陰キャな僕がギターを弾き始めたワケ ~好きな子の前で弾けるって嘘を吐いちゃって後に退けなくなったとか今更言えない~

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ああああああああああ! 何を言ってるんだ僕はあああああああ!

 ある放課後、僕は学校帰りにいつもの公園のベンチで、いつも通り自分の好きな音楽を聴いていた。

 ミュージシャンがレコーディングで使っている様なでっかいヘッドホンで爆音で流す音楽は、このつまらない世界を僕を現世から引き離してくれる。

 でっかいヘッドホンである必要は別にないのだけれど、音楽の世界に憧れる僕にとってはこれがかっこよく見えて、そしてこんな何もない僕でも音楽に携わっている気になれたからだ。

 僕自身は楽器を弾けない。テレビやUtubeで楽器を弾いている人達に憧れて初心者用ギターを買ったものの、あまりの難しさにすぐに挫折した。今ではギターは部屋のインテリアになっていて、全くその役割を果たしていない。きっと、ハードオフに売られている初心者用の楽器セットは、僕みたいに根性も気概もない者の手に渡ってしまった楽器の成れの果てなのだろう。

 でも、音楽への憧れを捨てきれなくて、こんなヘッドホンでちょっと音楽に詳しい感を醸し出している。僕はそんな情けない高校生だった。

 鞄の中から、先程本屋で買った音楽雑誌を取り出して開く。

 この雑誌もギター専門誌で、雑誌の中には様々なギターの特集や譜面、練習方法が記載されている。僕が読んだところで、何の意味もない代物だ。

 でも、こうして僕はこうして音楽を聴きながら、意味もない雑誌を読み耽る。これは謂わば僕のルーティーンの様なもので、色のない学校生活に対するせめてもの抵抗だった。

 陽キャ達の様に文化祭でバンド演奏をする機会もなければ、辛辣なコメントが怖くて『弾いてみた』を投稿する度胸もない僕の、誰にも迷惑を掛けない抵抗。

 最近配信された好きなアーティストのEPを最後まで聴き切ったら帰ろう──そう思いつつ、雑誌の文字を追う。

 すると、本の文字を影が覆った。少し雑誌から目を離すと、目の前に一足のローファーとすらりと伸びた足が視界に入ってくる。


 ──うちの学校の女子?


 怪訝に思ってふと視線を上げると、そこには長い黒髪の美しい少女がいた。同じクラスの真島瞳ましまひとみさんだ。


 ──え、真島さん⁉ 何で⁉


 驚いて彼女の顔を見ると、彼女はその大きくくりくりとした瞳を更に大きく見開いて、興味深そうに僕を見ていた。何やら口を開いているところを見ると、僕に話し掛けているらしい。

 って、あ、そっか。爆音で音楽聴いてるんだった。僕は慌ててスマホの音楽サブスクアプリを閉じると、ヘッドホンを外した。


「あ、やっと気付いてくれたー」


 真島さんは口元を手で隠して、可笑しそうに笑った。


「え、えっと……真島さん? どうしたの?」


 僕はきょどりどもりながら、彼女から視線を逸らした。

 真島瞳──僕と同じクラスの女子で、クラスの人気者の女の子だ。明るく朗らかで、いつも人の視線を集めている、僕の憧れの女の子。でも、こんな陰キャ丸出しな僕が話し掛けられるわけもなく、いつも遠くから眺めるに留めているだけだった。

