第120話 抜け出せない体質




 三日後の『賢者会議』まで、“アダムFESM《フェスム》”ヨハンの件は保留となる。


 それまでの間、俺は通常の生活に戻ることになり、翌日コクマー学園に登校した。


 副教官だったヨハン中尉の件もあり、またクラス内では不安な影を落としていたが、以前開催されたBBQ大会以降から雰囲気が改善されている。


 特にアルドとユッケが輪の中に戻ってきたことが大きい。

 今ではすっかり、クラスのみんなと和気藹々として過ごしている様子だ。


「弐織、おはよ~」


「弐織くん、チィース!」


 教室に入った途端、アルドとユッケが挨拶をしてくる。


「ああ、おはよう。二人共調子良さそうだね」


「まぁな……全部お前のおかげだよ。放課後、野郎だけでカラオケでも行かね?」


「カ、カラオケ? いやぁ、僕は騒がしいところはどうもね」


 すっかりフレンドリーになったからか、事あるごとに俺を遊びに誘ってくる。

 声を掛けてくれるのは嬉しいけど、こっちもパイロットや芸能科のマネージャーもあるから地味に忙しい身だ。

 今じゃ休める時に休むのが仕事みたいな感じになっている。


 俺が断っても、アルドは嫌な顔をせず微笑み頷いて見せた。


「そっか……なら弐織が好きそうなところ探してみるよ。そういや、弐織って芸能科のマネージャーなんだって?」


「ああ、そうだけど……」


 ネツァク勝利地区で行ったBBQ大会で、宇宙アイドル『Angelusアンジェラス』がデビューして以来、これまで陽の目を見なかった「芸能科」が注目されるようになった。

 ついでに俺とハヤタがマネージャーだってことが知られてしまう。


 一応、ハヤタの工作員としての配慮で、彼が俺を誘って仕方なくやらされているという形で周囲からは認知されている。

 ハヤタは日頃から何かと目立つキャラだから、いい感じでカモフラージュとなり俺としては大いに助かっていた。


「なぁ、『Angelusアンジェラス』2号のエリーナちゃんて、コクマー学園の生徒なのか?」


 アルドが俺に聞いてくる「エリーナ」ちゃんとは、イリーナがアイドル活動をする上での芸名である。


「……そうだよ、中等部の子らしいね。僕はあまり話さないけどね」


 嘘である。何せ俺の雇い主であるヘルメス社の社長で、家族同然に暮らしていた間柄だ。

 したがって、あの子の活動パターンも大体知っている。

 今頃、イリーナはまだ寝ている筈だ。


「ふ~ん。もったいねぇな……いや弐織の場合、星月ちゃんかセシリアちゃん推しなのか?」


「いや、別にそういうわけじゃ……」


 応援だけなら全員満遍なくだけどね。

 てか、こいつはさっきから俺に何を聞いているんだ?


 アルドは頬を染めて身体をもじもじさせている。

 仲良くなったとはいえ、気色悪いことに変わりない。


「なぁ、弐織……実は頼みがあるんだけどよぉ。今度、エリーナちゃんのサイン貰ってきてくれね?」


「サイン? ああ紙媒体の色紙ってやつね。頼んでみるよ」


「マジで!? やりぃ~! やっぱ弐織はいい奴だよな~!」


「弐織くん! 俺ぇ、シャオちゃん推しなんだけど、シャオちゃんのサインも頼んでもらっていい?」


 ユッケまで便乗して言ってきた。

 まぁ、シャオなら問題ないだろう。


「うん、いいよ。頼んでみるよ、ユッケ」


「ウッシャー! やべぇ、アルちゃん! 俺もテンション上がってきたわ~!」


 どうやら、いつの間にかアルドとユッケも『Angelusアンジェラス』のファンになっていたらしい。

 元々ミーハーなところがあるだけに……ファンが増えるのはいいことだけどね。



 それからも俺はクラスの生徒達に何かと話かけられる。

 脱陰キャぼっちは嬉しいけど、次第に人付き合いに疲れてきた。

 慣れるまで、しばらく時間が掛かるようだ。

 今度は人付き合いでストレスを感じてしまうかもしれない。


 これなら、以前の扱いの方が良かったのだろうか?


 って、あれ?

 まさか俺……アラン大尉が言うように「ぼっち体質」なのか?



