第29話 ヒロマル、ついに引導を渡される

 突如として激しい便意に襲われた親友がトイレに駆け込み……三〇分が経過した。


「まずい、まずいぞ……このままじゃ結婚式が出来なくなっちまう!」


 時間が経つにつれ、ヒロマルの顔に次第に焦燥の色が濃くなってゆく。

 彼もただ手をこまねいていた訳ではなく、トイレの外で心配している女子達に頼んで保健室から下痢止めを持って来てもらったりと手は尽くした。

 だが、崩壊したユウジの下半身は一向に好転する兆しを見せない。

 一方で挙式の時間は刻一刻と迫って来る。

 こうなったら無理してでも彼には出てもらうしかない。ヒロマルは心を鬼にして個室のドアを叩き「取り合えずトイレから出てきてくれ!」と呼びかけた。


「もう式が始まっちまうぞ! お前が花嫁さらってくれないと結婚式ヤバいだろ」

「お、おう……」


 親友の訴えに応え、ユウジはトイレの外へよろばうように出てきた。

 だが、三歩も進まないうちに「ううっ、ダメだ……また来やがった……」と、ゴロゴロ言い出したお腹を押さえて個室に戻ってしまった。


「ユウジぃぃぃ!」

「ヒロマル、すまん。もう式には出られそうにない。オレはここでトイレの守り神となるしかないようだ。うう……」


 扉の向こうから悲痛な慟哭が漏れ聞こえてきた。


「泣いてねえで出てきてくれよ! お、お前、主役だろ! 結婚式どうすんだよ!」

「どうしようもねえ……行け、友よ。わが屍を乗り越えて」

「アフォなこと言ってんじゃねえ。花嫁をさらう役のお前がいなかったらイベント始められねーじゃねーか!」


 個室のドアをドンドン叩いても叫んでも親友からは「スマヌ……スマヌ……」と、力ない謝罪が返ってくるばかり。お腹に異変が起きるまでは、恋懸け姫の一途な想いに男らしく応えろ! と厳しくなじっていた男が、今は情けなくすすり泣いている。


「なんてこった。アイツ、お昼に何食べたんだよ……」


 ヒロマルはぼう然として途方に暮れるばかり。

 トイレの入り口から「ヒロマルくーん!」と呼ぶ声がする。彼は慌ててトイレから飛び出した。


「ユウジくん、どうだった?」

「ダメだ。相当酷い下痢らしい。あの様子じゃ半日は出てこれそうにないみたいだ」

「そう……」


 返事を聞いたクラスメイトの女子達は意味ありげに視線を交わし、「計画通りね」と言わんばかりにニヤリと笑いあった。

 ヒロマルは思いもよらない。

 目の前の女子達こそ親友のランチに下剤を仕込んだ犯人達だということも。一見心配しているように装っているのも、実はその首尾を見届けるためだということも……


「ヒロマルくん。とにかく、いったん式場に戻ろ?」

「ああ、そうだな……」


 戻ったところでどうにもならないのだが、促されるままヒロマルは式場へ足を向けるしかなかった。


(肝心のハプニングイベントが出来ないとあっちゃあ、中止にするしかないよなぁ……)


 自分だけが反対した模擬結婚式ではあったが、あれだけクラス中が盛り上がり、張り切って開催を準備していただけに中止にせざるを得ないとなったら皆、どんなにガッカリするだろう。

