第5話

 少年が力いっぱいタオルを降りおろすと、ビュンと大きな音と一緒に強い風がおこりました。その風にBoonは何度もたたき落とされそうになりましたが、懸命にこらえました。そして自分が今まで生きてきた中で、おそらく一番大きいだろうと思われるほどの羽音を立ててみせると、さとる君を蹴った少年の顔をめがけて突進しました。

 少年は恐怖で真っ青な顔になり、すぐ目の前に飛んで来た蜂を力いっぱいにタオルで叩きました。その瞬間、Boonは激痛で意識を失って、まっ逆さまに落ちてしまいました。少年もまた、タオルで自分の顔をいやというほどぶった反動で、バランスをくずして倒れました。そばのベンチの角に頭をぶつけると、真っ赤な血がどっとふき出しました。仲間達は驚いてタオルで頭を押さえてあげながら、あわてて逃げて行きました。    


 ポツンと残されたさとる君は、大きな声をあげて泣いていました。機械の音に混じって聞こえたさとる君の泣き声に、近所の工場のおじさんが駆けつけてくれました。誰もいない公園でさとる君はやっと助けられました。                   

ひっそりとした公園の片隅に、Boonは横たわっていました。力いっぱい戦って疲れきった身体は、まるでしおれた花のようにグッタリとしていました。小さな声もかすかな息のひとつも聞こえてきませんでした。全く動かなくなってしまったBoonの身体のその上を、Beeがグルグル飛び廻って、涙の粒を何滴も何滴も落としました。

 風がさーっと吹いて来て、Boonの身体を転がしました。何度も回転しながら時おり小さな石にぶつかっては、Boonの身体は跳ね返ったり空に飛び上がったりしました。Beeは切なくて、このまま泣きながら自分の息も止まってしまうかも知れないと思いました。

花壇にはアジサイが見事に葉を繁らせていました。濃い緑の大きな葉っぱの下に転がって行くと、Boonの身体はすっぽり隠されてしまいました。強い太陽の日差しからまるで守ってくれるかのように、Boonの身体をアジサイが優しく包んで、いたわってくれているようでした。

    



 何日の間こうやってBeeはぼんやりと過ごした事でしょう。絶対に休んだりはしませんでしたが、仕事をしながらも、涙が溢れてきて止まりませんでした。花々の葉っぱにはおばさんのまいた水が、まるでシャボン玉のように日の光を浴びて、美しく光っています。そのきれいな玉の上にBeeの涙が落ちると、玉はぐーんと大きく膨らんで、ゆっくりと葉っぱの縁まで転がってポトンと落ちて行きました。そんな玉が何個も何個も出来上がっては、コロコロと悲しく落ちて行きました。

一緒に蜜を集めた花々は今日も見事に咲いています。仕事の合間に楽しくおしゃべりした事や、マーガレットの花陰で昼寝をした事などを思い出しながら、何を見ても何をやっても、みんなBoonとの思い出につながってしまうことが悲しくてたまらないBeeでした。



おばさんはBee達のこの大事件を知りませんから、急に元気がなくなった蜂を、単に自分と同じ夏負けかなと思っていますし、Beeを気の毒に思った仲間が、わざわざ駆けつけて来てくれている事だって、何にも知る訳がありません。その仲間の蜂だって単にBoonが少し痩せたのかなという位にしか思っていないのですから。

BeeはおばさんにどうやってこのBoonの勇敢な死を伝えようかと思案してみても、なかなか名案は浮かんでは来ませんでした。それからあのお婆さんが、隣の町の施設に越して行ったと仲間から聞いた事だって伝える事が出来ません。もうあのお婆さんとは会えないかも知れないというのに。



 

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