第124話 アダムFESMの目的




 賢者達による尋問は続いている。


『――その通りだ、ヨハン君。ヴィクトル氏から“アザゼルディア”はホワイトホールの遥か彼方「神の領域」に存在すると聞く。だが今の人類が持つ技術力を持ってしても決して到達できない宙域だとか?』


『我らには情報とデータが必要だ。より多くのデータを獲得すれば、いずれ《知恵の実》が我らに加護を与えてくれるだろう』


「……知恵の実? やはりヴィクトルは生きているのか?」


『キミが知る必要はない。さぁ、どうするのかね? ヨハン・ファウスト』


 ヨハンはアバターの賢者達に問われる。

 その赤い瞳で何かを探るように周囲を見回していた。

 無表情であり何を思っているのか非常に読みづらい。


 が、


 フッと色素の薄い唇が吊り上がった。



「――お断りする」



『なっ!?』


 ヨハンの拒否に周囲はざわつき騒然となった。


 弱々かった雰囲気から一転し、内側から力が漲るような自信に満ち溢れている。

 目尻が吊り上がり、不敵な笑みを浮かべ始めた。


「断ると言ったのだよ、人間共よ。私は初めから貴様らに下るつもりなどなかったのだ」


『ではキミ、いや貴様はFESMフェスム側、つまり我らの敵なのだな?』


 モノリスの議長が問いに、ヨハンは躊躇することなく頷いた。


「その通り――私の目的は貴様らがどこまで偉大なる主“アザゼルディア”の意志に抗い、戦える力を得ているのかを知ること。これまで我らFESMフェスムも貴様らの事情は知る手段は皆無だったからな……私はその為に人間と融合した存在なのだよ。『間者』と呼ぶべきかな?」


 要するに、ヨハンは自分をFESMフェスム側の工作員スパイだと言っている。


『最初から我らから情報を引き出すために従った振りをしていたとでも?』


「左様。貴様らは、裏切り者のヴィクトルを通して“アダムFESM”を理解したように思っているようだが、重大なことが一つ抜けている」


『重大なことだと!?』


「私のような人間と融合した“アダムFESM”は肉体こそ人間と同一だが、相違して一定期間のみ体内の『星幽魂アストラル』を肉体から分離することが可能なのだ」


星幽魂アストラルを分離するだと!? 肉体に宿る魂を自在に切り離せるというのか!?』


「その通り――《星幽魂の乖離アストラル・ディソシエーション》というスキルだ。貴様らの間では『幽体離脱』あるいは『体外離脱』と呼ぶところかな」


 どうやら“アダムFESM”の特殊能力スキルとして、無意識の現象や体感でなく意図的に魂を肉体から切り離せるというのか。



「そう……だからね。捕獲されてからの長い間、ずっと意識を失っていたのは……『魂』の状態で私達の文明と事情を探るためだったんだわ。どうりでシズが何をしても目覚めなかったわけよ。そういえば、お父様も情報戦に強かったわ。それこそ異様なまでに……ヘルメス社を一代で築き上げたのも、その力があったからなのね」


 俺の隣で、イリーナが憶測を並べている。

 その口振りから、イリーナでさえヴィクトルさんもそういった能力を持っていたことは知らなかったようだ。


 ヴィクトルさんも人間側の味方でこそあったが、自分にとって「切り札」とする部分は実の娘にさえ明かさないほど慎重だったのだろう。

 あるいは、いたずらに教えられない危険リスクのある能力なのか?


 しかしヨハンの言う通りなら、《知恵の実》の産物である“パンドラ・システム”で、イリーナの肉体を媒介してヴィクトルさんの記憶が共有できる理由も頷ける。



 証言台にいるヨハンはイリーナの独り言が聞こえたのか、傍聴席側にいるこちらに視線を向けて頷いていた。


「その通りだ、イリーナ社長。貴様らの文明は実際に目の当たりにして粗方理解した。AGアークギアといい……確実に我らの領域に踏み込んでいる。ヴィクトルの導きもあるが、それ以前に貴様ら人類が得意とする恐れを知らぬ大胆不敵の果てなき探求心の賜物だろうな。まったく忌々しい罪深き俗物共だよ」


 以前、“パンドラ・システム”に憑依したヴィクトルさんは、それを人類の進化だと言った。

 同じ“アダムFESM”なのに、ここまで価値観が違うのか?