 式場のバックヤードに入ると、準備に大わらわだったクラスメイト達が駆け寄って来る。


「ヒロマル、ユウジの奴が腹を壊したって? で、どんな様子だ」

「様子も何もトイレでずっと便器とお友達だ。とても出られそうにない」

「あちゃー」

「花嫁をさらうはずの主役が、まさかトイレの中で便器と結婚式を挙げてしまうとはなぁ」

「誰が上手いこと言えと……」


 一人が思わず吹き出したが、笑っている場合ではない。

 クラスメイト達を見渡したヒロマルは「そういう訳だから、仕方ないけど結婚式は中止だな」と告げた。


「取り敢えず運営に報告して中止をアナウンスしてもらおう。主役がいないんじゃ仕方がない……」

「いや、そういう訳にはいかん」


 一人が首を横に振ったのでヒロマルはキョトンとなったが、他のクラスメイト達が一斉に頷いたのでさらに驚いた。

 「落花流水」作戦は、こんな成り行きでヒロマルが中止を言い出すであろうと予め想定していたのだ。


「結婚式はやる、アイツがいなくてもやるんだ!」

「は? 何言ってんの! アイツなしでどうやって……」


 落胆するどころか、ヒロマルの狼狽をよそにクラスの面々は「そうだ!」「下痢如きに負けてたまるか!」と、むしろ盛り上がっている。

 中止しかないだろと言い立てているのはヒロマル一人。そればかりか「じゃあ何かよ、中止にしてオレ達の今日までの努力を無駄にしろって言うのか!」と噛み付く者までいる。


「そんな怒るなよ。そもそもオレのせいじゃないし」


 困り顔のヒロマルに女生徒が怒り顔で詰め寄る。


「ヒロマルくん、この際だから言わせてもらうわ。結婚式って本来は笑いを取る催しじゃないの。女の子には一生に一度の神聖な晴れ舞台なのよ!」

「待て待て、話がおかしい。そもそもクラス会ではエンタメの『なんちゃって結婚式』をやろう、花嫁強奪で大受けを狙おうって、みんな盛り上がってたじゃん!」


 懸命に抗弁するヒロマルに向かって「じゃあ、ヒロマルくんはいいかげんな結婚式をするつもりだったの!」と別の女生徒が怒声を上げた。


「第一、恋夢れんむちゃんのウェディングドレスは私達女性軍が本気で総力を挙げて作ったのよ! あたしはアパレル職希望だからこの成果を就活でアピールするつもりだったのに……それをやめようだなんてヒロマルくん、ヒドいよ! うわぁぁぁーーん!」