 そんな真島さんが、何故か僕に声を掛けている。意味がわからなかった。


「田丸くんって、いつもここで音楽聴いてるでしょ」

「え⁉」


 僕は吃驚の声を上げた。

 真島さんが僕の苗字を知っていた時点で驚きな上に、更に彼女に行動を補足されていたのである。驚かざるを得ない。


「ど、どうして僕の事を……」

「だって、ここ私の通学路だもん。いつも気になってたんだー」

「どうして僕なんかを……?」


 おすぞずと言った様子で彼女を見上げると、彼女は自らの首元を指差した。


「それ」

「それ?」


 どういう事だろうと思っていると、どうやらヘッドホンの事を意味している様だ。


「これ?」


 僕は自らのヘッドホンを指差して聴いてみると、彼女は「そう!」と嬉しそうにはにかんだ。


「そのヘッドホン、オーディ〇テクニカのATHーANC950BTだよね⁉」


 ええ⁉ いきなり機種名当ててくるとか何なの⁉ もしかしてオーディオマニア⁉


「そ、そうだけど……?」


 僕は恐る恐る答える。

 デザインと値段だけで買っただけで、僕はオーディオ機器にそれほど詳しいわけではない。でかいヘッドホンで見掛けがかっこよければそれでいいと思って買っただけだ。


「すっごい高いやつだよね! 私の好きなアーティストが愛用してるんだー。欲しかったんだけど、値段見て諦めちゃった」


 真島さんのその言葉に、僕はほっと胸を撫で下ろす。

 どうやらオーディオマニアではなかったらしい。マニアだったら質問攻めにされて、僕の知識の露呈のなさを炙り出されて恥を晒されていたところだろう。


「ていうかさ、田丸くんってギター弾けるの?」

「へ⁉ なな、なんで⁉」


 次なる質問に、僕の胸はどきんと高鳴る。

 どうして彼女は僕がギターに未練にあるのが知っているのだろうか。もしかして、エスパー?


「だって、それギター弾く人が読む雑誌でしょ? 私も昨日表紙買いしちゃったんだけど、中開いたらさっぱりだったんだー」


 言われて本の表紙を確認して、「ああ」と納得する。最近人気の若手バンド『ジーク・デュオール』のギタリストが巻頭特集を飾っていたのだ。


 ──真島さん、こういう人が好きなのか。


 あまり詳しくはないジャンルだったが、一応何曲かは僕も聴いた事のあるバンドのギタリストだった。しかも、僕が今つけているヘッドホンを首に掛けている。


 ──うわぁ。気付かなかったよ。


 表紙の彼はイケメンというよりは髪型と雰囲気で誤魔化している感じで、ザ・雰囲気イケメンだった。ガチガチなイケメンではなかった事に、どこか安心する僕がいた。

 ちなみに、この楽器はギター専門誌なので、ギタリスト以外が読んでも面白い事は何も書かれていない。彼女が「さっぱりだった」と言うのはそういう事だろう。


「これ読んでるって事は、田丸くんってギター弾けるんだよね⁉」

「ひえ⁉」


 真島さんが瞳を輝かせてずいっと顔を寄せてくるので、僕は思わず情けない声を上げてしまった。

 心臓に悪すぎる。


「だって、この雑誌を一生懸命読んでるって事は、書いてある事わかるんでしょ⁉ すごいなぁ」


 真島さんは本当に感心した様子で僕に憧れの眼差しを向けてくる。

 いや、違う。譜面ばかりで僕も半分くらいはわからないんだ。それにギターなんて弾けない。ただ弾ける風を装いたくてここで雑誌を読んでいただけだ。

 変に勘違いされる前にちゃんと正直に言わなきゃいけない。言わなきゃいけないのに──


「ま、まあね……『ジーク・デュオール』の曲くらいなら、何とか弾ける、かな?」


 何を言ってるんだ僕はああああああああああああああああ!

 ああもうっ、このお口のバカ! 好きな子に興味示されて、何をできもしない事言ってるんだ! しかもそんなにちゃんと聴いた事ないよ! 難しいのかすらわかんないのに!


「すっごおおい! 田丸くん、ほんとにギター弾けるんだ⁉ じゃあさじゃあさ、今度聴かせてよ!」

「え? ああ、まあ……今度、ね」


 あああああああああああああああああ!

