第6話

 猛暑の夏にも負けずBeeと仲間の蜂は毎日せっせと働きました。なるべく悲しい事を思い出さないようにと、がむしゃらに働きました。仲間の蜂は一生懸命に楽しい話をして、少しでもBeeの気持ちを和ませてやろうと努めました。

死にたいほど辛かった日々も、仲間の優しい心で少しづつ癒されていきました。Beeに忘れられていた笑顔が、ちょっぴり見られるようにもなって来ました。それでも秋の気配が感じられるようになると、Beeはやっぱりたまらなく寂しくなって、時折Boonを思い出しては涙ぐむ事もありました。


 でもそんな事を全く知らないおばさんは,毎日花に水をやったり花殻摘みをしました。庭に住んでいる蛙を見つけると、棒で突っついては飛び跳ねるのを面白がったりしました。トンボが花に止まるとそっと近付いて、トンボの目の前で指をクルクル回しました。そうやっておばさんは自分の子供の頃を想い出しながら、蝶や蛙やトンボと遊び穏やかに毎日を暮らしました。



 どんなに悲しい事があっても、蜂達は一生懸命働いています。アリも冬の寒さに備えてエサを運んでいます。そんなアリや蜂達の働く姿を見て、ある日ふと、おばさんは自分の人生を振り返ってみました。自分はこのアリ達のように一生懸命に生きてきただろうかと。

おばさんはどこか遠くを見るように、はるか昔をたぐってみました。自分は子供の頃どんな暮らしをしていたのだろうか。親や兄弟はどんな人達だったろうかと。すると自分が父親の大きな力に守られて、母の優しさに包まれて、兄や姉達に可愛がられて育てられて来た事が、つい昨日の事のように思い出されました。


 さらにおばさんは思いました。与えられたものは数えられないほどあったとしても、自分は人に何かを与えた事があっただろうかと。暫らくの間、おばさんは目を閉じて考えました。すると、おばさんにとっては母となってからの数年間が、人生の中で一番夢中で働いたと言える時期だったように思えました。今では子供も巣立ってのんびり暮すおばさんでさえも、せいいっぱいの愛情で人を守った、そんな時があったようです。       

                     

 

 いつの間にか季節は冬になり、おばさんの家の前の通りにも枯葉が舞うようになりました。北風がビュンビュン通り過ぎて行くようになりました。花の色も少なくなると、玄関もちょっぴり寂しくなりました。蜂達の姿もとうに見られなくなっていました。おばさんはもうすっかり蜂の事など思い出す事さえなくなってしまいました。寒がりなおばさんはほとんど家から出る事も無く、僅かな冬の花の水やりさえさぼりがちです。

時々雅ちゃん達が遊びにやって来て、暖かい部屋で旦那さんも加わって楽しく時を過ごします。相変らずの駄洒落を言い合っては、大笑いしています。それは余りの馬鹿馬鹿しさで、家が壊れそうな位に笑ってしまいます。こんな大きな笑い声が北風に乗って、Bee達のもとに届く事もあるのでしょうか。

 


 ある日のことです。暖冬の日差しの中でブーンと羽の音が聞こえました。どこからかハエが一匹入り込んで、おばさんの顔のあたりを飛び回っています。手で払おうとするとすぐに逃げては又飛んで来ます。ハエはおばさんをからかうかのように、ブーンと唸り声をあげてグルグル飛び廻っています。天井に止まると部屋の中はしーんとして、静けさが妙に寂しく感じられます。暫らくすると又ブーンと聞こえ出して、蛍光灯の中に入り込んでは大暴れしています。その繰り返しにたまらなくなって、新聞を読んでいたおばさんは立ち上がりました。そして殺虫剤を持って来ると、ハエに向けてシュッと吹き付けました。ハエは天井付近をクルクルと回り、ガラス戸にぶつかては又飛びまわりました。そしてついに力尽きてふわんふわんと舞いました。


 新聞の上にポトンと音を立てて落ちたハエを見て、おばさんは冬のハエはなんてまとわりついてうるさいのだろうと思いました。そしてそう思った瞬間、ふとあの二匹の蜂達が庭仕事のたびに、いつも一緒だった事がなつかしく蘇りました。でもそれはほんの一瞬の事で、おばさんの頭の中からはすぐに消えてしまいました。おばさんが二匹をペットのように可愛く思えた事や、名前を付けてあげた事、勇敢な騎士と誉めてあげた事。そして健ちゃんや山中さんの犬の様子を見てくるという、とても大切な任務を与えた事などは、もうすっかり忘れ去られてしまっていました。

 とうとうBoonの死んだ事も知らないで、春になったら又たくさんの花を咲かせようと、その日の来るのをひたすら待ちこがれているちどりおばさんでありました。

              おわり

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二匹のハチの物語 ★勇者の献身★      @88chama

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