第118話 目覚めし異端
――“アダム
元副教官、ヨハン・ファウスト中尉の身体を乗っ取った
グノーシス社の製の
その際の《キシン・システム》の反作用なのか、“アダム
「……
「どうしたの、カムイ?」
イリーナは首を傾げている。
俺は彼女の耳元に近づき、小声でホタルからの報告内容を説明した。
「……そう、奴がね。早いところ切り上げて病院へ行きましょう」
それから俺とイリーナは皆に急用できた旨を伝え、着替えを終えてからその場を後にする。
ヘルメス社のリムジンで
シズ先生と合流し、裏ルートで病院内に入る。
地下の特殊
名前こそ治療室だが急変用の処置室ではなく監視目的の部屋だと言える。
廊下には監視カメラは勿論、軍服姿に
時折、看護師らしきスタッフが廊下を歩いている。何故か全員が男だった。
「“アダムFESM《フェスム》”が乗っ取ったヨハン中尉は中々のイケメンだからね。大抵の女性看護師だと誘惑されちゃうでしょ?」
シズ先生の話から、プロとしてどうよっと思いながらも人相手の職業でもあるから否定もできない部分もある。
「視覚情報ばかりに囚われるのは人間の悪い癖ね。相手は人類の敵なのに……現時点では、まだそう言い切れないけど」
「イリーナちゃんってば恋愛には淡泊だもんね。良かったわね、カムイ君」
「何がいいんですか、シズ先生……こんな時に変なこと言わないで下さい」
「あら珍しく不機嫌ね……さては私がヨハン中尉をイケメンって言ったから怒っちゃった? 安心して、私は断然カムイ君推しだからね、フフフ」
いや、そういうことじゃねーし。あえて言うなら緊張感持てよって話だし。
まぁシズ先生、美人だし色っぽさは半端ないからな……俺も男として嬉しいけど。
軍人を含め、この地下病棟にいるスタッフは全員俺の正体を知っているらしい。
そえだけ口が硬く、上から信頼を置かれている証だろう。
「特務大尉、これを――」
俺は軍人の一人から拳銃を渡される。
下手な真似をしたら即キルせよという意味だ。
複雑な心境もあるが、未知の相手だけに仕方ない。
俺は「ありがとう」と返答し拳銃を受け取り腰元に携えた。
プシュっと軽い音を立て、扉が開かれる。
対して病室内は重々しい雰囲気に包まれていた。
何もない、ただ真っ白な病室。天井には監視カメラが設置されている。
心電図など計測できる医療機器、ベッドの上には拘束衣と特殊ベルトで徹底して全身の至る箇所を拘束された一人の男が臥床していた。
――“アダムFESM《フェスム》”。
素顔は乗っ取ったヨハン中尉そのままだが、肌から髪色まで真っ白に染められている。
開かれた双眸、特に瞳孔は赤く染められ、ヴィクトルさんとイリーナと同じ特徴を持っていた。
“アダムFESM《フェスム》”は訪室した俺達を物珍しそうに見つめている。
全身は拘束されているも、口枷が外されており頭を自力で上げる程度はできるようだ。
どちらにせよ、人権侵害にしか見えない。
いや、あくまで「人」であればの話だ。
「――“アダム
イリーナはベッドから少し距離を置いた場所で足を止める。
寝そべる男に向けて声を掛けた。
「美しいお嬢さん、キミは?」
「私は、イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナ。ヘルメス社の代表取締役よ」
「ヘルメス社? 私と同じような姿をしているが、キミも
イリーナの容姿を見て、“アダム
声質は以前のヨハン中尉のままだが、口調がまるで異なる。
明らかに別人格だと思った。
「いじられているけど私は違うわ。けど父が貴方と同じ、“アダム
「父親?」
「ヴィクトルよ」
「……なるほど、そういうことか。以前の“メフィストフェレス”としての記憶上、その者のことは知っている。100年以上前、クラウの“ルシファー”に取り憑き、人類を滅亡寸前まで追い込んだのはいいが、逆に鹵獲されたことで人類側についた裏切り者とされている……」
「クラウ? ルシファーってなんだ?」
謎の言葉に、俺は反応して前に立つイリーナに聞いてみる。
「クラウは『光輝の存在』という意味で、
つまり100年以上前に鹵獲した“ルシファー”という
「けどその口振りだと、結構こちら側の事情に詳しいみたいね? 貴方が乗っ取ったヨハン中尉の記憶かしら?」
「それもある。“メフィストフェレス”として与えられた知識と、この身体の主である者の記憶を併用して言語化している……そもそも
「……お父様も同じことを言っていたわ」
「こうして意識を持つことで、自分が置かれている立場がよくわかってきたよ……キミ達を襲って悪かったね」
いきなり謝罪してくる、“アダム
キミ達とは当事者の俺を含む人間全体に向けてだろう。
「どうして襲ってきたの?」
「……最初は戦わなければならないと思った。別に人間に敵意があったわけじゃない。本能的に身を守ろうとしていたのかもしれない」
「――それは嘘だな。あの攻撃は殺意に満ちていた。それに敵意がないなら、何故助けを求めずひたすら襲ってきたんだ?」
実際に攻撃された俺が鋭く指摘をする。
こいつ、一度姿を晦ましてから燃料切れを起こしそうになり、再び姿を見せたからな。
あれを意図してなきゃ、なんだって言うんだ?
「キミらの言葉を借りるなら、“アダム
つまり俺がボコボコにしてやったことで、人間として目を覚ましたってのか?
だが混乱してパニックに陥っていたわりには冷静な殺意があった。
しかし、それが
奴らは死を恐れない。果敢に人類へ牙を剥く宇宙怪獣なのだから。
「……
「それは違う。確かに悩んだり悲しんだりという思考と感情はないけど、果たすべき『意志』は本能として最初から宿されている」
「意志?」
俺が聞き返すと、“アダム
そして、こう言ってきた。
「――我が偉大なる『主』の名の下に全人類を滅亡せよ、とね」
「主とはなんだ?」
「……わからない。目覚めたばかりの時は、無意識でそう思ったのだ。今はそれがない……きっと、こうして人間達と話を重ねることで自分の存在を認知し、自己形成に繋がったのだろう」
“アダム
人外的扱いで拘束されている割には、妙に淡々と落ち着いた様子を見せていた。
尋問する側の調子を狂わすような、あまりにも飄々とした客観的な態度。
まるでヴィクトルさんと話しているようだ。
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