第125話 完璧な逃走ルート
“アダムFESM”ヨハンは拘束衣を脱ぎ捨て自由の身となった。
あれから逃亡を手助けした軍人と共に厳重警戒体制を潜り抜け、ホテルの通路を走っている。
このまま警備の薄いルートを辿り裏口から脱出する試みであった。
ヨハンの《マインドコントロール》で協力者となった、軍人は「コルト」という宇宙海兵隊に所属するエリートである。
コルトは“ツルギ・ムラマサ”暴走事件でヨハンが捕縛された際に、軍事病院まで護衛していた一人だった。
このコルトには、ずっと誰にも言えず隠していた秘密がある。
それは彼が同性愛者、LGBTであること。
しかしそれでも置かれた状況や環境など何かしらの事情で、隠しながら社会に溶け込んでいる者も少なくない。
コルトもその一人であり、ヨハンはそのような人間の心に入り込み、魅了させて操る能力があった。
ドドド――!!!
コルトは武装した
もうじき、裏口の出口まで差し掛かろうとしていた。
「コルト君、ありがとう。私の護衛はここまででいいよ」
寡黙な軍人コルトは無言で頷く。
ヨハンはコルトを背に、一人で出口へと駆け出した。
「クソッ、逃げられるぞ! 追え!」
武装した警備員達は手にした
銃弾の雨が容赦なく全身に浴びせられる。
コルトはたとえ鮮血塗れでも口角を吊り上げ、不敵に笑みを浮かべていた。
「フッ、ハハハハハハハ――!」
満足気に高笑いする、コルト。
その様は妄信的な狂者の振舞いに思える。
彼は腰元から手榴弾を取り出し、迷うことなく安全ピンを引き抜いた。
――ドォォォォォン!
逃げるヨハンは背中から爆風に押される形で、裏口から滑り出る。
ほぼ同時のタイミングで一台の自動車が猛スピードで迫り、ヨハンのすぐ目の前で停止した。
後部座席のドアが開けられ、運転席に乗る若い男が振り返り童顔を見せる。
軍事病院で看護師をしている「イアン」という青年だ。
「――ヨハンさん! 早く乗ってください!」
「やぁ、イアン君、時間通り完璧だ。これぞ《キシン・システム》の導き通り、まったくもって末恐ろしい……やはり人類は我らと並ぶほど進化している」
ヨハンは微笑み、後部座席へと乗り込んだ。
自動車はギュルルルッとタイヤを鳴らし、急発進する。
――完璧に逃げ切ることに成功した。
ヨハンが言った通り、これまでの行動は全て《キシン・システム》が齎した
身体を乗っ取り“アダムFESM”として“ツルギ・ムラマサ”奪ってから、ヨハンの謀略は始まっていた。
最初に《キシン・システム》を発動させたヨハンは、実は“サンダルフォンMk-Ⅱ”を斃すことではなく、人類のトップである『賢者達』に接触することを目標として任務登録していたのだ。
そして導き出された最適解に則り、ヨハンは敢えて人間に捕縛され軍事病院へ搬送された。
だがこの時、ヨハンは既に固有スキルである《
肉体から離れ、半幽霊状態でコロニー船“セフィロト”内を観察し、人類の発展した文明を理解したようだ。
同時に新たな策略として、ヨハンと
波長が合う人間とは、予めヨハンと何かしらの形で関りを持ち、彼の容姿に惹かれやすい同性に限られている。
その条件を満たしていた者が、軍人のコストと看護師のイアンだった。
ヨハンは『
こうして誰にも気づかれることなく、下準備を進め今に至っていた。
ちなみに二日前、グノーシス社の
カムイが「薬品の臭いが混じっている」と感じ取ったのも、彼から発せられたものだろう。
もう一人は、グノーシス社で働く整備スタッフの『ニクソン』という男である。
ニクソンも“ツルギ・ムラマサ”から、ヨハンを降ろした整備スタッフの一人であり『波長』が合う条件を満たしていた。
後にコックピットから予備のナノマシンを奪い隠蔽したのも彼の仕業である。
