第121話 チェルシーの依頼




 レクシーの妹、チェルシーから教室に入るなり誘われてしまった、俺とハヤタ。

 年下の中等部なのに随分と上から目線だが、より年下のイリーナで慣れてしまっているので大して気にならない。


「俺もってどういう意味だよ?」


「言葉のままですわ、弐織カムイ。お迎えに来ますので必ず来るのですよ」


 チェルシーは言いたいことを言って、足早に去っていく。

 付き合わされているシャオは俺と目を合わせると、申し訳なさそうに頭を下げて見せて、駆け足でチェルシーの跡を追った。


 まるで暴風のような子だな、レクシーの妹は……シャオもえらいのに気に入られてしまったもんだ。


『マスター、たった今オーナーより「本日、芸能科はお休みだからね」とメッセージが入っておりマス』


 腕時計型のウェブラル端末から、ホタルが小声で教えてくる。


「見越したようなタイミングの良さだな。イリーナの奴、何か意図があるのか?」


 とりあえず、チェルシーに従うことにする。


 放課後、約束通り彼女はクラスまで迎えにきた。

 やはりシャオを連れている。イリーナにも気に入られていることから、きっと上から目線の女子に好かれる体質なのだろうと思った。


 チェルシーの案内で、黄金色に輝くリムジンに乗せられる。

 随分と悪趣味……いやド派手なセンスだ。

 ハヤタから「コバタケ博士から聞いたんだけど、レディオ社長が金色好きらしいぜ」とプチ情報を教えてきた。

 なんでも、ガルシア家を象徴する色だとか。そういや、三兄妹が全員金髪だったな。


 そまま俺達はケテル王冠地区の駐屯基地に仮設された、グノーシス社専用の船渠ドックに到着した。

 リムジンから降りて、チェルシーの案内で広々とした工場設備プラント施設内を移動している。


 通路を歩きながらチェルシーは、チラっと俺の方を見つめてきた。


「弐織カムイ。どのような立場かはわかりませんが、貴方もヘルメス社の工作員なのですわよね?」


「え? ええ、まぁ……お付き合いがあるというか」


「レディオお兄様から、この件は貴方に頼るようにと申しつけられていますわ。勿論、イリーナ社長にも許可を頂いた上で……」


 ん? この口振りだと、チェルシーが用事あるのはハヤタじゃなくて俺なのか?

 それにレディオだけじゃなく、イリーナにも許可だと?


「チェルシー社長代理。それはどういう意味でしょうか?」


 年下だが重要な役職である子に変わりないので敬語で問い掛けてみる。

 彼女は頷き、通路を抜けた格納庫ハンガーのコンテナに立つ、赤く塗装されたAGアークギアに向けて指を差した。


「――是非、あの機体を貴方に見て頂きたくて」


 “ツルギ・ムラマサ”2号機だ。

 以前よりも改修が施され、若干形状が異なるが完璧に修復されている。


「……このAGアークギアがどうしたって言うんですか?」


 まさか彼女に俺が“サンダルフォンMk-Ⅱ”のパイロットだってバレているのか?

 どうやら兄のレディオは正体を知っているようだからな……その上で試運転しろってことなのか?


「何か可笑しな点がないか見て頂きたいのですわ」


「……可笑しな点? 僕が?」


 俺の問いに、チェルシーは頷いて見せた。


「ええ……弐織カムイ。貴方はその辺の軍用犬以上に観察力と直感力に優れていると聞いていますわ。なんでも、わたくしの親友シャオも目の当たりにしているとか?」


「すっかり親友扱いされているけど、そこは本当ネ。『加賀キリヤ』の件でも弐織先輩はエスパー野郎って言われてたヨ」


 なるほど、つまり俺の『読む力リーディング』能力で、この“ツルギ・ムラマサ”を調べて欲しいというわけか。


「チェルシー社長代理。調べるのは構いませんが、具体的に何を調べて欲しいのか教えてほしいんですけど?」


「――弐織君、ボクが説明しますねぇ、ハイ」


 遅れて格納庫ハンガーに入ってくる、白衣を羽織った男。

 開発主任のジョージ・コバタケだ。

 どうせまた道に迷ったんだろう。このおっさん、極度の方向オンチだからな。


「コバタケのおっ、いや…博士。それで?」


 知らない間柄じゃないので、つい親近感を抱いてしまう。


「昨日、何者かが潜入して、この“ツルギ・ムラマサ”に搭載されている《キシン・システム》を起動させた形跡があるんですねぇ、ハイ」


「《キシン・システム》? ああ、パイロットと機体を暴走させ『狂戦士バーサーカー』みたいにする、あのヤバイ特殊機能ってやつか?」


 俺の問いに、コバタケは不快そうに表情を歪める。


「カムイ君、お言葉ですが《キシン・システム》は狂戦士化バーサークさせるシステムではありませんよ! そうなってしまうのはパイロットが簡単にシステムに取り込まれてしまう豆腐メンタルの無能者だからですねぇ、ハイ!」


