第119話 アダムFESMへの尋問




 “アダムFESMフェスム”との尋問は続いている。


 本人から「もう敵意はない」と言われ謝罪されてしまった。

 あの“ツルギ・ムラマサ”を使用して襲ってきたことに関しては、FESMフェスムとして備わっていた攻撃本能からくるものだったとか。


 今は自分が人間であることを意識し自覚を持つことで、攻撃本能が消失したと言っている。

 実際に戦った身としては腑に落ちない部分も否めないが……。


 俺はチラっとイリーナの顔色を窺う。


 イリーナは両腕を組み、奴がどっちなのか判断に迷っている。

 この“アダムFESMフェスム”が敵側なのか、あるいは人類側なのか。それを見極めるのが俺達の役割だ。


 俺の『読む力リーディング』能力では、“アダムFESM《フェスム》”から目立った嘘は言っていない。

 寧ろ自分を信じてもらいたいという誠意は感じられる。

 しかし隠し事をしてないかと問われればしていると思う。

 だが人間として自覚している以上、自分の都合の悪いワードは伏せておくものだ。

 それが必ず「害悪」とは限らない。


「どうするの、イリーナちゃん? このまま拘束を続ける? 心配なら薬物投与で口も利けなくすることはできるけど、医師として当然反対よ。但し、彼が『人間』ならね……」


 シズ先生は意味ありげに聞いてきた。

 いつも俺の貞操ばかり狙っているセクシー系の痴女先生で、これまでの恋愛経験は不明だけど、俺以外の男には淡泊なところがあったりする。


 イリーナは、「……そうね」と前置きして、“アダムFESMフェスム”に近づいた。

 俺は下手なことがあればいつでも撃てるよう、腰元の拳銃に手を添える。


「ねぇ、こちらは貴方のこと、なんて呼べばいい? アダムさん? メフィストさん? それともFESMフェスムさんかしら?」


「……ヨハンで構わなよ、イリーナ社長。“メフィストフェレス”の本能に赴くまま彼の意識を乗っ取ってしまたったが、この身体は紛れもなく彼のモノだ。これからはヨハンとして彼の意志を引き継ぎながら人間として生きていきたい」


 ヨハン・ ・ ・は双眸を閉じて、噛み締めながら意向を語る。

 人間として生きることが、ヨハン中尉の人格を消滅させてしまったことへの贖罪だと言わんばかりの態度だ。

 随分と殊勝な姿勢……けど何か物分かりが良すぎるというか、解放されたくて媚びを売っているような言動にも聞こえてしまう。

 慎重に事を構えるのなら、そう簡単には信じられない。


 それはイリーナも同じ考えのようだ。


「そっ。ゴハン、貴方をどうするかは『賢者会議』で決めるわ。それまで、そのまま拘束するけどいいわよね?」


「ヨハンだよ、イリーナ社長。私がしでかしたことを問われているのなら仕方ないことだと思う……ただ口枷だけはやめてほしい。あと薬による拘束も……人権を尊重してくれとは言わない。だが思考の自由は与えてほしい……私が犯した罪と向き合うためにもね」


「……わかったわ。その代わり誰かと話したら駄目よ。常に監視されていることを忘れないでね」


「ありがとう、イリーナ社長。心から感謝します……」


 ヨハンは赤い瞳から大粒の涙を零している。

 なんだか拘束するこちらの方が罪悪感を覚えてしまう。


「それじゃ行きましょう」


 イリーナは素っ気なく言い、奴から背を向ける。

 俺とシズ先生は彼女について行く形で一緒に集中治療室から退出した。


「――カムイ、どう思う?」


 イリーナは廊下で立ち止まり、振り向きざまに聞いてきた。


「あの“ツルギ・ムラマサ”を操縦していた奴とは思えない従順さだな。逆に素直すぎて怪しい……けど嘘とも決めつけられない」


 暴走の要因として、《キシン・システム》の影響もあったかもしれない。

 流石の俺も他人の思考までは読めないからな。


「そうね……信憑性はあるわ。“アダムFESMフェスム”ではあるけど構造は通常の人間と変わりないから、独りで生きられないのは彼もわかっている筈よ。何かしらの取引を持ち掛ければ人類側の味方になるかもしれないわ……お父様のように」