そしてイアンはニクソンのサポートで
―― ヨハンを確実に逃がす最適解の戦術マニュアル。
後はイアンからヨハンへ報告され、今回の実行に至ったのだろう。
本来のキシン・システムは、対
目的は
だが、どうだろう。
こうした先々の未来を予見した一連の行動は、それこそ神の導きを受けるかのように意図も容易く掻い潜り、完璧に逃げ切っている。
――まさに、チート。そう言わざるを得ない。
だが大きな欠点も抱えていた。
「――ヨハンさん。僕はこのままグノーシス社の
「ありがとう、イアン。キミと出会えて私は幸せ者だ。心から愛しているよ」
「はい……僕も愛しています、ヨハンさん」
イアンは頬を染めて微笑む。
完全なる任務遂行のため《キシン・システム》が演算する最適解は、時に強引で犠牲ありきで導き出してくる。
中には他者や仲間の犠牲だけでなく、玉砕や自爆戦法も厭わない機械的で非常に徹した戦術マニュアルも含まれていた。
無論、提示された指示は拒否して制御することができる。
リミッターはパイロット自身に委ねられるが、精神力の弱い者はそのままシステムに取り込まれ多くの場合は暴走する。
ましてや、イアンはヨハンから《マインドコントロール》を施されている状態だ。
正しい判断など尚更できる筈もなく、あの軍人コルトと同様、死すら恐れない戦士と成り果てていた。
自動車は激しく銃撃を受け、イアンは肩を撃たれ負傷するも、後部座席にいるヨハンは無傷だった。
イアンは作戦通りヨハンを自動車から降ろすと、仮設されたグノーシス社の
ドォォォォォン――……!
予想を上回る爆発と轟音。
自動車には
したがって被害範囲は尋常ではなく、爆炎に巻き込まれた犠牲者が多数に渡る。
あらゆる所から悲鳴が上がり、周章狼狽の地獄絵図と化した。
「ヨハンさん、こちらです!」
待機していた場所に、整備員のニクソンが現れる。
ニクソンは別の作業着を所持しており、ヨハンに渡して着替えさせた。
これも全て《キシン・システム》が導きだした逃走プロセスの一端である。
ヨハンは帽子を深々と被り整備員を装い、ニクソンと消火活動に当たる振りをして、単独で
奥のコンテナに収納された“ツルギ・ムラマサ”2号機のコックピットに乗り込み、用意されたアストロスーツを着用し、ナノマシンを体内に注入した。
“ツルギ・ムラマサ”は起動され、デュアルアイが輝き出す。
ニクソンの計らいで既に装備している
空気漏れを起こす中、“ツルギ・ムラマサ”は威風堂々と
“セフィロト”の脱出にも成功した。
ヨハンは操縦桿を握り締め、唇を限界まで吊り上げて微笑む。
「フフフ……こうも簡単に出し抜けるとはな。この“ツルギ・ムラマサ”を持って『無窮なる玉座』へ帰還すれば良い手土産となるだろう……」
本来、
しかし“アダムFESM”であるヨハンには意志と感情が備わっている。
皮肉にも彼らが卑下する人間と融合を果たすことで――。
「人間は個では脆くか弱き存在だが、集団であるが故に強い……まさに宇宙に蔓延るレギオン。浅ましき存在が、
束の間。
ビーッと警告音が鳴りコックピット内に響いた。
『――そこまでだ、ヨハン!』
同時に若い男の声が無線越しに聞こえてくる。
聞き覚えのある声だった。
ヨハンは、コンソールパネルのメインモニターからウインドウを開き信号のあった位置を拡大させる。
前方に、一機の
六枚の翼を掲げる漆黒の天使。
「ル、ルシファー!? いや、“サンダルフォン”か!」
最強の人型機動兵器を駆る謎のエースパイロット(実は俺)に誰もが憧れている件~艦隊の美少女たちには隠しきれてないようです~ 沙坐麻騎 @sazamaki
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