エピローグ 邪悪の復活

「僕の方がお前の一兆六千万億倍は辛いいいいいいいい!!!!! ああ!!!! どうして誰も僕の事を解ってくれないんだあああああああ!!!!!!?? 死ね!!!! 全員死んで死に晒せ!!!! 死んで僕に詫びろこのクソバカどもがあああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 空にも迫る大津波の暗黒な影の下。

 僕は現実の残酷無慈悲さに大粒の涙を零しながら、最期にこの世界を呪った。


 




「げほっ!? ごほっ! ぐほっ! ゲホゥッ!!?」


 僕が世界を呪った、次の瞬間だった。

 気付けば僕は、訳も解らずに胃の内容物(殆ど泥水だ)を吐き散らしていた。


 なんだ!?

 何が一体どうなって……!?


 新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、漸く辺りを見る。

 僕は寝転がっていた。

 ここはどこか、坂道の上だ。水が足元で止まっている。

 さっきまで居た港じゃない。

 どうやら次の瞬間だと思っただけで、結構な時間流されていたみたいだ。

 上手く内陸部に流されてこられたらしい。

 体中に鈍い感覚がする。

 鼻が利かない……これは、鼻が圧し折れているからか。

 顔はたぶん酷いことになっているのだろう。

 左腕の感覚も無い。

 たぶん、途中でどこかにぶつけたんだろうな。

 だけどそれ以外は平気だった。

 僕は……生き残れたのだ!!

 でも、一体どうして……?


「……!?」


 よく見ると、左腕の上に何か乗っている。

 重い石材でできた円柱状のそれは、神社の鳥居の一部だった。

 おそらくこの鳥居が重しになって僕は助かったんだ。

 神様が僕を救ってくれた!!


「ああ……神様……!!」


 僕は神に感謝した!

 それと共に込み上げてきたのは、罪悪感。

 僕の脳裏に今まで殺してきた人たちの顔が浮かぶ。

 今、初めて僕は他者から情けを掛けられた。

 いや正確には、初めて僕自身がそれを実感したんだ。

 だから。

 今まで僕が見過ごしてきた親、先生、会長、クラスのみんな、時坂、そしてアピスの掛けてくれた情けが解る。

 僕の本当の味方はみんなだったんだ。

 それなのに僕は、そのみんなに対してこれ以上ない程に酷い事をしてしまった……!

 ああ……!

 僕はなんてことをしてしまったんだ……!?

 神様から情けを掛けて貰って、今ようやく気付けたんだ!!

 僕は……間違っていた!!


「かっ……神様あああああ!! 今までごめんなさい!! 僕が悪かったんです!! 今後は全て改めます! だから、だからみんなを……僕が酷い事してしまってみんなを、なんとか救ってくださいいいいいいい……!!」


 僕は自分自身矛盾に感じるこの祈りを叫ばずにはいられなかった。


「ぶええええええええええんんんんんっ!!!」


 顔中泥と涙と鼻水だらけになる。


「神様お願いします!! みんなに救いを! さもなくば僕に裁きをおおおお!!! でないとみんなが報われませんんんんんんうううう……!!!」


 僕がそんな風に嘆き悲しみながら、残った右腕で自分の頬や胸を引っぱたいていると、


「……大丈夫か?」


 突然横から声を掛けられた。

 ゼイゼイと呼吸しながら、声のした方をやっと見る。

 僕の混濁した目に映ったのは、凛冽なる琥珀アンバー色の瞳。黒翡翠ダークジェイド色の長髪を風に靡かせ、紺のジャケットと黒のネクタイ、タイトなスカートをジャストサイズで身に付けた美しい少女が僕の背後で片膝を立てて座っていた。


 え……!?

 な、なんだこの人!!

 冴月会長にそっくり!?

 ま、まさかホントに神様が生き返らせて……!?


「か、会長おおおおお!!!」


 その人に気付くと、僕は自分の体の痛みも忘れて、彼女に抱き着こうとした。

 とにかく謝りたかった。

 それで泣き叫ぶ。


「会長おおおおおお! 僕が悪かったんですううううう!! 全部僕が……だからああああああっ!!!」

「お、落ち着け」


 冴月会長と思わしきその人は、僕の体を押しやって言った。

 そして、「私は会長ではない。キミは誰かと勘違いしている」

 言った。


「え……」


 僕は戸惑う。


 でも、まるで生き写しだけど……っ!?


