第122話 懐疑的な存在
動揺しまくる俺に、コバタケは四角い眼鏡のレンズを鋭くキラッと光らせる。
「どうやらカムイ君には思い当たる節があるんじゃないでしょうかねぇ……一緒に署まで同行しますか? カツ丼でも食べましょうか、ハイ」
「ち、違う! 俺は何も知らない! いや本当だ! なんなら嘘発見器にでも掛けてくれ!」
そもそもヘルメス社の犯行なら、イリーナがわざわざ俺を貸し出すことはないだろ!?
俺の挙動不審な態度に、コバタケは唇を吊り上げる。
微笑んでいるようだが、マッド博士だけあり不気味で感情が読みづらい。
「……冗談ですよ。いくらヘルメス社の
「ただ?」
「あの捕らえた“アダムFESM”はどうなんですかねぇ、ハイ」
何かを探るような、コバタケの口調。
ふと脳裏に奴とやり取りした記憶が蘇る。
「“アダムFESM”……ヨハンか。確かに一昨日目を覚ましたが、今は軍事病院で拘束されている。ここまで来るのは不可能だし、あれから日数が経っているからな。もうナノマシンの効力だって失っているだろ?」
「彼らは人間と同一の存在ではありますが異なった部分もあるようですからねぇ……それに模擬戦闘前、コックピット内には緊急用の鎮静剤と共に予備のナノマシン注射を設置していましたが、回収された時は全て紛失されていました。そして《キシン・システム》の封印パスワードを知っているのも、外部ではヨハン中尉の記憶を宿した“アダムFESM”だけですねぇ、ハイ」
「なら奴を尋問してみたのか?」
「ええ勿論。ですが、『この身形で私に何ができると言うんだ? 冗談はやめてくれ』と糞ムカつくことに一蹴されましたねぇ。奴も『厳重体制で拘束』っという、ある意味で疑惑から守られた状態ですから……明日の『賢者会議』に同席させなければいけないこともあり、下手に自白剤は使えません。それにこのコロニー船“セフィロト”はグノーシス社にとって管轄外でもありますからねぇ、ハイ」
「それで、レディオ社長からイリーナに相談して、俺を頼ることにしたのか? 『
「はい。目には目をと……あの“アダムFESM”には何かしらの
つまり特殊能力か……言えるかもな。
現に“セフィロト”の禁止区域こと
――いや、きっとそうだろう。
「コバタケ博士、俺もヨハンと直接話をしたけど、正直胡散臭い印象を抱いていたんだ。けどあの厳重な警戒体制の中で奴が軍事病院を抜け出して行動を起こせるとも思えない……つい最近、この“ツルギ・ムラマサ”に乗り込んだのは、『男』ってのは臭いでわかるんだが……特定にはな」
「ほう、性別はわかるんですね。他に変わった点は?」
俺は双眸を閉じ、さらに意識を集中する。
極限まで五感を研ぎ澄ませた。
そして、
「――すぐ傍から強烈なミドル臭がする」
「それ、もろボクですねぇ、ハイ。他には?」
「……ほんの僅かだけど薬品の臭いかな? 機械油に混じっているところから、整備員に成りすましていた可能性がある」
「なるほど……流石、カムイ君。なんとなく犯人像が浮かんできましたねぇ。まるで《キシン・システム》並みの演算率ですよ、ハイ」
「あと、コックピットに乗り込んだのは一人じゃないかもしれない」
「というと複数犯ですか?」
「ああ、残存する気配といい……少なくても二人はここにいた。どちらも機械油の臭いだ。内部犯の可能性もある。念のため、グノーシス社の整備員を調べたほうがいい」
けど案外、ヘルメス社の
イリーナの様子から可能性は低いと思うけど……。
それからコバタケより、社長代理のチェルシーに俺が読み取った内容を説明する。
「流石は弐織カムイ……シャオさんとイリーナ社長が推奨するだけのことがありますわ。どういうカラクリかは存じませんが、軍用犬以上ですわね。いっそ、ヘルメス社などお辞めになって、グノーシス社で働きません? お給料は倍以上をお支払いいたしますわ」
