アニメの十七話くらい

姫路 りしゅう

第17話

※この作品は単体で完結しています。前回なんてありません。



【前回までのあらすじ】


人の悪意から生まれる化け物『カニバル』。

カニバルは、いつ誰から生まれるかわからない。いじめ現場。ハラスメント。人と人との喧嘩。不信感やイライラした気持ち。明日はあなたの中から生まれるかもしれない。

そしてカニバルは、人を食うことで成長していく。

まだその存在は公になっていないものの、公になればきっとパニックを呼ぶだろう。


ひょんなことから人間とカニバルの戦いに巻き込まれた大塚ミライは、『人喰い』の力を得て日々カニバルと戦っていた。

世界中のみんなを笑顔にする。

ただそれだけが彼の願いだった。


一方で、彼と同じ力を持つ樋波燈は、ただカニバルを殺すことだけを目標に戦っていた。

時には一般人を恐怖させ、利用することすら厭わない燈はしばしばミライと対立する。

「どうしてそんなことするんですか!」

「うるせぇ! 甘ちゃんは引っ込んでろ」


二人は決して手を取り合わず、日々カニバルと戦い続けていた。


そして燈はついに。

因縁のカニバルと、対峙した。



<Aパート>


「やっと見つけたぜ、カニバル!」

「フン、誰かと思えば貴様か。確か、アカリと言ったか。そして私のことをカニバルと呼ぶな。私の名前はルルドだ」

「カニバル風情が、名前なんざ騙ってんじゃねえ」

 燈は殺意の籠った目でルルドを見る。

 夜の廃工場には、ほんの少しの月あかりと街灯が差し込んでいた。

 燈はそのまま、右手を高く上げる。

「『カーニバル』!」

 掲げた右手を中心にして、空間上に赤色の円が広がる。

 燈はその円から伸び出てくる柄を握り、ズルリと引きずり出した。

 出てきたのは、まっすぐに伸びた両刃の剣。

 『死血の剣』

 燈の対カニバル用武器である。

「フン、貴様は一度俺に負けているだろう。どうしてまだ挑んでくる」

「……かっ」

 燈は柄を両手で握った。

「確かにオレは、お前に負けたさ」

 ゆっくりと目を閉じる。

 脳裏に浮かぶは、敗北の映像。

 手も足も出ず、完膚なきまでに敗北を喫した、かつての戦いの記憶。

「あれは惜敗だなんて口が裂けても言えねえ。惨敗だ」

 目を見開く。

 敗北のイメージを振り払う。

「でもなぁ!」

 剣を闘気で覆う。

 息を吐く。

そして―吸う。

「一回負けた程度で引き下がれるほど、オレは諦めがよくねぇんだよ!」

 叫ぶと同時に地面を強く蹴った。

 一気に距離を詰めると同時に振りかぶった剣を振り下ろす。

 ガキィン! と激しい衝撃音が鳴り響き、火花が飛び散った。

 ルルドは固有能力、硬化の力を左腕に集中させ、燈の一撃を防ぐ。

「まだまだァ!」

 左前蹴りで距離を開けて、もう一度剣を振る。

 再び火花が散った。

「無駄だ」

 ルルドはタイミングを合わせて硬化した左手を振り上げる。

 パリィ。

 攻撃を受け流された燈は体勢を崩した。

「隙だらけなんだよ」

 そしてがら空きになった燈の顔面に、ルルドの右拳が突き刺さる。

「かはッ」

 ルルドの硬化能力の恐ろしいところはその流動性である。

 全身を一気に硬化することこそできないものの、手や足、頭と体のどの部位でも硬化でき、ルルドが思考した瞬間に硬化範囲が移動する。

 硬化した右拳をモロに受けた燈はその場で二回転し、廃工場の地面に叩きつけられた。

「ッはっ……はっ……」

 口から血が飛ぶ。

 それは内臓がやられた証拠だった。

 痛い、というより熱い。

 そして体とは対称に、心は冷え切っていた。

「……」

 勝てない。やっぱり勝てない。

 そう思ったが、それを口に出してはいけないことはよくわかっていた。

 口に出した瞬間、心が本当に折れてしまう。

 冷え切った心に残るほんの少しの熱を手放さないように、燈はルルドを睨みつける。

「ハァ……ハァ……」