 なんて思っていると、全身の筋肉がまとめてブチギレたような激痛が顔面中に走った。

 恐らくさっきまでの興奮状態が抜けたからだろう。

 そのせいで、焼けただれた顔の痛みが戻ってきたっていうかこっ、こんなの耐えられないいいいい!!!?


「ヒギャアアアアアアアア!? 痛い……! 痛いよおおおおおおお!?!?」


 余りの激痛に僕がジタバタ暴れ出すと、


「キミは酷い火傷をしているんだ。大人しくした方がいい」


 会長似の女はハッキリ僕の目を見てそう言った。

 そして、


「大丈夫。命に別状はない」


 言いながら、そのしなやかな太ももの上に僕の頭をのせてくれた。

 視界一杯に映る美しい顔。

 そして後ろ頭に触れるふとももの感触。

 その感触を味わった時、僕の股間が一瞬熱く滾った。

 会長に僕がした事を思い出してしまって。


 ああ……!

 この人、なんていい女なんだ……!


 僕は思う。


「あ、あの……あなたが助けてくださったんですか……っ!?」

「無理に話さなくていい。生存者を探していたら、キミがここに埋まっていたんだ。私はキミを見つけただけ。それより生き残った人たちが集まっている場所がある。落ち着いたら移動しよう」


 そう言って、冴月会長に似たその人は僕を生存者の元へと連れて行ってくれると言った。


 どうやら生存者が他にもいるらしい。

 

「お願いします……!」


 僕はそう言うと、彼女に肩を貸してもらい、漸くの事に立ち上がった。




 数十分後。

 僕はこの島の生き残りの人たちと一緒にいた。

 場所はこの島に唯一あるという学校。

 その校庭だ。

 サッカーコート2・5個分くらいの場所に40人ほどが集まっている。

 彼らの殆どは、この学校の教員らしい。その他、近くにあるという役場の人たちも多く居た。またこの学校は小中を兼ねており、中学生は4人、小学生が7人の計11名。残りは公園で干物になっていそうなお爺さんお婆さんばかり。

 そんな老人や子供達の前に一人の女性が立っている。

 黒髪の幸薄そうな女だった。長くてクセの強い黒髪と、不安げにこちらを見ている仕草などが、アピスを想起させた。アピスがもし生きてて5年くらい経ったらこんな姿になりそうって感じ。

 彼女も僕を助けてくれた冴月と同じ紺のジャケットを着ている。


「き、桐谷きりやセンセ!」


 そのアピス似の女が、桐谷さん……僕の隣の冴月似の人……の元に走り寄りながら叫んだ。

 地味な背格好の割に、発達した乳房がバインバインと揺れる。


 っていうか、この人たち先生なのか。

 めちゃくちゃ若い。

 15って言っても通用する見た目だ。

 スーツより学生服着た方が似合うんじゃないか。


 僕は隣に居る桐谷さんを目の端っこで見ながら思った。


 ……そういえば僕、こんな感じの女の子をレイプしたんだよな……。


 自分が過去にした事を思い出し、また股間がムクムクし始める。


 …………。


花田はなだ。状況はどうか」


 僕が不謹慎な事を考えて黙り込んでいると、桐谷さんが走り寄ってきたアピス、もとい花田さんに尋ねた。


「さ、最悪です……! 竹中先生や原田校長まで、みんな地震で押しつぶされちゃいました……!」


 言って、花田さんが少し丘の方にある茶褐色のマンションらしき建物を見やる。

 そのマンションは一階部分が完全に潰れていた。見まわせば、他の建物も軒並み崩れている。近場の建物で原型を留めているのは校舎くらいのものだった。

 どうやら僕が海上で感じたあの地震は、とてつもないものだったらしい。地震と津波のダブルパンチで島は大損害を受けたようだ。


「そうか……食料は見つかったか?」

「それも見つかりません……! 役場の人の話によると、役場の裏の倉庫に備蓄があったらしいんですけど、大半が流されてしまいまして……残っているものも全部濡れてしまっています。缶詰とかペットボトル飲料が少し使えるだけです。災害は予測してたみたいなんですけど、まさかこんな高台にまで水が押し寄せて来るなんて……!」

「それは芳しくないな」


 桐谷さんが平坦な口調で言う。

 極端に感情を殺し切った口調は、恐らく同僚である花田さんを落ち着かせるためのようだ。


「桐谷さん……! これから私たち、どうなるんですかね……? 子供たちは……!」


 花田さんが目に涙を浮かべて尋ねる。

 背後の校庭には、老人や子供の姿がある。みな着の身着のままで、ジャージや寝間着姿。スーツ姿なのは花田さんや桐谷さんぐらいのものだ。無論、何も持っていない。身一つで逃げ出してきたのだ。