 心にもないことを言われたみたいに女子二人が抱き合って泣きだす。ヒロマルが慌てて「ゴメンよ」と謝ると、一人が上目遣いに「じゃあ結婚式……出てくれるよね」と迫った。


「そ、それは……」

「出てくれるよね!」

「そう言われても、その……」


 口籠ったヒロマルから顔を背けると、二人はそれまでのウソ泣きを隠して「チッ」と舌打ちした。


「あの……小村崎くん……」


 揉めている様子を眺めていためぐ姉がその時、おずおずと口を挟んだ。


「めぐ姉……」


 いつもオロオロするばかりの担任がフォローに入ってくれた! とヒロマルは顔を輝かせたが……


「実は今日、彼が来てるの……交際してもう三年になる彼が。だから今日、彼に『いつかこんな結婚式したいね』って言いたいの」

「ええっ!?」

「お願い……この式には私の人生が懸かってるの!」

「そ、そんな……」


 あ然とするヒロマルの後ろでクラスメイト達が「おぉ!」とどよめき「めぐ姉、がんばって!」「きっとプロポーズされるよ! 自信持って!」と声援が飛んだ。

 結婚に焦っている担任が学校祭の模擬結婚式を奇貨として人生の勝負に出ようとは! 今回の作戦を企んだ彼等には予想外の嬉しい宣言だった。


「ありがとう……わたし、がんばるね!」

「めぐ姉ーー!」


 涙を拭う担任へ、感極まった何人かの女生徒達が抱きついた。感動的な光景だったが、そもそも結婚式が挙行されなければ勝負もプロポーズもあったものではない。


「と、なると……」


 結婚式をするならトイレの中で半死半生になっている親友をやはり無理やり出演させるしかない。さすがに親友が気の毒でヒロマルはため息をついた。


「しょうがない、じゃあオムツを履かせるとかしてユウジになんとかご出演を……」

「鬼か! トイレで屍となった親友を引きずり出して恥の上塗りをさせようというのか!」


 クラスメイトの男子が怒鳴りつけると、ユウジをいつも取り巻いている女子達が「そーよそーよ! ユウジくんに恥をかかせるなんて最低よ!」と同調した。


「でも、そうでもしなきゃ花嫁をさらうアトラクションが……」

「ゴチャゴチャ抜かすな! ここまで来たらやるしかないんだ!」


 ヒロマルはまだ気づいていない。「花嫁が強奪されなくても別段、結婚式は普通に出来る」ということに。


「祭壇も、飾りの花も、お前が着ているスーツもこのクラスの皆が心を込めて作ったものだ。そんな努力のすべてをドブに捨てる権利など、お前にあるのか? いや、ない!」


 クラスメイトの断言に国語教師のめぐ姉は「そう、反語はそうやって使うのよ!」と目を輝かせた。


「めぐ姉、ツッコむのはそこじゃなくって……」

「あら、こんなところで何を騒いでるの? もうすぐ式が始まる時間だっていうのに」


 改まった声に一同が振り返ると……


「本物河さん……」


 彼女は今日は、花嫁の付き人役である。

 しかし憂い顔の似合うこの美少女は「逆鱗に触れればその場を地獄絵図へ塗り替えるバーサーカー少女」として、今や緑ヶ丘高校中に畏怖されている。


「みんな、これから神に祝福される荘厳なひとときを創るというのに、この騒乱はどうしたことなの? お鎮まりなさい!」


 その一喝で喧騒はさっと静まった。

 そして、その彼女に手を曳かれてもう一人現れたのは……


「ヒロマルくん……」


 虹色に輝くベールの向こうからおずおずとこちらを伺っているのは、純白のドレスに身を包み、真っ白なカスミソウのブーケを手に持った花嫁だった。


「恋夢……」


 ヒロマルはその美しさについトラブルを忘れ、強奪される予定の花嫁に見惚れてしまった。

 ウェディングドレスを纏った恋夢は人の形をした天使かと思うほど美しかった。自分なんかにはあまりに不釣り合いだと思うほど。

 だが、そんな感慨をよそに女生徒達からは「きれーい!」「素敵……」と歓声が上がる。


「ヒロマルくん……私、どうかな」

「どうって……」

「どう見えますか?」

「き、き、綺麗です……この世の人とは思えないです……」


 ヒロマルが思わず正直に感想を言ってしまったので、花嫁はボンッ! と、真っ赤になると沙遊璃の後ろに隠れてしまった。


「あらあら、これから結婚する相手から隠れてどうするの?」


 沙遊璃は艶然と微笑みながら「ね? 恋夢ちゃん、ヒロマルくんのことなら心配することなかったでしょ」と背後からそっと押し出した。


「ヒロマルくん、恋夢ちゃんったら支度中『ヒロマルくんに綺麗に見えるかな……』って何度も私に聞いてたのよ。心配する必要なんかこれっぽっちもないのに、ねぇ?」

「沙遊璃ちゃん、それ言わないで……」


 手を振ってあわあわする花嫁に沙遊璃は「ふふふ……」と目を細めた。


「ヒロマルくんも恋夢ちゃんが心配しないように普段から彼女のことをもっと気にかけてあげなきゃ。分かった?」

「アッハイ」


 思わず素直に謝ったヒロマルだったが「いや、それがそれどころじゃねえんだよ」と、慌てて手を振った。


「本物河さん、それから恋夢も聞いてくれ。実はユウジの奴が腹を壊してトイレから出てこれなくなっちゃったんだ」

「あらまぁ」

「でも、結婚式は強行するんだって皆、オレの言いこと聞かなくってさ」


 沙遊璃と恋夢は顔を見合わせたがヒロマルのように狼狽はしていない。すべて予定通りの流れなのだ。


「……それで何か問題が?」

「大ありだろ! 肝心のハプニングがないのにどうやってやるんだよ……」

「この際、ハプニングなしってことで」

「いやいや、それだとみんな『何コレ、ただの結婚式じゃん。つまんねー』としか思わねーよ!」

「大丈夫、つまらないなんて絶対に言わせないから。花嫁はこの通り素敵だし、式場も綺麗、花もふんだんに飾ったし料理だって一流ホテル並み。演出も進行も音楽も私達が最高に盛り上げてみせる。心配ないわ!」


 このまま恋夢ちゃんと結婚してしまいなさいと沙遊璃は言外に告げているのだが、そこはキングオブ鈍感、ヒロマルにはまったく通じていない。


「そんなこと言ったってこのまま段取り狂った状態で始めて上手くいくハズないだろ。オレはいいとして、花嫁役の恋夢がもし恥なんか掻いたりしたら……」

「だから、そんな心配は……」

「ここはやっぱり中止にするしかねぇよ。な? だから本物河さんからもみんなを説得……」


 それまで笑みを浮かべていた沙遊璃がビキッと音を立てて眉間に皺を寄せたので、ヒロマルはそれ以上言い続けることが出来なかった。クラスメイトの一人が「ヒッ」と小さく悲鳴をあげる。


「ヒロマルくん……あなた、死にたいの?」

「は、はい?」

「恥をかく? 式を中止にしたらそれこそ恋夢ちゃんが一番恥を掻くでしょうが! なに勘違いしてるの。それとも恋夢ちゃんに恥を掻かせたいの? もしそうだというのなら……」


