第123話 神の領域アゼルディア




 ようやく『賢者会議』が開催されることになった。

 なんでも太陽系を極秘裏に支配する選ばれし有力者達の集まりであるとか。


 それら有力者達を『賢者』と呼び、『賢者会』という決して明るみになることはない、事実上地球を含む太陽系を管理し支配する者達で創設された秘密結社であった。


 まさか、ただのパイロットである俺が、そんな超VIPが集まる会議に参加することになるとは――。



 ヘルメス社支部のとある一室にて。


 ――“アダムFESM”ことヨハンが連行されて来た。


 厳重体制の警護される中、ヨハンは上半身が拘束衣で縛られ顔には何も見えず話せないよう特殊マスクが施されている。


 昨日、グノーシス社で起こった異変については、ヘルメス社と国連宇宙軍にも周知されていた。

 それは保管されていた“ツルギ・ムラマサ”の特殊機能キシン・システムを起動させた件である。


 無論、常に拘束され徹底に監視されている中で、ヨハンが何かできる筈もないのだが……こいつがFESMフェスムである以上、常人にはない異質な能力が備わっていることも否定できない。

 その為の非人道的な徹底ぶりであった。


 拘束されたヨハンは首輪のリードに引っ張られながら自分の足で移動している。

 まさしく罪人、いや奴隷以下の扱いに思えた。


 ヨハンは武装した三人の軍人と共に個室に入り、用意された椅子へと座らされる。


 何もない真っ白は部屋。

 壁側は特殊防弾性のマジックミラーとなっており、隣の部屋に俺とイリーナが待機していた。室内からは見えない仕組みである。


『マスクだけ外していいわ』


 隣の部屋でイリーナがマイク越しで指示する。

 ライフルを携えた軍人の一人が指示に従い、マスクを外しヨハンの素顔を露わにさせた。


「――ふぅ、ありがとう。少し息苦しかったよ」


『“アダムFESM”、いえチャーハン。これから『賢者会議』を始めるけど、その前に聞きたいことがあるわ!』


「ヨハンだ。その声はイリーナ社長だね? 私に何が聞きたい?」


『一昨日、グノーシス社の船渠ドックに潜入し、“ツルギ・ムラマサ”に乗り込まなかったかよ!?』


「またその話か? 何度も説明しているが、私はずっと拘束されていたんだ……どうやって拘束を解いて病院から抜け出せる?」


FESMフェスムなんだから、それくらい可能かもしれないでしょ? あるいは人間を洗脳して一時的に操ったとか?』


「確かに私はFESMフェスムであるが、生物学上では人間と同一だ。そんなエスパーのような能力はない。そもそもこんな厳重体制の下で誰と接触できるというのかね? 以前も言った通り、自分が犯した罪と向き合うため、こうした非人道的行為も異を唱えることなく受け入れているつもりなのだが……」


 悲しそうな表情を浮かべる、ヨハン。

 奴なりに誠意を見せている姿勢を見せている。


 つい情が湧いてしまうというか、人として罪悪感が芽生えてしまう。

 イケメンなだけに普通の女子ならイチコロかもしれない。

 けどイリーナには通じないけどな。


「……ほんと口の上手い男。カムイ、どう思う?」


 ほらな。彼女は自分と仲間以外は一切信じない。

 ましてやFESMフェスムなら尚更だ。


「そうだな……この状況で嘘を見抜くのは難しい。だが多弁な奴に限って、真意を偽って隠している場合もある……可哀想だけど、このまま距離を置いた方がいいと思う」


 俺も心を鬼にして慎重論を唱える。

 結果が出るまでは、このままの体勢を維持するべきだと思った。


「私も同感ね。確証はないけど……あいつ、どこか胡散臭いわ」


 イリーナは睨みつけるように、ミラー越しのヨハンを見据える。

 容赦ないというべきか……けど仕方ない。


 相手が未知の存在だけに、ここは非情となり徹底するべきだろう。

 逆にヨハンが誠意を見せ続ければ、信用に至るFESMフェスムってことになる。


 ――FESMフェスムを信用するだと? 