 こんな状況で、何がどうなるのだろう。

 口には出さずとも、皆がそう思っているのが表情で解る。


「助けを待つより他はないだろうな。とにかく今ある資材を集めるとしよう」

「ですが、食料が足りません……! ここには子供もいるんです。とてもじゃないですけど足りないですよ。島に船が到着しなかったら、食べていくものがありません……!」


 花田さんが呟いた。

 彼女の目は暗澹としている。

 どんより曇っているのは、花田さんの目だけではない。

 その場に集まった人々の表情もそうなら、その上にも分厚い黒雲が広がっていた。今は昼の12時だというのに、辺りは夜かと思うほど暗い。

 この場の重苦しい雰囲気に、誰もが項垂れてしまっていた。

 桐谷さんでさえも、何も言えずにいる。

 そんな中で一人、僕だけは目を爛々と輝かせていた。


 


「あの」


 僕は一歩歩み出る。

 すると、その場の誰もが息を呑んだのが解った。

 怯えているのだ。人生経験豊富な老人たちはもちろんのこと、経験の浅い小学生でさえも。

 当然だ。

 何故なら僕の顔は赤く焼けただれているはずで、恐らく化け物としか言いようがない見た目をしている。そんな僕の酷い見てくれに動揺しているのだ。

 申し訳ない。


「紹介しよう。彼は花蜜。偶然この島にやってきたところ、津波に巻き込まれたらしい」


 桐谷が僕を紹介してくれる。

 相変わらずの平坦な口調は、やはり気を使ってくれているのだろう。

 そんな気遣いがとても心地よく感じる。

 主に股間に。


「……酷い顔を見せてしまって、すみません……!」


 僕はペコリ、頭を下げてみんなに謝った。

 それから自分の話をし始める。

 精一杯の謝罪を込めて。


「僕、この島の人じゃないんです。震災の直前に乗ってきた船が火災にあって、こんな目に遭ってしまって……!」


 僕は語り出した。

 あの島で起きたことを。

 自分が修学旅行生で、船のトラブルに遭い、クラスメートたちと一緒にここから少し離れた島に漂着した事。

 そこで僕はみんなと対立してしまって、その結果大勢の人が死んで、自分一人逃げ出してきた事。


「「……!」」


 僕のしてきたことを話すと、みんなは険しい顔をして黙ってしまった。

 何を言えばいいのか解らないといった様子だった。

 一番肝の座っていそうな桐谷でさえ、動揺を隠せていない。


「全て、僕が悪かったんです。だって僕はいつも自分の事ばかりで」


 だから僕は続けた。

 目に涙を浮かべて、これまでしてきた事を反省するのだ。

 この新しい仲間たちの前で。


「僕のせいなんです……会長を殺してしまったことも、時坂くんも、アピスも、化け物でさえ僕は殺した。だから……ホントに……みんな……ぼくのせいで……!……うううううううううううううっ!!!」


 そして感極まり、僕はとうとう泣き出してしまった。

 その場に両膝を突く。

 そして暗く曇った天を仰いだ。

 ああ、なんて僕は罪深い人間なんだって、誰が見てもそう思っているように見える。


「……大変だったな、花蜜」


 僕がそんな風に泣きじゃくっていると、すぐ傍に居た桐谷が優しい言葉を掛けてくれた。


「ホント大変でしたね……でも、大丈夫です。この島で一緒に生き残るため頑張りましょう」


 それに花田さんや老人たちや小中学生までもが加わる。


「花蜜。辛いだろう。自分の悪い所を認めるだけじゃなく、こんな風にみんなの前できちんと話すなんて、心の底から反省していないとできないことだ」

「そうですよね……私だったらきっと絶望していました。そして、こんな状況下で生き残るためには悪人になるしかないとか言って、自分の悪事に目を瞑ってしまったに違いないんです。きっと最期まで悪人として突っ走ってしまったでしょう。ここに居る今この瞬間も、きっと内心ほくそ笑んでいる。