 その瞳が次第に血走り、狂ったような光が宿り始めた。


「本物河さん?」

「いいわよ、貴方がその気ならヘラヘラしているその顔を引き裂いてあげても……」


 両手の爪をカキッと立てた沙遊璃は、上半身をユラユラ揺らしながらヒロマルへ近づき始めた。血走った眼を羅刹のように見開き、唇の端を吊り上げた顔には悪魔の微笑みが浮かぶ。女子達が悲鳴を上げた。

 花嫁が後ろから「沙遊璃ちゃん違うから! ヒロマルくん、そういう人じゃないから!」と、必死に引き留める。


「ヒロマルくんは私を心配してくれてただけなの! ほ、ほら、結婚式なんて初めだもん。中止がいいのかなって思っただけだから!」

「……あ、中止のほうがいいって思い違いしただけなのね」


 血走っていた眼差しが元の麗しい瞳に戻り、妖気をまとったオーラもフッと消えた。抱き合って震えていたクラスメイト達は思わず安堵のため息を漏らす。

 ヒロマルといえば、膝がガクガクして情けなくへたり込んでいた。


「ヒロマルくん、ごめんね。私『コイツ、トラブルにかこつけて花嫁を捨てる鬼畜か』って思い込んじゃったもんだから……」


「さ、さすがにそんなことしないよ……」

「ですよねー。私、コロしてやるって頭に血が上っちゃった」


 手で自分の後頭部をペシッと叩いて沙遊璃はテヘペロとお茶目に舌を出したがヒロマルは騙されなかった。結婚式を中止にしたら、間違いなくこの娘は鬼になって自分を殺しに来る!


「仕方ない。中止に出来ないなら今からでも代役を。なぁ誰か……」


 だが、クラスメイト達は誰も手を挙げようとしない。そればかりか「往生際が悪いぞ」と言わんばかりの顔でヒロマルを睨みつけた。


「ど、どうしたんだよ! みんな……」

「ヒロマルくん」


 ヒロマルへ向かって、沙遊璃がいよいよ最後の追い込みにかかった。


「実はね、ユウジくんには悪いけど今日の結婚式、最初からご退場願う予定でいたの」

「な、なんだってぇぇぇ!」

「もうすぐウェディングベルが鳴る……そろそろタイムリミットだから種明かししてあげるわ。ヒロマルくんには、これから恋夢ちゃんと本当の結婚式をあげてもらいます」


 ポカンとなったヒロマルは、次の瞬間「エエエエエエエエーー!」と叫んで顎を落とした。ギャグ漫画なら、さしずめ目玉が飛び出ているところだろう。


「なんで……」

「聞くまでもないでしょう。今日まで恋夢ちゃんがこんなにも貴方を一途に慕っているのに、ヒロマルくんと来たら自分なんかふさわしくない、もっといい人がいるからって一向に応えてあげようとしない」

「だって、それはその通りで……」

「いません、恋夢ちゃんには。幼い頃、辛い思いをしていた恋夢ちゃんに何くれとなく面倒を見てくれた、ガサツだけど心優しい男の子。イジメがあれば怒鳴り込み、学校祭のフォークダンスではただ一人恋夢ちゃんと一緒に踊ってくれた……そんな人と結ばれたいって恋夢ちゃんのいじらしい想いに、貴方は何故今日まで応えようとしてこなかったの?」

「だ、だって恋夢にはオレなんかよりもっとふさわしい人が……」


 言いかけたところに沙遊璃が目をクワッ! と見開いた。もはや妖怪そのもので、震え上がったヒロマルは何も言えなくなった。完全にヘビに睨まれたカエルである。


「想いが通じずに苦しむ恋夢ちゃんを私達はこれ以上見ていられなかった。こうなったらクラス総出で貴方に引導を渡そう……そう決めて、私達はこの結婚式を仕組んだの」

「し、仕組んだって……」

「表向きは花嫁をさらうアトラクション付きのなんちゃって結婚式。しかし、その実態は本物の結婚式! 恋夢ちゃん、幸せになるのよ。ヒロマルくん、覚悟を決めてね。ふふふ……我が策、我が野望、ここに成就せり!」


 陰謀を仕組んだ策士の正体を自ら明かした沙遊璃は悪役令嬢のように「ホーッホッホッホッ! ホーッホッホッホッ!」と高笑いしたが、笑い過ぎて「ゴホッ、ゴホッ」とむせてしまった。


「は、諮ったな!」


 ことここに至って、ヒロマルはようやく悟った。すべては仕組まれていて、自分は見事に嵌められたことを!