 自分で思っていて滑稽だ。



 それから、ヨハンに顔全体を覆うフルフェイス型のVRゴーグルが被せられる。

 俺もイリーナから、通常のVRゴーグルを渡され装着した。


 間もなくして電脳空間が開かれる。

 幾何学模様と数字が羅列した世界が広がり、一つの形に作られていく。


 気が付くと明らかにデジタルとして造られた法廷内にいる。

 同時に自分の姿が変わっていることに気づいた。


「……黒ウサギ? なんだよ、俺の恰好……」


「この世界の分身体アバターよ。本当はそのままでいいって思ったけどね。カムイが“Mk-Ⅱ”のパイロットだってことは、あのヨハンには知られないようにした方がいいわ」


 俺と向き合う、可愛らしい白ウサギ姿のイリーナが説明してくる。

 なるほどね……地味にペアルックみたいだ。


 俺達の他にも様々な姿をしたアバターが傍聴席らしい場所で浮遊している。


 ぽつんと中央に設置された証言台には、拘束衣を着用したヨハンがそのままの真っ白な姿で座らされていた。


 ヨハンは物珍しそうにキョロキョロと周囲を見渡している。


 そして正面側の法壇と思われる位置から、長方形のモノリスが出現する。

 イリーナの話では、『賢者会』を取りまとめる議長らしい。

 ああして出現したのは大方、裁判長ってポジだろうか。


『皆さん、お集まりですか? これから「賢者会議」を開催いたします。ちなみにレディオ君は少し遅れるとのことです』


 モノリスから声が発せられる。

 声質が加工されており、男女は不明だ。


『前置きはいい、議長。今回は会議というより尋問だ。その“アダムFESM”についてな』


『まずは名乗ってもらおうか、“アダムFESM”君?』


「……はい。ヨハン・ファウスト。それがこの体の名であり、私の名前です」


 周囲のアバター達に促され、ヨハンは重々しく口を開いた。


『イリーナ嬢からの報告では、人類に敵意は抱いてないということだな? 寄生した当初、“ツルギ・ムラマサ”で襲ってきた件もパニックに陥っていたと聞くが?』


「はい、その通りです。ちなみに私としては寄生ではなく『融合』したと理解しています。一度人間と融合を果たしてしまえば二度と離れることはできませんし、ウィルスのように伝染する存在でもありません。これから死ぬまで人間として余生を送ることになります」


『こちらも“アダムFESM”に多少なりと知っているつもりだ。ヨハン君、率直に聞くがキミはどちら側かね? 何が目的だ?』


「この三日間、知恵を得たことで自分という存在を見つめ直してきました。やはり私は人間です。叶うのであれば人間として生きたい……だからこそ、このような人道に反した仕打ちを受けても、私は不満一つ漏らさず受け入れているのです。貴方がたに信頼して頂くために……」


『“アダムFESM”を受け入れること自体は前例がなかったわけじゃない。いや柔軟に受け入れたからこそ、今のこうして我ら人類が生き長らえているのだ。だがあくまで100年前の話……今では事情が異なっている』


『しかし、ヨハン君がFESMについてどこまで知っているのか気になります。特に「神の領域」について……』


「――神の領域?」


 ヨハンは赤い双眸を細めて首を傾げる。

 俺も初めて耳にするワードだ。


『そうだ、FESMキミらの言葉で言う――窮極の霊粒子エーテルが渦動する時空の彼方、あるいは渾沌世界、「無窮なる玉座」だよ』


人類流われらの言葉では、FESMフェスムの母星であり本拠地と言えよう』


 FESMフェスムの本拠地?

 そんなものがあったのか……そこが『神の領域』だと呼ばれる場所か。


 一方のヨハンは「ほう」と納得したかのように頷いている。


「……その口振り、ここにいらっしゃる方々は何もかも存じてられている様子だ」


『ああ、全て先代の“アダムFESM”、ヴィクトル氏から得た情報だ。彼が味方になってくれたおかげで、「太陽系境界宙域防衛計画」が立案され今に至っている。指を咥えて終末の日を待つしかなかった我々もFESMキミらと対等、いやそれ以上の力を得ることができたわけだ』


「ヴィクトル・スターリナ……まさに彼こそ旧約聖書になぞった、最初の人類アダムとイヴに禁断の果実を与えた『白き蛇』というところでしょうか?」


『どうやらヨハン君、キミもFESMフェスム側の内情に詳しいようだ。第三艦隊の件もある……取引次第ではキミを人間として認め、受け入れようじゃないか?』


「取引? 私から『無窮なる玉座』の……『主』たる“親愛なる神の強者アザゼルディア”の情報を得ようと?」


 “アザゼルディア”?


 さっきから何を言っているんだ、こいつ?

 まったく話についていけないんだけど……。


「……親愛なる神の強者、アザゼルディア。人類が最も斃すべき相手よ」


 白ウサギのイリーナが小声で説明してくれる。


「てことはFESMフェスムのボスって奴なのか?」


「……そう捉えてもいいわね。“アザゼルディア”は万物の王であり、この銀河系を創造した原初ともされているわ……地球も含めてね」


「だから神様っぽく言われていたのか……そいつは怪獣なのか? それとも他の銀家系から来た宇宙人なのか?」


「……さぁ。人類で『神の領域』に到達した者はいないからわからないわ。この情報は全て、お父様が100年以上前に人類に伝えた超極秘機密情報よ。勿論、他言無用だからね……下手したら人類の宗教観を脅かすことになるわ。ただ闇雲に不安を与えパニックにさせるだけよ」


「わかってるよ。けど、あまりにもスケールが壮大すぎて誰も信じないと思うけど……」


「それでもよ……カムイだから教えたんだからね」


 白ウサギのイリーナは言いながら、俺に寄り添ってきた。

 仮想空間なので温もりを感じることはないが、彼女が俺を信頼している気持ちが伝わる。


 ――上等だ。


 たとえ神様が相手だろうと、人類を滅ぼそうっていうならとことん戦ってやるまでだ。


 俺がイリーナとみんなの生活を守る!



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