 でも、花蜜さんは違う。ちゃんと皆の前で真実を語って謝って……ちゃんと心から反省できる人なんですね……!?」


 桐谷さんと花田さんが言った。

 僕の言動に突き動かされたのか、二人とも目が熱く潤んでいる。

 人を信じやすいのかもしれない。


「ホント、素晴らしいと思います。私、花蜜さんがきちんと罪を償えるよう応援したい……!」

「そうだな。私も応援したい。してしまった事は変えられないが、償いは今からでもできる」


 二人の言葉に、僕も感激する。

 本当に、この人たちなんていい人なんだろう。

 素晴らしい。


「ぐず……あ、ありがとうございまふ……僕、これからはちゃんと……っ! みなさんのお役に立てるような、立派な人になりたいっ……! みんなのために生きたいんです! だから……!」


 そう言って、僕は赤黒く焼けただれた自分の掌を見せた。

 そこにはスプーン一杯程度の甘い蜜が乗っていた。

 それを見せる一方、僕は生暖かい視線で桐谷や花田、そして女子中学生らの太ももを見つめる。


「これは?」

「舐めてみて、下さい。これが、食料がないのに僕らが生き残れた秘訣なんです」


 桐谷さんは細長い人差し指の先で僕の蜜を掬うと、言われた通り舐めてくれた。

 すると、


「なんだこれは。おいしい」


 みるみるうちに顔色が変わる。

 それは単に味に驚愕したというのみならず、明らかに発色がよくなっていた。彼女は以前にも増して健康になったのだ。


「え……?」


 そんな桐谷さんを見て、花田さんが戸惑う。


「僕、さっきも説明しましたけれど、島にあった奇妙な桃を食べたんです。その力なんです」


 僕は蜜の効能についても説明した。

 これさえ毎日摂取していれば、栄養が取れ、健康も回復し、病気を改善して空腹もある程度癒え、更にストレス低減効果もあるということ。


「そうか。花蜜の力があれば、我々も生き残れるかもしれないな」


 桐谷さんが呟く。

 その言葉に、周りのみんなも同意した。

 いつの間にか、みんなの僕を見る目が変わっている。

 可哀そうな犯罪者から、頼れる人間を見る目に。


「我々に力を貸してくれないか、花蜜」


 桐谷さんが僕に手を差し伸べ言った。

 その視線に、悪人を見るような疑いや嫌悪の感情は全くない。

 どうやら新しい仲間として僕の事を認知してくれているようだった。

 ありがたい。


「花蜜さん! よろしくお願いします!」

「花蜜さん。わしらにもお与えくださるか?」

「お兄ちゃん、僕も欲しい!」「お兄ちゃんお願い!!」


 そしてそれは桐谷だけではない。

 花田も老人も子供まで、みんな笑顔で僕の傍にワラワラと集まってきた。

 まるで花の蜜に集る蜂のように。


「はい……! もちろんです! 僕……みんなのお役に立ててうれしい……!」


 僕は身を竦ませ、恐る恐るといった格好で桐谷の手を取った。

 自信無さげに、申し訳なく。

 あくまで罪深い己を恥じているかのように。

 或いはまるで、アピスが僕に励まされた時のように。

 そして内心では、こう思っていた。


 くくく……!

 くくくくくけけけけけけ!!!

 素晴らしい!

 僕はなんてツイているんだ!!

 ただ生き残っただけじゃなく、ここにも食料に困っている奴らがいる!!

 しかも全員ゲロゲロ甘の甘ちゃん連中!!

 どいつもこいつも脳みそお花畑!

 僕がこれだけの悪人だって語っても、全然疑いもしないんだ!!

 ははは!!!

 こんなバカどもなら僕の奴隷にすることも容易いだろう!!

 島で鍛えたサバイバル力、そしてこの蜜の力があれば、全員僕のものにできる!

 そうなれば食糧減らす老人どもはブチ殺し、女どもは僕の配下にして子供は全員僕を崇めるよう教育する!!

 そしてこの島にもう一度僕の帝国を建てるのだ!!!

 未来永劫僕は崇め奉られ続ける!!!

 ウギャハハハハハハハハハハハハハ!!!!!


 そう思い僕は、焼けて二度と表情を変えられなくなった顔の裏でニタリ、笑った。







――――――――



 あとがき



 いつも読んでくださる皆さまありがとうございます!

 お陰様で無事完結できました!

 最初から完結済みとはいえ、投稿を続けるのは根気が要りました!

 特にみなさまから頂くハートや☆、PV数は大変な励みになります!

 なんて、拓也を書いた僕が言うとちょっと裏がありそうですね。

 実際裏はあります。

 ☆やハート欲しい(笑)

 あと感想やご意見なども気軽にいただけますと幸いです。

 僕の中の拓也がにんまりします。

 重ねまして、ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました!!

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蜂の王 トホコウ@マンガ原作 @aya47

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