第3話

 ムクムクの涙が少し引っ込むと、お婆さんの表情がよく見えるようになりました。すると自分の母親とは違って、何だかとても寂しそうな人のように思えました。

 「何か辛い事でもおありなのですか?健康ではないのですか?」

 「家族はありますか。困った事、楽しい事を話し合えるお友達はいるのですか」

おばさんのお節介な心配性が始まりました。お婆さんの寂しそうな表情はどこからくるのか、気になって仕方が無かったのだけれど、見ず知らずの人にそんな事は聞けません。もやもやした気持ちでいると、そのうちにお婆さんはどこかへ立ち去ってしまいました。

二匹は台所の窓の近くで、おばさんのこの心の中の言葉を読み取りました。その日から時々、お婆さんはペチュニアのシャワーの下に立ち、玄関脇のベゴニアやノースポールの花にも足を止めるようになりました。そんな時にはいつも、おばさんはソワソワと落ち着きません。でも話しかける勇気はありませんでした。お節介なくせに声をかけられないのは何故でしょう。それはお婆さんが気楽に声をかけられない程、余りにも暗く寂しそうに見えたからなのです。

 「きれいなお花ですね」

 「どんなお花がお好きですか」

というたった一言から話がはずんで、たくさんの人と友達になれるといいなと、いつも心の中で願っているおばさんでした。でも、お婆さんはそれもためらってしまわせる人のように思えました。



 おばさんの家の前は、犬と散歩する人もたくさん通ります。森田さんの犬のペルちゃんはいつもおばさん達のおしゃべりが終わるのを寝そべって静かに待っています。今日ものんびりと待っていたぺルちゃんが、急にむくっと起き上がって元気に吠えました。二匹はビックリして声の先を見ました。布に包まれて大切そうに抱かれている山中さんの犬に挨拶したのですが、目を開ける元気もない老犬は、挨拶を返してはくれませんでした。   

 


 毎日おばさんを見ていた二匹は、いつしか親しみを感じるようになりました。Booという名前に怒っていた彼も、おばさんが       

 「アンタの羽の音は力強くてステキだわ。飛行機みたいね。そうだ、今日から君はパイロットのBoon!かっこいいぞ」 と言ってくれたから気を良くしてもいるのだけれど、テレビで蜂の生活を詳しく知って、感動したおばさんが言った心の中の言葉に、二匹はもっともっとおばさんが好きになってしまったのです。

 「蜂って働きものね。風の日も暑い日も、一生懸命巣を作って、一生懸命卵を育てて、一生懸命蜜を運んで・・・。仲間や女王様、子孫の為に、お尻の針で命をかけて戦うこともあるのよね。その姿は正義の為に戦う、勇敢な騎士のようだわぁ!」   


 二匹はこの何度となく繰り返された、一生懸命という言葉にとても感激しました。命を賭けて戦う騎士と誉められた事も、心にズシンと響きました。そんなに誉められたのですから、仕事の辛さだって一ぺんに吹き飛んでしまいました。ただ残念なのは、おばさんがいつもの悪い癖で「エイト(はち)がナイト(騎士)にへんしーん!」なんて、何とも変なだじゃれを付け加えた事でしたが・・・ 


 「ねえ、BeeとBoon、お願いを聞いて貰えないかしら。あのお婆さんがどんな暮らしをしているのか、見て来て欲しいのよ。それから山中さんちの犬の様子もね。健ちゃんも学校でどうしているかも知りたいし・・・ほんとに気になる事がいっぱいなんだ」  

 おばさんは花がらを摘みながら思いました。それで二匹は仕事を後回しにして、近くの学校へ飛んで行きました。ちょうど体育の時間で、校庭ではみんな元気に走り回っていました。健ちゃんはみんなから少し離れた所で、退屈そうに見学していました。

二匹は近くの木でしばらく眺めていると、みんなと一緒に運動が出来ない、健ちゃんの寂しさがよく分かりました。

 「さとる君、今日は君も入って、かけっこのタイムキーパーになってもらおうかな」

 先生は健ちゃんにストップウォッチを手渡しました。嬉しそうな顔をして健ちゃんは仲間に入りました。片方の手でしっかりと杖を握り、もう片方の手で時計を掴みました。


 健ちゃんの嬉しそうな顔を見て、二匹も幸せな気持ちになりました。そして、ブーンと羽音を立ててみんなの輪に入りました。嬉しくて、たまらず健ちゃんやみんなの周りをクルクルと飛び回りました。ハチに気付いた先生が慌てて言いました。

 「騒がずに、どこかへ行くのを待つんですよ」       

 いつかおばさんが言った台詞と同じです。二匹が、迷惑をかけてはいけないと思って、帰ろうとすると

 「先生、ハチが帰って行くよ。バイバーイ」

 何人かの生徒が手を振ってくれました

 「みんなありがとう。これからも健ちゃんと仲良くしてね、よろしくーっ」

 二匹は挨拶代わりにブンブンと羽を震わせました。そして校門の近くでそっと健ちゃんの様子を見ているおばさんを見つけると、急いでそこまで飛んで行きました。嬉しい気持ちから、心がはずんでいるのが分かりました。そして元気一ぱいの声で言いました。

 「おばさん報告します。健ちゃんはみんなとなんとか上手くやってるようですよ。でもおばさん、名前は違っていましたよ。健ちゃんではなくってさとる君ですよ」    

 この二匹のように羽があったら、すぐにでも飛んで行って見て来たいと思うおばさんでした。健康を願って勝手につけた名前でしたが、さとる君が呼ばれるのを聞いて、おばさんは健ちゃんの本当の名前を知りました。


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