「フン、まだ目が死んでいないな。その目ともお別れだと思うと、いや。特に感慨深くはないか」

 ルルドは一歩ずつ燈に近づいていく。

 燈は這いつくばった状態から、両腕を使ってなんとか体を動かそうとする。

「せめてもの慈悲だ。一撃で終わらせてやろう」

 ルルドは再び右拳を硬化させた。

 グッと強い力が籠る。

「……ここ、までか」

 燈がそう呟いた瞬間だった。


「待て!」


 廃工場に、第三者の声が響いた。



<Bパート>


「誰だ?」

 カツーン、カツーン、と、階段を下る音がする。

 人影がゆっくりと動く。

 果たしてその声の主は。

「燈さん、まだ生きていますか?」

 もう一人の『人喰い』、大塚ミライだった。

「何しに……来た!」

「何しに来たって、決まってるでしょ。カニバルを倒しに来たんです」

「やめろ、手を出すな!」

 ミライは小さくため息を吐く。

「そんな満身創痍で、よくそんなことが言えますね」

「お前に敵う相手じゃないと言っているんだ!」

 そう言いながら、燈は立ち上がった。

 服に赤い血が飛び散っていて、肩で息をするその姿は、満身創痍と言い表すほかない。

 それでも彼は、立ち上がった。

「ねえ、燈さん」

「……なんだ」

「僕たちは今まで、何度も対立してきて、時には対決だってしました」

 ミライの頬の傷は、燈につけられたものである。

 カニバルを倒すことしか考えていない燈を力づくで止めようとしたときについた傷だ。

「燈さんと僕は、考え方が違う。僕はあなたの考え方を絶対に受け入れたくないし、あなただって僕の考えを甘ちゃんだという姿勢は変わらないでしょう。残念ですけど」

「……だからなんだ」

「でも、僕思ったんです」

 ミライはルルドを睨みつける。

「あいつを倒したいっていう気持ちは、僕と燈さんで共通してるんじゃないかって」

「……」

「燈さんにも僕みたいに、世界中の人を笑顔にしてくれなんて言わない。僕だってあなたの考えは受け入れない。それでも!」


【ここで流れ出すオープニングのギターイントロ】


「それでも、今この瞬間だけは」

「……」

「協力、しませんか?」

 ミライは右手を高く掲げた。

 燈と目が合う。

 彼もミライをまっすぐ見つめ返し、息を深く吐いた。

 バックステップでルルドから距離を置き、再び剣を握る手に力を込める。

「甘ちゃんよォ」

「……なんですか」

「協力なんて笑わせること言ってんじゃねえ」

「……でも」

「オレはお前に協力しない。オレはお前に背中を預けない。お前の背中も守らない」

 燈はゆっくりと剣を持ち上げて、切っ先をルルドに向ける。

 彼の口元が、ふっと緩んだ。

「たまたま、切っ先の向く方向が同じだったっていうだけだ!」


【流れ出すサビ】


「それでいいです、燈さん! 『カーニバル』!」

 ミライの手を中心に青い円が広がっていく。

 そこから引きずり出されるは一丁の拳銃。

 『屍貫の銃』と呼ばれる、使用者の生命エネルギーを消費して弾丸を生成する銃。

「ま、僕がルルドに向けるのは、銃口なんですけどね」

「はっ、言ってろ!」

「無駄話は終わりでいいか!」

 ミライがルルドに向けて数発の弾丸を放つ。

 躱しきれない弾丸が体に接触する瞬間、ルルドは皮膚を硬化させて防いだ。

「まだまだぁ!」

 ミライはルルドを一瞥して、柔らかいところを探した。

 目なども硬化できるのだろうか。

「いや、考えるより先に試せ!」

 ミライの銃から、眼球めがけて銃弾が放たれる。

 まずは顔よりもやや右上。

 その軌道を目で捉えたルルドは姿勢を下げることで回避をする。

 しかしその動きはミライによる誘導だ。イメージ通りの回避をしたルルドに向かい、第二の弾丸が放たれる。

「くっ」

 回避しきれずに硬化された皮膚が弾丸を弾いた。

「背中が空いてるぜ!」

 燈が、その背中に向かって飛び込むように剣を振り下ろした。

 ガキキキキキキキ!

