第2話

 次の日、二匹が朝早くから働いていると、おばさんが門から身を乗り出すように遠くを見ています。家の前の通りは今日も学校へ行く子供達の声でにぎやかです。その声も次第に小さくなって消えて行くと、あたりは急にひっそりとして、どこか遠くの方で車の音がかすかに聞こえました。

シーンとした中に小さくコツ、コツと金属音が聞こえ出し、やがてカツン、カチャンと不揃いな音が近付いて来ます。二匹はこの音の主をおばさんが待っていたのだと気が付いて、仕事の手を休めました。おばさんは門の陰に隠れるように立って、その男の子の姿を見ていました。

 「健ちゃん、具合はどう?足は良くなった」

 「健ちゃんじゃないか? 何て名前だろうな」

 「足はどうしたの? ケガ? 病気?」

 「頑張れ、偉いぞ、ゆっくり、ゆっくり」   


 二匹にはおばさんの心の中の言葉に、いつもの三倍の力が込められているのが解りました。健ちゃんと呼びかけられたその男の子は、両足にギブスをはめていました。両手にも金属の棒のような杖がありました。両手足をロボットのように突っ張って、健ちゃんは一歩一歩踏みしめるように歩いて行きました。

男の子の少し後ろからお母さんと思われる人が、心配そうについて行くのが見えました。おばさんはそのお母さんにも、そおっと心の中で声をかけました。 

「お母さん、毎日大変ですね。でもそうやっていつも健ちゃんを守ってあげてね」


 おばさんは自分が何てお節介なんだろうと思いましたが、何故か放っておけない気持ちでいっぱいでした。次の日から、おばさんは登校する子供達の姿を見送り、健ちゃんとお母さんをそっと見守るのが日課に加わりました。


 

 ちどりおばさんには落語好きの友達がたくさんいます。中でも一番だじゃれのひどい雅ちゃんが、家の前を通りかかりました。そして花の中で蜜集めに精を出していた二匹を見つけて言いました。

 「おやっ、ハチだ見て見て。 ほら、ハチとハチとがはち合わせ。よおハニー、ってか・・」 

 するとおばさんも調子に乗って、嬉しそうに言い返しました。「ハニーと呼ばれてはにかんだ・・ふふふ」

二人のごきげんな会話に、二匹は何とも寒い気持ちになりました。陽気な雅ちゃんが去って行くと、野球帽のおじさんが自転車のベルをチリンと鳴らして「奥さん、いつもきれいだねえー」

 と言って通り過ぎて行きました。おばさんは顔がポッと赤くなりました。そんな事を言われるのってめったにないのですから、どんなにかウキウキした事でしょう。でも、野球帽のおじさんの背中から、おまけのように付けたされた「花が」と言う言葉が聞こえた時には、気持ちはすぐにしおれてしまいました。

 「やーい、おばさーん。自分の朝の姿を知らないのかーい」

二匹は叫びながら笑いました。


 

 お昼近くになると、お日さまはぐんぐん元気になり、明るい光をたくさん降り注ぎます。その光をいっぱい身体に受けて、花達のきれいさもひときわ引き立ちます。キラキラ輝く花の中で、二匹はいつ休むのか分からないほど働きづめです。高い塀に吊るしてある鉢からは、満開のペチュニアがシャワーが溢れるように、見事に咲きこぼれています。この花を先ほどからじいっと見上げている人がいます。もう七十歳は過ぎているでしょうか。口元が「きれいね」と言ったように動きました。


 台所の窓からこの光景を見ていたおばさんは、ずっと前に亡くなった母親を思い出しました。花好きでころころとよく笑う母親が、そのお婆さんの顔と重なって見えました。     

 「どこのお婆さんなんだろう。何歳なのですか。お花が好きなのですか?」

 お婆さんに声をかけて、お話をしてみたい気持ちにかられました。そして自分の母親とどこか似ている所を見つけて、甘えてみたい気持ちにもなりました。

向こうからせき払いをしてやってくるお爺さんの姿も見えました。優しそうな白い髭のお爺さんが、八年前に亡くなった父親と似ているような気がしました。


 おばさんは急に懐かしさで胸がいっぱいになり、涙がムクムクわき出てきました。両親が自分の名前を呼んだような気がしました。鼻がつうんと痛くなって、ぽろぽろとあつい涙がこぼれ落ちました。おばさんは年を重ねるに連れ、両親を懐かしく思う日が多くなりました。肉親のいっぱいの愛情で育ってきたおばさんでしたから、そのたくさんの愛情が、心の中の入れ物に入りきれなくて、時々溢れては懐かしい昔に連れもどされてしまうのです。

 

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