 だから何を言ってるんだ僕はあああああああ! 僕のアホおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


「やったぁっ! 楽しみにしてるねっ」


 真島さんは光でも零れていそうな程満面な笑顔でそう言ってくれた。

 それから真島さんとは少しそのアーティストの事について話して、別れた。わかった事は、彼女が根っからの『ジーク・デュオール』ファンであるのと、僕がギターを弾けるという事を一ミリも疑ってはいなかった、という事だった。

 その間ギターについていくつか訊かれた際は焦った。雑誌で身に付けた知識を出まかせてで言って何とか会話を繋いだものの……結局本当はギターなどまともに弾けない事を伝える機会はなかった。


「ああ……僕のバカぁぁぁぁあッ!」


 僕は自分の部屋に帰ってくるなり、その身をベッドに投げ出した。

 真島さんと別れてから今に至るまでの間、『ジーク・デュオール』の音源を聴いていたのだが、全然簡単じゃない。

 まあ、ピロピロなバカテクバンドじゃないだけマシだけども、普通に初心者が弾けるレベルの楽曲ではなかった。自分のちっぽけなプライドで嘘を吐いてしまった事を死ぬ程後悔する他ない。


 ──あれ?


 その時、ヘッドホンから流れてくる音楽を聴いていて、ふと思う。


 ──いや……難しいのはメロディのギターだけで、バッキングの方はそんなに……難しくないんじゃないか?


 僕はもう一度巻き戻しボタンをタップして、楽曲の冒頭から聴き直す。

 やはり僕の予想は正しく、バッキングは結構パワーコードが多くてそれほど難しくはない。メロディの方はタッピングで色々やっているけど、イントロのバッキングなんてスリーコードだ。

 指でリズムを刻んで、バッキングのコードを頭の中に書き起こしていった。

 知らずのうちに、部屋の片隅で飾り物になっていたギターへと手を伸ばし、記憶にあるコードで耳から流れる音を再現していく。

 ほんの数十分弾いただけで、すぐに指が痛くなってきた。

 だけど、僕はその日からギターを毎日弾く様になっていた。弾ける様になっていくのが楽しくなってきたし、何より、憧れていた女の子が僕に興味を示してくれた。

 それが勘違いだったとしても、その期待と興味に応えたかった。

 動機なんてものは、不純極まりない。だが、もしかすると多くの音楽人のスタートラインは、こんな感じで不純だったのではないだろうか。知らずのうちにギターにのめり込んでいた僕は、何となくそんな事を考えていた。

 真島さんと話してから、三週間が経った頃──僕は放課後、真島さんの座席の前に立っていた。


「あの……真島さん?」

「あ、田丸くん。どうしたの?」


 彼女はいつもクラスメイト達に振り撒いている笑顔をこちらに向けて、首を傾げた。

 僕は緊張を誤魔化す様にタコで硬くなった左手の指を擦り合わせながら、彼女の目を真っすぐに見据えて言った。


「あのさ、『ジーク・デュオール』の曲、一曲だけちゃんと弾ける様になったから……今度、聴いてくれないかな?」


 真島さんは目を輝かせて勢いよく椅子から立ち上がると、元気よく頷いた──。



(了)

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【作者コメント】


 はい、どうも。珍しく短編です。

 シリアスな話(ファンタジー)ばかり書いていて、ちょっと疲れたのでラブコメ書いてみました。特に内容がないストーリーなのは、本当に息抜きだからです。笑

 バンドマンの大多数が実は『モテたい』が理由で楽器を始めたというのは割とマジな話で。楽器が好きま人は、スタジオミュージシャンとか個人のクリエイターとして活動しがち。もしかしたら、田丸くんもこれをきっかけにバンドマンになるかもしれませんね(ここで大こけしなければ。笑)


 案外人間の頑張る切っ掛けになんて単純で、切っ掛けさえあれば努力を継続できる事もありますよね。

 もし、何となく好きだけど始める切っ掛けがなかったと思える様なものがあれば、チャレンジしてみては如何でしょうか?

 という春っぽい作品。笑


 実はもう一つ息抜きで書いているラブコメがあるのですが、それはちょっと長くなりそうなので、もうちょい書き貯めしてから上げます。

 今は『落ちこぼれテイマーの復讐譚』の9巻の執筆がメインなので、それが終わり次第来月くらいに上げれたいいかなぁ。


 そんなわけで、たまにある短編でした。また次の新作でも宜しくお願い致しまーす!

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