 だが駄々を捏ねようにも時既に遅くリーンゴーン♪という鐘の音、続いて歓声と拍手の音が……


「ほぅら、式が始まる。もう逃げられない。ふふふ……」


 地獄の蓋を開けた悪魔のように沙遊璃は微笑む。

 もはや時間もなく、選択肢はない。このまま結婚式に臨む以外には……

 ぼう然と立ち尽くす新郎に向かって花嫁が「ヒロマルくん、ゴメンね……」と頭を下げた。


「でも他に方法がなかったの。もう、こうするしか……」

「恋夢……」

「ヒロマルくん、私のこと嫌い? どうしても恋人になれない? ……だったら恋夢は諦めます」


 いや、そんな泣きそうな顔をされてここでハイ、ナレマセンなどと言えるハズないだろ! ヒロマルの方が泣きそうな気持ちだった。

 それに本当は自分だって……好きなのを必死に今日まで堪えてきたのに。


「……そ、そりゃあ嫌いじゃない。二択で言うなら好きだよ」

「本当!?」

「お試しで付き合ってた間はとても幸せだったさ。正直、思ったよ。自分が恋夢に釣り合う男だったらなぁって。そしたらずっと傍にいて欲しいなぁって……でもさぁ、そしたら今まで『モテる奴は絶対許さない』って言ってきたオレの意地は一体……」

「そんなのどうでもいい! じゃあ恋夢と結婚してくれるのね!」


 夢かとばかりに花嫁が顔を輝かせる。


「ま、待て待て待て! 結婚とかイキナリ過ぎる。オレらまだ一六だし! ま、まずは健全なお付き合いを……お試し期間の延長とか……」

「いつまでお試しだ、いい加減にしろ!」


 姑息な引き延ばし案をクラスメイトが容赦なく切り捨てる。


「あとな、女性の婚姻開始年齢は法律では一八からだが改定前は一六からだ。ちっともイキナリじゃねぇ!」

「いや、でもしかし」

「うるせえ! 全国の男子から羨望される恋夢ちゃんと結婚出来る望外な幸せに躊躇する贅沢なんぞ手前にはねえ!」

「そ、そんな……オレはこれでも恋夢の幸せを考え……」

「黙れヒロマル! 恋夢ちゃんの幸せ、それはすなわちてめぇだ! ここまで来てもう四の五言うな!」


 一喝したクラスメイトに向かって「その通りだ!」「よく言った!」と賛同や賞賛の声が上がる。


「さぁ、式を始めるわよ。みんな所定の位置に就いて!」


 頃合いやよしとばかりに冬村蜜架が声を掛ける。クラスメイト達は「おう!」と応え、それぞれの担当場所へ散っていった。


「みんな、待ってくれ! オレの話を……」


 だが、呼べど叫べど聞く者はもう、誰もいない。お前の泣き言なんぞ知ったことかとばかりに開始準備がズンズン進んでゆく。

 「オレの、オレの、オレの話を聞けぇ……」と半泣きの新郎に花嫁が寄り添う。彼の腕にしがみついて「嬉しい……嬉しい……」とつぶやく恋夢は、これ以上ないくらい幸せそうだった。


「恋夢ちゃん、幸せなのは分かるけどまだ泣いちゃ駄目だからね」

「はい!」

「ヒロマルくんは……いいや、好きなだけベソを掻いてなさい。いい気味だわ」

「ひ、ヒドい! あんまりだぁ」


 かくして情けない新郎を置いてきぼりに、進行役が「これより二年B組の催し、『模擬結婚式』を開催いたします!」と会場に告げる。


「新郎はご存じ小村崎博丸くん! そして花嫁はなんと元アイドル『奈月れむん』こと、春瀬戸恋夢さんです!」


 観客達は「『カレカノいる奴絶対ゆるさないマン』のあのヒロマルが新郎だってぇぇ?」と爆笑したが、花嫁の名前に驚愕する。恋夢がヒロマルへ恋人になってくれと懸命に迫っていることは既に校内で知らぬ者もいなかったが、まさか結婚とは!

 次の瞬間、歓声は大歓声に、拍手は万雷のように変わった。


「どうぞみなさん、盛大な拍手で二人をお迎え下さい!」


 ウェディングミュージックが流れ始め、さっと幕が開く。スポットライトの眩しい光が差し込み、怖じ気づいたヒロマルの情けないを照らし出した。

 一向に歩き出せない新郎を花嫁が心配そうに見上げる。


「ヒロマルくん……」


 ため息をついたクラスメイトの一人が、往生際の悪い新郎をウェディングロードへそっと押し出した。


「とりあえず結婚しろ。な? 細かいことは後で考えよう……」

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