぁ?」という顔になった。あきれた参列者の一人が「リア充になった奴が同じリア充を許さないって一体どういう理屈だよ」とつぶやく。


「ここにいるみんな、きっと思っただろう『お前が言うな!』と」


 その場の全員が心の中で「はい」と、うなずいた。


「矛盾だのと言わば言え! だがオレは自分の信念は決して曲げん! 彼女がいるからといって幸せに溺れてキバを抜かれたオオカミなんぞに誰がなるかァ!」


 よくぞ言ったと涙ぐむ者もいたが、では恋夢の立場はどうなる。


「二枚舌、変節漢、裏切者……そんな非難の礫がこれからは無数に飛んでくるだろう。ああ、いくらでも投げるがいい、いくらでも罵るがいい! だが、何があろうとそんな攻撃からオレは恋夢を守ってみせる! 恋夢を生涯愛し続ける! オレ様はそれを……ここに誓う!」


 神父役の涼美ヶ原瑠璃は思わず「いや、それただの開き直りじゃん……」とツッコんでしまった。

 一方、愛し続けると言われた花嫁は「ヒロマルくん! 好き! 好き! 大好き!」と横からヒロマルの頬にキスの雨を降らしていた。

 式場はといえば、ヒロマルの情熱的だがムチャクチャな宣誓に拍手する者、「何だよそれ!」「このコウモリ野郎!」「お前はリア充と非リア充、一体どっちなんだぁ!」と怒鳴る者、よくわからないまま「超イケてるー!」「いいぞー!」と煽る者と反応も様々。賞賛やら非難やら激励やらヤジやらなんでもありのカオス状態。そりゃそうだ。

 そして、そんな混乱の輪を切り裂くように「フザけんなぁぁぁ!」と、式場の真後ろから真っ白なタキシードを着た男が転がり込んできた!


「ヒロマル! お前という奴はどこからどこまで自分勝手なんだぁぁぁ! 地球はお前を地軸にして回ってンじゃねえぞ! むぉーう許さん!」

「ユウジ!」


 下痢に襲われトイレの中で便器と結婚式を挙げていたヒロマルの親友が、花嫁を強奪すべく現れたのだ。


「そんなことよりお前、お腹は大丈夫か?」

「何が『そんなことより』だ! 余計なお世……」


 怒鳴りかけたユウジは「おひょう!」と声を上げてお腹を押さえた。どうやら下半身とは完全に決着がついた訳ではないらしい。


「む、無理すんなよ。よくわかんねえけど謝るからさ、取り敢えず保健室で横に……」

「よくわかんねえのに謝って謝罪になんかなるかアホンダラァ! お前なんか恋夢ちゃんを不幸にするだけだ! なぁ、恋夢ちゃん。モテる奴を僻むヒロマルなんかより、いっそこのオレを選……って、おうおぉぉぉ」


 本人は怒り狂っているのだが下半身がメルトダウンしてるのでどうも締まらない。一度は花嫁へ伸ばした手で「ううっ、ヤバい。漏れるかも……」とお腹を押さえたので、周囲にいた人々は悲鳴を上げて逃げ出した。もはや、花嫁強奪というより結婚式クラッシャー。