「――だからこそだ。我らの領域に到達する前に、貴様らは滅ぶべき存在だと判断した。幸い貴様らトップ達の口から、未だ『無窮なる玉座』に行き渡る手立てはないと知ったからな!」


 ヨハンは強気に言い切る。

 未だ厳重に拘束された状況には変わりないのにやたらと強気だ。


 その態度に、賢者達は動揺を見せていたが次第に落ち着きを取り戻している。

 伊達に太陽系を支配している面々ばかりではない。

 柔軟に事態を受け入れ、迅速に対処する視野と思考を持ち合わせていた。


『よく喋るFESMフェスムだ。知ったからなんだと言うんだ? 啖呵を切るのは結構だがその有様で何ができる?』


『やはり、こいつハズレだったか……イリーナ嬢、こやつの始末を任せる。とっとと銃殺にでもしてやれ』


「わかりました」


 イリーナは躊躇することなく頷く。

 現実世界でヨハンを直接監視している、三名の軍人達に銃撃の許可を下そうパネルを開いた。


 隣にいる俺は内心では「マジかよ……」と思いつつ、敵と判明した以上は仕方ないと割り切る。

 実際の現場だけは見ないようにしようと心掛けた。


 すると、


「――“ツルギ・ムラマサ”の《キシン・システム》」


 いきなりヨハンが切り出してきた。


「それがどうしたのよ? 今更時間稼ぎ?」


「イリーナ社長も知っているだろ? 《キシン・システム》はパイロットが登録したあらゆるミッションを瞬時に演算し最適解の戦術マニュアルとして授受する、超高度な未来予測機能があることを」


『まさか……二日前にグノーシス社に潜入したのは?』


「無論、私ではない。肉体から離脱した『星幽魂アストラル』だけでは物理的な接触は不可能だ。しかし私と波長が合う複数の人間に刷り込みを行い、時間を掛けて指示を与え従わせることはできる――言うなれば精神操作、《マインドコントロール》」


『マインドコントロール!?』


「そう、それが私固有の恩寵ギフトだ――」


 フッと仮想空間から、ヨハンの姿が消えた。


 再び法廷内は騒然となる。


『逃げた!? バカな! どうやって!? カムイ、VRを外して捜索するのよ!』


「わかった!」


『――遅れてすみませんねぇ。ってあれ? 随分と騒がしいようですが?』


 今更ながら、レディオのアバターが訪室して来る。

 俺達は彼を無視してVRゴーグルを外し、すぐさま仮想空間から抜け出した。



 現実世界に戻った、俺とイリーナ。

 隣室のマジックミラー越しでは、二人の軍人がうつ伏せで倒れている様子が見られる。

 ヨハンともう一人の軍人の姿はなく、扉が開かれていた。


 俺とイリーナは部屋から出て、倒れている二人の軍人を観察する。

 二人とも左胸部から大量の出血が流れ床に広がっていた。


「……二人共、死んでいる。銃で撃たれたようだ。物音がしなかったから、サイレンサーを使ったようだが、一体誰が?」


「――もう一人の軍人よ! 彼が二人の軍人を射殺してヨハンを逃がしたんだわ!」


 イリーナは言いながらタブレット端末に浮かぶ監視カメラの映像を見せてきた。

 ヨハンの意志に同調するかのように、軍人は拳銃を抜き瞬殺で仲間の軍人二人を撃ち抜いている。

 そのままヨハンの拘束を解き、扉を開けて共に逃げ出していた。


「この軍人……いつの間にかヨハンに支配されていたってのか?」


 実際、俺も傍にいたのに仮想空間内で奴の戯言に集中していたからか、まるで事態に気付かなかった。


 クソォッ……ちょっとでも、ヨハンが可哀想だと情を寄せたが間違っていた!


 だがこれではっきりした、“アダムFESM”ヨハンは人類の敵だということ。


 ならば俺も容赦しない!

 全身全霊を懸けて徹底的に追い詰めてやる!


「協力者がいたとしても、まだそう遠くへは逃げてない筈だ! 俺は奴を、ヨハンを追う! イリーナはサポートしてくれ!」


「わかったわ! カムイ、気を付けるのよ! あいつは……一筋縄じゃいかない、他にも何かを隠し秘めている……そう思えるわ!」


 イリーナの直感か。

 彼女が確証もなく助言してくるのは珍しいことだ。


「了解した!」


 俺は親指を立て頷き、部屋から出て疾走する。

 ホタルのナビゲートに沿って、ヨハンの痕跡を追った。


 ――イリーナは、いつも俺のことを信じてくれる。

 俺も彼女を信じ期待に応えるつもりだ。


 白き姫君を守る『黒騎士』として――。



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