「確かに曰く付きのシステムではありますわ。ですが正しくつかいこなせれば、これほど画期的なシステムはないと自負できます。現に……いえ、貴方に話すことではありません。弐織カムイ、貴方にはお願いしたことを確認してくださればそれでよろしいですわ」


 毒を吐くコバタケに続き、チェルシーは令嬢らしい丁寧な口調で依頼してくる。

 まぁ、既にイリーナの許可が得ているなら、別に拒む理由もない。


「……わかりました、チェルシー社長代理」


 俺は了承し、一人で “ツルギ・ムラマサ”を取り囲んでいる舷梯タラップを上る。

 胸部中央のコックピットへと近づいた。


 手探りで備えてあるコックピットのハッチを開閉させる補助レバーを見つけ引いてみせる。

 プシュっと気持ちのいい音と共にハッチは簡単に開いた。



「流石、訓練科の生徒。手慣れていますわね……」


「弐織先輩、カッコイイネ~!」


 下の方から、チェルシーとシャオが褒めてくれる。

 二人共、可愛らしい美少女なので少し面映ゆい。

 この程度ならパイロット訓練生なら誰でもできるというか……まぁ嬉しいけど。


 しかしこう間近で見ると、改めて量産機の“エクシア”とは異なるAGアークギアだとわかる。

 どちらかと言うと“サンダルフォン”に近い機体だ。

 制作者がコバタケだから、そのノウハウは確実に継承されているのだろう。


「このままコックピットに乗っちゃっていいですか?」


「勿論よろしいですわ。コバタケ博士、彼のサポートを」


「アイアイサーですねぇ、ハイ」


 俺がコックピットシートに座ると、コバタケが軽快な走りで駆けつけてくる。

 陰気そうな顔つきだからか、ニヤッと不敵に微笑みコックピット内部を覗き込んできた。


「座り心地はどうですか、カムイ君? “サンダルフォン”とは違うでしょ?」


 俺の正体を知るコバタケは、誰にも聞かれないよう小声で呟いてくる。

 腕を伸ばしパネルを操作して“ツルギ・ムラマサ”を起動させた。


 ハッチは開いたまま、コンソールパネルが点灯し明るく表示される。

 周囲のモニターが鮮明に映し出された。

 俺は操縦桿を握り締め、アクセルペダルの感触を確認する。


 おお……これが“ツルギ・ムラマサ”の操縦感覚か……やっぱ凄ぇ。


「ああ、凄くいい感じだ。けど日本のキリシマ重工が共同しているだけあり管制系統が細かいな……並みのパイロットじゃ、まず乗りこなせそうにない」


「でしょ? ですがエウロス艦隊のルドガー大尉に預けた『3号機』は、もっと複雑な操作が要求されています。しかし、彼はたった1回のチュートリアルで見事乗りこなしたと聞いていますねぇ、ハイ」


 マジかよ……スゲーな、そのルドガーって人。

 一度会ってみたい。


 そう思いつつ、俺は周囲を見渡して『読む力リーディング』を発動させる。

 脳内をより活性化させることで、視覚だけでなく、音や臭い空気など些細なモノを読み取り、異物や違和感を察知して同調シンクロする力だ。



「……ふぅむ。確かに誰かが入った形跡はある。けど整備員って可能性もあるし、俺の能力じゃ誰かまでは特定できない。コバタケのおっさん、システムが使用された根拠はあるのか?」


「ええ、昨夜キシン・システムが使用された記録が残っています。ただ当社で保管している専用のナノマシンは使用されていません。たとえ何かしらの方法でパスワードを解除し起動できても、経由する専用のナノマシンを打たなければ使用自体は不可能なのですがねぇ……」


「それが可能な奴がいる……スタッフ以外の誰かが潜入した痕跡は? 仮設されているとはいえ、この船渠ドックにも監視カメラくらいあるだろ?」


「ありますが今のところは……ただ、どこの施設にも言えますが監視システムをハッキングすれば潜入は可能です。たとえば有能な糞メス社の工作員スパイなんかはねぇ、ハイ」


 探るような眼差しで俺を見つめてくる、コバタケ博士。


「ちょい、まさかヘルメス社を疑ってんのか? 冗談でも言っていいことと――あっ!?」


「あってなんですかねぇ?」


「い、いや……違う! イリーナはそこまではしない!」


 や、やべぇ!

 確かハヤタが貰った“スラオシャブルー”に施された《ステルス・コーティング》って、もろグノーシス社から盗用した疑いがあったわ!


 ついでに“ツルギ・ムラマサ”もって可能性だって十分にあるじゃないか!?


 どうする俺ぇ、地味にピーンチ!



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