「ユウジさん、恋夢は幸せなんです。どうか諦めて下さい! それよりも今は早くトイレに……」


 ハラハラしながら恋夢は気遣ったが、そこへ「れむん、迎えに来たよ!」と、呼ばれてもいない花嫁強奪役がユウジの後ろから一名追加。

 顔を見たその場の女子全員から「きゃあぁぁぁぁぁん! レオ様ぁぁぁぁぁ!」と一斉に黄色い歓声があがる。

 それは美槌烈音だった。先日、校門前で待ち伏せして恋夢に熱烈求愛し、無下に一蹴されたイケメンアイドルである。どこかで恋夢の模擬結婚式を聞きつけたものらしい。


「君と結婚するのにふさわしいのは僕しかいない! この手を取ってくれ! 芸能界へ僕と一緒に……」

「前にも言ったでしょ? 行きません。恋夢はもうアイドルには戻らない。ヒロマルくんのお嫁さんになるの」

「そ、そんな……」


 愕然とする美槌烈音の横からユウジが「ちょっと待て! お前を好きになってくれる女の子なんか星の数だろ! 恋夢ちゃんにまでちょっかいだすな!」と怒鳴りつける。


「誰か知らないが引っ込んでろ! これは僕とれむんの問題だ!」

「ンだと? もういっぺん言ってみろコラァ!」


 売り言葉に買い言葉。「イケメンアイドルだからって調子こいてんじゃねえぞ!」とユウジが飛び掛かり、花嫁強奪者同士の猛烈な取っ組み合いが始まった。

 そうなると烈音ファンの女子達が黙っているはずがない。

 「レオ様に何すんのよ!」と乱闘に次々と参戦。そこへユウジの取り巻きだった女子達も「ユウジくんに何すんのよ!」と乱入する。

 更に「イケメンでモテるくせに恋夢ちゃんにまで手を出す欲張り野郎がァ!」「二人まとめて血祭りにあげてやれ!」と気勢を上げた男子達も加わる。結婚式場はあっという間にしっちゃかめっちゃか。慌てて止めに入った教師や逃げ出そうとする参列者まで巻き込んで、結婚式は見渡す限りのバトルロイヤルに一変してしまった。


「みんな、お願いだから落ち着いて!」


 必死で鎮めようとする冬村蜜架は「ああもう、どうしていっつもこうなっちゃうのよぅ……」と頭を抱えたがハッと怯えて横を見た。この修羅場を目の当たりにした本物河沙遊璃がまたもやバーサーカー化するのではないかと。

 そして予想に違わず、彼女は「ふふふ……みんなやっぱり死にたいのね。いいわ、お望み通り私の絢爛舞踏、三たびお見せしてあげますとも……」と悪鬼羅刹へと変身しかかっていた。


「この腐れ外道ども、みんな血祭りにあげてやるわ。私の怒りの炎の中で無様に踊り狂って死ぬがいい! ヒヒヒ……」

「ひぃぃぃぃ! 本物河さ……」

「さァ、いくわよォォォ! ヒャッハ……」

「沙遊璃!」


 ふいに背後から掛けられた声に振り返った本物河沙遊璃は次の瞬間、鬼から恋する美少女へ変貌した。


「リュード! 来てくれたのね!」

「ゴメン。他校の学校祭なんて来るの初めてで迷っちゃった」


 いつぞや冬村蜜架達がスマホで見た本物河沙遊璃の恋人、倉沢竜人は照れたように笑いかける。精悍で整った顔立ちの少年はイケメンの要素を十は備えていた。

 沙遊璃は「もう、遅いわよ!」とスネて頬を膨らませたが、彼にベタ惚れしているのが丸分かりだった。さっき悪鬼羅刹になりかけていたのに、今は絵に描いたようなデレっぷり。


「んもー来月には転校して来るんでしょ、うふふっ。それじゃ今から校内を案内してあげるわ。あっちに素敵なハーブティーの模擬店が出てるのよ。行きましょ」

「うん。でもいいのかい? なんかあの模擬結婚式、えらいモメてるみたいだけど……」

「あ、いいのいいの。あれは結婚式の余興なの。私のクラス、面白いことがあるといつもこんなお祭り騒ぎなのよ。リュードもすぐに馴染むわ」

「ははは、楽しそうだね」


 クラスメイトの女子二人が「よ、余興って……」「お祭り騒ぎって……」と、あきれ顔を見合わせる中、沙遊璃は彼に自分の腕を絡ませて華麗に去ってしまった。

 冬村蜜架は「ほ、本物河さん! 貴女って人は……貴女って人は……あな、あばばばば……」と白目を剥いて再び卒倒。抱き起こしたクラスメイトが「誰か来て! ミッカちゃんが息してないの!」と、またもや大騒ぎを始めていた。