「……いや、イリーナ。多分、ヴィクトルさんとは異なる奴だと思う」


「どういう意味?」


「上手く言えないけど……あいつは何かが違う気がしてならない」


「カムイの恩寵ギフトね、信じるわ。確証しない限り、拘束を解く気はないわ。シズも看護する医療スタッフを限定するよう配慮して頂戴」


「わかったわ。彼、結構なイケメンだから引き続き女性スタッフを避けるようにするわね……それと、カムイくん。例の『専用ナノマシン』完成したわよ」


「シズ先生、本当!?」


 思わず食いついてしまう、俺。

 最近、酷くなっている脳の症状に合わせて作られた俺専用のナノマシンだ。


「ええ、万能薬という意味で『エクリサー』と名付けたわ――通常より脳の沈静化と体内の耐久性が大幅に向上しているの。またその気になればコックピットから離れた遠隔でも、“サンダルフォンMk-Ⅱ”を操作することができるわよ」


「マジかよ……凄ぇ」


 遠隔でAGを操作するって……もうエスパーじゃん。使いどころ不明だけど。

 けどシズ先生ってば、ただの痴女先生じゃないんだよな……。

 実はコバタケのおっさん並みの開発者かもしれない。


「それとね。これはホタルちゃんからの要望だけどね……」


「ホタルの?」


 俺の問いに、シズ先生はこくりと頷いた。


「よりホタルちゃんを感じられるよう、『触覚技術機能ハプティクス』も導入しているわ。つまり実際に彼女を触ったり触られたりと体感できる機能よ」


 何その追加機能……いらねーっ。


 俺は左手首に嵌めた腕時計型のウェブラル端末を見つめた。


「ホタル。何、シズ先生に妙な注文をつけているんだ?」


 ディスプレイから、ひょっこりと極小サイズの美少女型妖精が浮かび上がってくる。

 ホタルは不満そうなジト目で俺の睨んできた。


『ワタシもマスターと触れ合いタイ……ノーッ! あくまで、マスターとより高度で柔軟性のある戦略的インターフェースを確立するためデス』


 今、冒頭でポロっと本音を言ったよな?

 最近、益々電脳AIから遠ざかっているような気がする。変な方向に進化しているのか?


「いいじゃない、カムイくん。ホタルちゃんなら何をしてもノーカンよ」


 よくねーよ、シズ先生。なんでもかんでも、あんたの貞操概念で決めんなよ。

 ホタルに手を出した時点で、俺の人生変わるっつーの!


「私は認めないからね、カムイ! バーチャルでも許さないんだから!」


「イリーナまで……キミら、すっかり“アダムFESMフェスム”のこと抜けてないか?」


 話が脱線どころか、遥か彼方まで飛び越えているじゃないか……。


 こうしてシズ先生と別れ、俺とイリーナは病院から離れた。


 それから『賢者会議』とやらに、“アダムFESMフェスム”ヨハンを参加させるのは、三日後となった。

 本来、太陽系ネットでのリモート会議なのですぐ開催できそうだが、イリーナの話では多少の時間のずれがあっても会員の全参加が厳守されているとか。

 特に第三艦隊方面に滞在するグノーシス社のレディオが多忙らしく、当日でなければ時間が取れないらしい。


 その間、ヨハンは拘束された状態のまま、地下の集中治療室ICUにいることになる。


 あの状態じゃ、何もできないとは思うけどな……。




**********




「――お食事の時間です」


 集中治療室ICUにて。

 看護師がカートを押しながら、用意された食事を持って訪室してきた。

 まだ、あどけなさが残る童顔で若い青年風の看護師だ。


 ベッドの背もたれ部分が傾斜される。

 “アダムFESMフェスム”ことヨハンは拘束された状態で起き上がってきた。

 何故か、ずっと柔らかい微笑を浮かべている。


「キミは看護師のイアン君だね。わざわざ私に食べさせてくれるのかね?」


「健康状態を考慮した上で、そう指示を受けています……後、余計な話はしないようにと担当医から言われていますので」


「担当医……長門シズ先生だっけ。彼女はカムイという少年には優しくて慈愛が込められた眼差しを向けていたけど、私に対しては実験動物以下のゴミカスを見るような冷たい視線だった……あれが医師としての本性ってところだろうか?」


「あの方は立派な名医です! 長門先生を悪く言うのはやめてください! 早く口を開けてください!」


「おっと、ごめんよ。キミの勘に触ってしまったね……とても誠実な看護師さん。キミのような素敵な男性には嫌われたくないものだ」


「……素敵? ぼ、僕が?」


「ああ。イアン君はとても魅力的だよ。さぁ早く食べさせてくれないか? 誰かに監視されているだろうからね」


 ヨハンの赤い瞳はイアンへの親愛が込められ、どこか魅惑的で妖しい光を宿していた。



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