 一部硬化が間に合わず、肉に食い込んだ剣がガリガリと背中を剥いでいく。

「ぐがぁぁぁあああああああ!」

 それが燈の、ルルドに対する初めての有効打だった。

 押せ。押しきれ!

 燈は痛みを我慢してラッシュを浴びせる。

「しゃらくせえ!」

 ルルドは反転した勢いで手を振り回す。

 バックステップで距離をとった燈。しかし内臓損傷などによるダメージか、連撃に転じることはできず、足がよろめいた。

それが絶対的な隙になる―!

「こっちだ!」

 しかしその隙は、ミライの弾丸が埋めた。

「ぐっ、後ろからとは!」

「卑怯でもなんでもいい。今はただ、お前を倒せればそれでいい」

 五発、六発。九発、十発。リロード。

 背中の傷を抉るかのように、硬化の合間を狙って球を射出していく。

 ルルドは、燈とミライを天秤にかけた。

 死にかけで、あと数発殴れば沈みそうな燈と、火力こそ低いものの、遠距離から的確なダメージを与えてくるミライ。

 数秒、あるいは数瞬ののち、ルルドは狙いを決める。

「貴様は沈んでいろ!」

 背中を硬化で守ったまま、燈の内臓に拳を突き立てた。

 狙ったのは燈の死ではなく、気絶。

「かはっ!」

 びちゃり、と廃工場の床に鮮血が舞った。

 そのまま燈はぐったりと地面に横たわった。

「燈さん!」

「他人の心配などしている場合か!」

 慟哭と共に右足でぐっと地面を押し、爆ぜるような勢いでミライへと飛び掛かるルルド。

 意表を突かれたミライは、そのダッシュから放たれる右フックを目視する。

 息をつく間もなく、上体を逸らして回避。しかしそれに集中力を割きすぎてしまったミライは、ルルドの本当の狙いに気が付かなかった。

 ルルドが踏み込んだ左足を軸に放った右フックは空を切ったが、そのまま回転エネルギーを利用しもう一回転した。

 次の攻撃は右足による蹴り。

 一回転分のエネルギーが加わった蹴りはフックと同じくクリーンヒットとはいかなかったが。

「あっ!」

 ミライの右手に握られていた銃を蹴り飛ばした。

 カランカラン、と銃が転がっていく。

「くそっ」

 ミライは思わず悪態をついた。

 カーニバルにより異空間から取り出せる武器は基本的に一つだ。つまりミライは今、攻撃の手段を完全に失った。

「フン、他愛ない!」

 絶望にくれる間もなく、ルルドの次の攻撃がくる。

 防御を捨てたルルドは両手の拳を硬化させて、インファイターボクサーのような姿勢の低さで前方にダッシュした。

 右手始動のボディブローをかろうじて左手で受け流すミライ。

 勢いを殺しきったつもりだったが、衝撃で左手が爆ぜ、少量の赤い雨が降る。

 骨まではイカれてなさそうだ。

「なら!」

 ボディの後、今まさに襲い掛からんとする左手の打ち下ろしをひらりと躱して一回転。

 ミライはそのままの勢いでルルドの首筋に踵を叩きこんだ。

 しかし、弾丸の速度すら見切るルルドの目には、人間の蹴りなど止まったように映る。

 硬化された首筋がミライの踵を弾いた。

「ぐっ……」

 万事休す。

 そう思った瞬間だった。


 ダァン! と、物が爆ぜる音がした。


「なっ!」

 それは、ミライが聞き間違えるはずのない音。

 彼の銃の発砲音だった。

 無防備な背中に弾丸を食らったルルドは、痛みと怒りの混じった顔で振り返る。

 その目線の先には。


 満身創痍でも立ち上がり、ミライの銃を握った樋波燈がいた。


「燈さん!」

「てめぇ! 武器手放してんじゃねえぞ!」

 力強い声で叱咤する燈。それは、どこから聞いても強がりにしか聞こえなかったが、その声は彼自身を奮い立たせた。

 ルルドはここで、殺す!

