第4話


 次の日、二匹はあのお婆さんの後をつけて行きました。のんびり歩くその後を、羽音を忍ばせながらゆっくり飛びました。時々お婆さんよりも早く進んでしまっては、大きく旋回してお婆さんの頭の後まで来て、気付かれないように慎重に進みました。そうやって飛んでいると、まるで自分達が探偵にでもなっているような気がしました。そして何かすごい使命感に燃えている自分達に、とても満足しているようでもありました。


 二匹はお婆さんが大通りを渡る時には、本当にハラハラしてしまいました。何故って青信号が点滅して、もうすぐ赤に変わろうとしているのに、お婆さんが少しも急ごうとしないのですから。二匹は心配になって、顔の周りへ飛んで行って強く羽音を聞かせました。するとお婆さんはとても怖そうな顔をして、逃げるように横断歩道を渡りました。

 知らんぷりをよそおってついて行くと、お婆さんの家に着きました。でも、お婆さんは二匹の姿を見つけると、家の中に逃げこんでカーテンまで閉めてしまったので、中の様子は全く見えませんでした。二匹には色々と知りたいことがたくさんあったのですが・・・。     


 そしてその次の日、二匹は山中さんの家に行きました。玄関から流れてきた一筋の青白いお線香の煙に沿って行ってみると、山中さん夫婦が愛犬の写真の前で、寂しそうに座っているのが見えました。テーブルの写真の前には、愛犬の好物だったのでしょうか、お菓子やドックフードなどが山のように積まれてありました。おもちゃのボールや犬用の洋服もたくさん並べられてあります。

二匹には二人がどれほどこの老犬を愛していたかがよく分かりました。おばさんが二匹の蜂達をまるで騎士のようだと言ったように、二人もやはり愛犬を騎士のように、守り抜いてあげたのだと思いました。

               

 二匹は使命感に燃えて飛び廻っているうちに、蜜集めがすっかりおろそかになってしまっている事に気付きました。何とかしてこの遅れを取り戻そうと、休まずにせっせと働きました。自分の仕事もしたうえで他人のお世話をするのが、どんなに大変な事かよく分かりました。でも心が充実感でいっぱいになったようで、とても幸福な気分になれました。                     

 


 どうにか仕事の遅れも取り戻し、身体の疲れも無くなり出したある日、二匹がマーガレットの葉っぱの上でひと休みしていると、いつもの金属音が聞こえて、さとる君が少し急ぎ足で歩いて来ました。今日はお母さんの姿は見えません。一人で大丈夫なのでしょうか。心配になった二匹は後をつける事にしました。この頃ではすっかりおばさんに感化されて、お節介な二匹になってしまったようです。


 カチャンコツンと金属音を響かせて、さとる君が向かった先は川の側の公園でした。水面にたったさざ波にお日様が反射して、ガラスのようにキラキラと光って見えました。公園の木々はぐんぐん枝葉を伸ばして繁っていました。その中を二匹はスイスイ通り抜けて、高い枝の葉っぱの先に止まりました。そこからは公園の様子がよく見えました。


 放課後はいつも子供達でにぎわうこの公園も、今日は何故か誰も遊んでいません。広い公園には時折、近所の工場から聞こえてくる機械の音が、寂しそうに響きました。

その時、公園の隅っこの方から二,三の影がさとる君の方に駆け寄って「持って来たか?誰にも言ってねぇだろうな」

 と言うなり、さとる君の膨らんだポケットからお金をむしり取りました。

 「何だ、これだけか、チェッ」

 と苦々しそうに言うと、中学生らしき少年はさとる君の足を思いっきり蹴りました。


 あまりの痛さに声をあげて泣くさとる君を見て、二匹の心臓は止まりそうになりました。さとる君の目からは涙がボロボロこぼれ落ちました。懸命にこらえても漏れてくるうめき声に、Boonは哀れでなりませんでした。

その瞬間、どこからかおばさんの声が聞えて来たような気がして、Boonはサッと身構えました。

 「Boon,危ないぞ、止めろ!」

 「なに言ってるんだ。さとる君を守らなくちゃ。おばさんが君たちは騎士だと言ってくれたじゃないか。だから見て見ぬふりは出来ないさ。立派に戦って、守ってあげなくてどうするんだ」


 大声でそう言うなり、ブーンと羽音を響かせて、Boonは少年達めがけて突進しました。顔の周りをグルグル回りながら、ありったけの力を振りしぼって、羽音をブンブン聞かせました。みんなの前を行ったり来たりしては、何度も刺すまねをして見せました。どんなに少年達がさとる君にすごんで見せたって蜂は恐いのです。少年達は帽子やタオルなどを振り回して、一生懸命抵抗しました。


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