「いらっしゃいませ」

 店に夏来の知っている男が入ってきた。

「夏来ちゃんの実家って、ここだったんだ」

「俺よく来てたんだよ、この店」

 男は春子と同じバイト先で知り合って、よく何人かで遊んでいた仲間の一人。最近はほとんど会ってなかったけど、地元が同じことさえ夏来は知らなかった。

「夏来ちゃん、寛人と付き合ってたんだよね」

「いつ別れたの」

 夏来は奥で聞いているはずの父親のほうをチラリと見る。

「年末ぐらいかな」

 夏来は作り笑いで答えた。

「春子ちゃんのことは知ってる」客の男は小声で夏来に尋ねた。

「春子ちゃんと寛人ずいぶん前からデキてたらしいよ」

 男は夏来から目をそらして、海鮮カタ焼きそばを黙々と食べ始めた。

「もしもし」

 夏来は休憩時間に春子に電話をかける。

「夏来、今どこにいるの。賢二が会いたいって」

「春子は犯された男と楽しく話ができるの」

「あれは合意じゃなかったの。お金だってもらったんでしょう」

「お金?」

「寛人が夏来にも分け前あげたって言ってたよ」

「あのお金…」

 夏来は小さくつぶやいて電話を切った。

 すぐに、春子から電話がかかってくる。

「あなた知ってたの」夏来の小さく落ち着いた声。

「仕組んだのは、寛人だからね。あたしは知らなかったの」

「寛人の部屋に呼ばれて行ったら、賢二がいたんでしょう」

「もうどうでもいい」

 夏来はケータイを投げ捨てた。

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旅立ち 阿紋 @amon-1968

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