 燈は引き金を引く。


 引き金を引く瞬間、燈はかつてミライが言っていた言葉を思い出した。

「カニバル相手の銃弾って、全部が全部相手を仕留めようと思って放つ必要はないんです」

「……」

「九発外れても最後の一発が急所にあたればそれでいい」

「……」

「逆に言うと、その外れてもいい九発で、相手の動きを誘導するんです。右に打ったら左に避ける。上に打ったらしゃがむ。弾丸を見切るカニバルは、見切ってくれるからこそ、動きを操作しやすいんです」

 当時の燈はそれを鼻で笑い、だったら剣で斬るほうが速いなと一蹴したものだった。


「……甘ちゃんにできて…………」

 燈は必死に想像する。

 ルルドの動きを。未来を。そして、自分の勝利を。

「オレにできないわけがないだろう!」

 咆哮と共に、反撃の銃弾が放たれた。

「こんなもの、見切れるわ!」

「見切れることなんてわかってんだよ!」

 相手の動きを予想しろ。そして、誘導しろ。

 限界を越えた燈の脳内と、現実の動きが合致する。

 ミライの銃は装填数が十発。

 リロードしきる前に、削り切る。

 その覚悟で、八発、九発目が放たれる。

「これでチェックだ!」

「甘い!」

 九発目が躱される。それがわかった瞬間、燈は意外な行動に出た。

「うおらぁああああああああああああああ!」

 燈は、左手で握っていた自分の剣を。死血の剣を、ルルド目掛けて投擲した。

「なっ!」

 その想定外の攻撃と、遅い弾速、そして桁違いの火力に、思わずルルドは体勢を崩す。

 しかしすんでのところで剣は空を切り―

「最後の一発だ」

 ―それすらも予想済みだった燈は、ルルドの顔面がある位置に既に弾丸を放っていた。

「これで、チェックメイト」

「何を言っている。こんな弾丸、硬化してしまえば!」

 ルルドは燈の最後の弾丸を、硬化した顔面で受け止めた。

 それが敗因になるとは知らずに。


「お前にできて、オレにできないわけがない。なら、オレにできて、お前にできないわけがないよなァ!」

 ルルドの背後には、剣を振りかぶったミライの姿があった。

燈の投擲した剣を掴んだミライの姿が。

「なぁ、甘ちゃんよ」

「ナイスです、燈さん」

 ずざ、と音を立てて。

 ミライの剣がルルドの体を切り裂いた。


 爆ぜる。



【エンディングのピアノイントロが流れ出す】


「勝った……勝ちましたよ、燈さん!」

「うるせえな、見ればわかんだろ」

 燈は内臓を抑えて顔をゆがめた。

「だいたい、馴れ馴れしくすんな。オレとお前は友達でも仲間でもねえ。今回はただ敵が同じだっただけだ」

「それはそうですけど……」

「この次も協力できるとは思わないことだな。ま、せいぜい死なねえようがんばれ」

 そう言って、燈は足を引きずりながら廃工場を出ていく。

 取り残されたミライは、背中越しに疑問を投げた。

「燈さんは、どうしてそんなに僕の理想と相容れようとしてくれないんですか?」

「黙れ、殺すぞ」

「……」

 世界中の人を笑顔にする。

 ミライにはそれが悪いことだとは思えなかった。

 いつか、燈さんにもわかってほしいな。

 そう思っていたら、驚くべきことに、燈さんが言葉を続けた。

「お前のその、世界中の人を笑顔にするっていう目標が気に食わねえ」

「……どうしてですか」

「その、世界中の人の中に、お前自身の笑顔がないからだ」

「……え? いま、燈さんいまなんて?」


 しかしその返事は返ってこないまま、燈は夜の闇へと消えていった。

 あとには、ミライと月明かりと戦闘痕だけが残った。


【To be continued】


※この作品は単体で完結しています。次回なんてありません。

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