何を思ってか、いきなり引き抜かれそうになる。
なまじレクシーと同じ顔つきをしているからか蔑ろにできない。
「いえ、流石にそれは……僕もお世話になっているクチでして」
「そっ、残念ですわ。やはり日本人は律儀ですわね。では、わたくしからレディオお兄様に報告いたしましょう。きっと聡明なお兄様なら然るべき対応をしてくださることでしょう」
チェルシーにとって、兄のレディオは絶対のようだ。
レクシーを含めた兄妹仲は悪くないと聞く。
最も癖が悪いのは、まだ会ったことのない次男でグノーシス社の副社長「クラルド」って奴らしいけど。
それから俺達は解放される。
結局ハヤタは俺を呼び出すためだけの、おまけ扱いだったようだが仲の良いコバタケのおっさんと新作プラモデルの「
「それじゃ弐織先輩、ハヤタ先輩またネ~!」
送迎用のリムジンから降りて、シャオは俺達に向けて大きく手を振っている。
中等部の彼女は女子寮へと戻るところだ。
「シャオ、そういや前から聞きたかったんだけど……」
俺の呼びかけに、シャオは足を止めて振り返る。
「な、何、弐織先輩? 急に改まって……ドキドキするネ。ハヤタ先輩、先に帰っていいヨ」
「いや、別にハヤタがいても不都合じゃないし、俺の友達だから邪険にしないでくれ」
「おおっ! 初めて弐織に友達って言われたわ~! そっちの方が超嬉しんだけど!」
「……じゃあ、告白じゃなきゃ何ヨ?」
やたらテンションを上げて歓喜するハヤタを他所に、シャオはジト目で見つめている。
にしても告白って……どんな発想だよ、まったく。
「ああ、実はシャオってヘルメス社と関係しているのかなって……俺達みたいな立ち位置で」
「……どうしてそう思うネ?」
「いや、まぁ……あのイリーナから妙に気に入られているところとか。宇宙アイドル活動も無難にこなせるほどの運動神経があったりとか……ただの『傍受マニア』とは思えないんだけど」
「……ワタシィ、ヘルメス社とは関係ないヨ。けど、イリーナさんとは個人的に共同して手を組んでいるネ」
「手を組む? なんの?」
「秘密ネ。女子は少しミステリアスの方が、好意を寄せる男子から気に掛けてもらえるからネ」
「……そうか、わかったよ。俺が必要だったら遠慮なく相談してくれ」
「ありがと、弐織先輩。じゃまたネ……」
シャオは背を向け帰って行った。
なんとも不思議な子だな……。
俺とハヤタも学生寮に戻ることにした。
自分の部屋に入るとタイミングを計ったかのように、イリーナから連絡が入る。
どうやら予めホタルが報告していたようだ。
「イリーナ、一応は務めを果たしてきたよ」
『ありがと、カムイ。状況はホタルから聞いているわ。
「コバタケのおっさんの言う通りなら、ヨハンは何かしらの
『その辺はレディオ達に任せるしかないわね。あの男は飄々としているけど抜け目ないから問題ないわ』
「ライバル企業の社長なのに随分と持ち上げるんだな? イリーナにしては珍しい……」
普段、レディオの悪口しか聞かないからな。
そういや彼も真っ先にイリーナを頼っていたし、『宇宙アイドル・プロジェクト』でも共同して力になっていたっけ。
元々は親戚同士……実は仲がいいのか?
『ライバルだからこそ客観的な評価が必要なのよ。そこに感情を入れて過少評価したらいとも簡単に出し抜かれちゃうわ……そういう厄介な相手だって意味よ』
「そうか、そうだよな。すまない……」
なんだろ? さっきから胸の奥が妙にもやもやする……。
俺はイリーナに何を感じているんだ?
かくして次の日の夜。
“アダムFESM”ヨハンの処遇を決定する『賢者会議』が開催されることになる。
奴をどうするかで、人類の新たな時代の潮流が変わることだろう。
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