 また、そこから離れた場所では……


「みんな、お願い。乱闘だけは……乱闘だけは……」


 泣きそうな顔で必死に止めようと担任のめぐ姉がオロオロしていたが、例によって誰も聞いてなんかいない。

 頭を抱えて「どうしていつもこんな……」と嘆いた彼女を傍らの青年が「まぁ、高校生が学校祭でやる結婚式なんてこんなもんさ」と苦笑しながらなだめていた。


「ゴメンなさい。こんな結婚式を見せたかった訳じゃないのに……」

「気にしてないよ。ま、僕達が式を挙げる時はもうちょっと落ち着いた風にしたいね。それよりあっちでお茶でも飲もう」


 肩をすくめて歩き出した彼に続くめぐ姉は情けない顔でうなずいたが……そこでハッとなった。


「ま、待って義人さん! 今なんて言っ……」


 式場を後にする彼の背中を慌てて追いかける彼女の目は、驚愕と歓喜で爛々と輝いていた。

 そんな様々な悲喜劇が起こっていることなど当事者たちは知る由もなく……


「うぉぉぉ-! この世のイケメンはドイツもコイツも皆殺しじゃぁぁー!」

「年齢イコール彼氏いない歴の私の悔しさ、てめぇらに今こそ思い知らせてやる! 鉄拳で強制整形じゃ、うりゃあぁぁ!」

「逆ギレがモテない奴の特権とか思ってんじゃねえぞ! お前らの腐った性根、ここで叩き直してくれるわァ!」


 「お前たち、いい加減にせんかァ!」と怒鳴った教師の顔面にクリームパイが命中し、逃げ惑う参列者達に向かってシェイクされた炭酸缶がロケットのように発射される。まくれ上がったスカートに見惚れて「あ、白……」と呟いた男子の顔面に回し蹴りがさく裂し、インディアンのように気勢をあげた女子の口に「おんどりゃ黙ってろ!」と、唐揚げが無理矢理ねじ込まれる。


「見ろ手前ら! ツミッターのトレンドキーワードに『緑ヶ丘乱闘結婚式』が上がったぞ、ヒャッハァァー!」

「『コイツらみんな人の幸せが祝えねえのか?』ハンッ! てめえは精々いい子ぶってお行儀よく生きてろゴルァッ!」

「『私も恋夢ちゃんのように一生懸命人を好きになりたいです』てめえはモブって言葉ググッてから異世界転生で生まれ変わって来いゴルァッ!」

「『緑ヶ丘高校ってみんな私より頭悪そう』てめぇの脳みそのことなんか誰が知るかゴルァッ!」


 悲鳴や絶叫、咆哮が渦巻き、誰もが殴り合ったり怒鳴りあったり泣いたり喚いたり逃げ回ったり。

 だが、不思議なことにその様子はどことなく、結婚式を祝って皆が舞踏会で踊っているようにも見えた。

 そして……

 台風の中心が空白地帯で穏やかなように、ヒロマルと恋夢の立っている場所だけが平穏だった。 


「恋夢。行こう」

「はい、ヒロマルくん!」


 この修羅場こそ、モテない者たちの怒りを世に知らしめようとする自分の晴れの門出にふさわしい。

 そんな思いでヒロマルは恋夢をお姫様抱っこすると、阿鼻叫喚の渦の中へと歩き出した。


「ヒロマルくん、好き! 大好き! 愛してる!」

「ああ、オレもだ。愛してる」


 乱闘の中でそれを聞きつけた誰かが「誰だァ! こんな修羅場に愛を叫ぶフザけた野郎はァァー!」と振り向く。

 ヒロマルは「ここにいるぞ! かかってこい、へなちょこども!」と応じた。

 暴れ狂っていた人々は一斉にヒロマルを凝視し、次の瞬間ゾンビの群れみたいに奇声をあげて襲い掛かってきた。


「ヒ、ヒロマルくん!」


 怯えた声をあげる恋夢に「大丈夫だ」と頼もしく応じたヒロマルは花嫁を庇うような姿勢で抱き締めた。無数の殴打や蹴りから愛する人を守る為に……


 どんな痛い目に遭おうと自分の腕の中にあるこの幸せは、きっと永遠に色褪せることはない。

 そして、これからも色んな揉め事が自分を待ち構えていることだろう。

 いいとも、何でも来るがいい。どこからでも掛かって来るがいい。ドンと来い。

 愛する人がそばにいる限り、怖いものなど何もない!


 「ザけんなゴルァァァ!」「しね、裏切者ぉぉぉ!」「血祭りだぁぁぁぁ!」と襲い掛かる有象無象を前に、ヒロマルは叫んだ。


「さあ来い! オレたちの戦いはこれからだ!」


 幸せいっぱいの笑みと共に……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リア充ども許さん!と叫んだ厨二病男は恋する美少女と級友達に結婚まで追い込まれる ニセ梶原康弘@カクヨムコン参戦 @kaji_dasreich

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画