 昼休み。


 俺は体調不良を理由に保健室にいた。

 頭に違和感を覚えたからだ。

 やっぱり気を遣いすぎたかもしれない。


 シズ先生は例の“アダムFESM”こと「ヨハン」の件で不在であり、代わり来た他の校医が対応してくれた。

 処方された内服薬を飲み、しばらく横になっているとハヤタが心配して来てくれる。


「よぉ、弐織大丈夫か?」


「ああ問題ない。午後の訓練科は休ませてもらうよ……出席日数が結構危ないけどな」


「ん? いいんじゃね? レクシー姐さんなら上手く水増ししてくれるだろ?」


 教官である彼女も、一応はヘルメス社に雇われた秘密工作員だからな。

 きっとイリーナ伝手でなんとかしてくれるだろうけど。


「……いや、流石にそこまでは」


 いくらなんでも、真っすぐなレクシーに不正の加担はさせたくない。

 新型のナノマシンでなんとか乗り切ることを期待しよう。


 などと考えていると誰かが扉を開け、保健室へと入ってきた。

 今時間、凄く珍しい子だ。


「カムイく~ん、大丈夫ぅ? 今日はあたしが癒してあげるぅ~!」


 セシリアだった。

 いつもなら午前の授業が終わるとすぐに艦長任務で駐屯基地へ行く筈だけど。


「どうしたんだ、セシリア? “ミカエル”艦に行かなくていいのか?」


 俺が聞いた途端、笑顔だった彼女の表情が影を落とした。


「うん、後で行くよ……って艦隊ウチもそれどころじゃないっていうか……」


「え?」


「――まだ一般には開示されてないんだけどね。本日付けでマッケン提督が総司令官職を解任されるのよ。当面は地球にある駐屯基地の司令官として任に就くことになるわ」


「それて……左遷ってことか?」


「うん。そうなるかな……」


 セシリアは小さく頷き、俺に詳しい内容を話してきた。


 昨日、『セフィロト文化祭』で繰り広げられた『宇宙アイドル対決ライブ』が終わってから、マッケン提督は警察隊に連行され事情聴取を受けたそうだ。


 国連宇宙軍の最高トップである立場とはいえ、ヘルメス社とグノーシス社という軍需企業を支配している両社からの圧力があったとされている。

 それにAGアークギアを始め、戦艦やコロニー船に至るまで提供を受けている国連宇宙軍としては、最も敵に回してはいけない両社だけに厳粛な態度で対応したらしい。


 マッケン提督本人も素直に自供し謝罪したことで逮捕に至らなかったが、しばらく反省しろという意味で地球左遷という、営倉入り同然の処分に至ったとか。



「近いうちにね、新しい総司令官が来ると思うよ……」


 どこか浮かない表情を浮かべる、セシリア。

 あれだけ「パワハラ爺」と嫌っていたマッケン提督が解任したってのに寂しそうだ。


「どうした、セシリア? 何か引っ掛かるのか?」


「……うん、やっぱりあたしのせいかなって。ペアを組む筈のあたしが寝返って『Angelusアンジェラス』に入ったから、歯車が狂っちゃったのかなって思っちゃって……少し責任感じているんだぁ」


 確かに捉え方によっては、立派なざまぁ展開だな。

 とはいえ。


「気持ちはわかるけど、セシリアは関係ないと思うよ。そもそもマッケン提督が妨害工作さえしなければ大事にはならなかったわけだし……立場のある人なら尚更じゃないか?」


 売り込むために好敵手ライバルの情報を引き出したり、色々な手でアピールするのは作戦上仕方ないけど、ライブを妨害することは違うと思う。

 

 オリバー&アランだって女子達に人気があり、決して悪いユニットじゃなかったんだから、正々堂々と戦って欲しかった。


「……うん、そうだよね。ありがと、カムイくん。やっぱりキミに相談して良かったよ。あたしが癒してあげようと思ったのに……また癒してもらって、ごめんね」


「いや、謝ることじゃないよ。俺でよければ、いつでも……セシリアが艦長として頑張っているのはわかっているから」


「えへへへ……カムイくんに言われると一番嬉しいなぁ。落ち着いたらお食事の件、誘ってね。あたし楽しみに待っているから……」


「……あ、ああ勿論だ」


 セシリアのふんわりとした笑顔を見ると、俺も安心した気持ちになれる。

 それこそ陰キャぼっちの頃から、何かと構ってくれていた女子だからな。


 日頃の感謝を込めて食事に誘ったんだ。

 お互い忙しいから中々行けずじまいだけど。


 そういや、セシリアってとんでもなく大食い女子だと判明したっけ。

 今から小遣い貯めとかないと……。


「それじゃ、あたしは任務があるから待たね、カムイくん。ハヤタくんもね~」


 笑顔に戻ったセシリアは、俺達に手を振って保健室から退出した。


「……初めて古鷹艦長からまともに名前を呼ばれたよ。けど弐織、以前から艦長と仲良いよなぁ? 実は付き合っていたりするのか?」


「い、いや……そういうわけじゃ。彼女、何かと俺に優しく接してくれるから……ね。この体質だから、それどころじゃないっていうか」


 そういや、オリバー副艦長からも「ちゃんとセシリアと向き合ってほしい」って言われたっけな。

 どういう意味かはわからないけど……今は考えるのはやめよう、静養が一番だ。




 次の日。


 レクシーの妹で今は中等部にいる筈のチェルシー・ガルシアが、いきなり教室に訪れてきた。

 自称親友となった、シャオも一緒である。


「――ハヤタ。放課後、わたくしに付き合いなさい。弐織カムイ、貴方もですわ」


 何故か俺まで誘われてしまった。



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