沈黙は禁

@24027724

真実を口に

 人は、口を開かずとも嘘を語れる。余計なことを喋らずボロを出さずに済まそうとする。

 だが、小賢しく利口ぶった所で矮小な者が、騙し通そうとしても神の御前では、お見通しだ。

 サンタ・マリア・イン・コスメディン教会は、今日も曇り無き青空の祝福を参拝者に分け与える。ローマを舞台にした映画。それに出た真実の口で有名な教会であった。

 地元の大学生達が、和気藹々と真実の口を前に談笑する。

 晴れやかな笑顔を浮かべる五人の中で心を曇らせる青年が、居た。オスカルにとって気の合うこのグループと遊ぶのは、刺激的で楽しいでも必要以上に心が、騒ぐ。本当にうるさく苦痛であった。

 心を騒がせて来る兄のパルミロは、彫刻が、ひとりでに動くはずなど無いとのたまい教会の分かりきった嘘を暴かんと口に手を突っ込んでいた。仲間からの次々とくる質問にNOと答え大仰に痛がる兄に心では、苦笑いを浮かべる。

 兄が、嫌いと言えば、オスカルの手は、真実の口に噛み千切られるだろう。彼にとってただパルミロの存在が、大き過ぎたのだ。いくら背伸びをしてもちっぽけな自分が、より惨めに思えるだけだった。活発で気さくな兄は、皆を暖める太陽の存在、近くに置かれたらドロドロと心を溶かすしかない。

 更に溶けた心をジリジリと焦がされていくオスカルの視界の端にジーナが、とびきりの笑顔をパルミロに向けていた。彼女の笑顔が、いつも兄に向いているのをオスカルは、知っている。その理由も知っている。幸いに惚れているからでは、無い。理由は、もっと単純で簡単目立つからだ。

 誰もが、思わずみいるパルミロは、暖かい太陽。誰もが、魅力されていく様子に弟の心にもじわじわと熱が、広がってほだせれていく。

 オスカルの太陽が、イタズラな笑顔向けた。突っ込んだ手の無い痛みを振り払いながら無害を装い近く。弟にとって見え透いた嘘だ、何か有ると予感するが、いつも兄は、上手だった。

騙しきれないと悟るやいなやダッシュで距離を詰め弟を抱きつき拘束する。そして真実の口へと弟の手を放り込んだ。

 いつもこういったイベントに黙りを決め込む弟に対する兄の悪戯だった。

 オスカルは、当然に抵抗するパルミロを振り払う最中にジーナの何かを期待する目が、飛び込み思わず観念してしまった。今は、パルミロでは無いオスカルを見ている。

 大人しくなった弟から離れ兄は、質問をする。俺達が、嫌いか? オスカルの答えは、当然NOだ。未だ大人しい弟と答えに満足げな兄、囃し立てる仲間達をなだめ次の質問、それなら何故いつも遠慮する? だ。

 お前のせいだはっきりとそう言いたい。オスカルが、それを言えたらどれだけ楽に成っていただろう。パルミロのおどけて飾った真剣な眼差しにオスカルは、背く。

 逃げた先にジーナが、不思議そうに微笑みを浮かべる。彼女の前で惨めで居たくない。そんな答えが、オスカルを惨め足らしめる。

 パルミロの質問は、オスカルの真実の核心を突く言葉だ。オスカルは、口を閉ざし答えが、無いと嘘を付く。

 次第に皆の口も閉じていった。その状況にオスカルの今まで以上に心が、騒ぎ身体が、冷めていく。傷付きたくない自分の我が儘が、招いた結果だ。少し真面目過ぎるオスカルは、敏感に結論付ける。慌てて手を引っ込め……。抜けない。

 何故だかオスカルの手は、抜けない。オスカルの心が、ざわついて来る。焦る頭で考える。オスカルの身体が、冷えていき心と逆に脳が、覚める。冷えているのは、四人を白けさせたからでは、無い。真実の口その暗闇。太陽光も届かぬ闇だ。抜けない。闇が、心の熱気を手ごとすする。生々しい手だ。すべすべとした冷え症の両手。包まれた手を引っ張るも無駄。

腕の肩の関節が、伸びるだけ。引きちぎっても構わないが、無駄。啜る啜る啜る啜る啜って来る。ドロドロした心が、ズルズルと流れスルスルと流れ落ちる。

 涙を流し助けを叫ぶ惨めなオスカル。パルミロの痛がる演技を越える鬼気迫るオスカルの迫真は、仲間達から大いに受けた。

 仲間が、腹を抱えて笑っている。オスカルにとって初めての経験だ。笑い声に囲まれるのは、いつも兄だった。そんな兄が、いつ練習したんだと弟のパントマイムを絶賛する。オスカルの心は、勘違いの偽りの称賛だと知りつつも悔しがる兄の姿にドロドロのグジュグジュだ。仕舞いには、ジーナのとびきりの笑顔。オスカルの心と頭は、この状況に説明出来なくなった。

 パントマイムを続けるピエロなオスカルに四人は、次を期待し質問する。

 そしてどうなる? 最後は、どうする?

 オスカルは、底冷えた。確かにどうなるこの冷えた手に何をされるかわかった物ではない。いつか離してくれるのか? だとしても何時だ? 一生このままか、それは、嫌だ何とか成らないのか? そう思っても口を開きぱなしで喋ら無い彫刻。無機質な石無機質な顔、動く訳が、無い喋る訳も無い。口の中で何かが、掴むだけ。真実の口嘘をついたから? 自分に素直でそして皆に受け入れられる兄への嫉妬を隠したから、心を焦がすジーナの笑顔を独り占めにしたい心を隠すからオスカルは、意を決した。

「俺が、遠慮する理由か? 聞きたいか? 決まってんだろ? 好きだからだ! 皆もだが、ジーナをだ。オ、オレを見ろジーナ。もっともっと近くでだ! 兄貴より笑顔でいさせる! から」

 またも皆が、黙ってしまった。口を大きく開けたまま。ピエロの仮面をかぬぐり捨てたオスカルが、耳を紅くし想い人を真っ直ぐに見る。

 理解したジーナが、涙し何度も何度も頷く。

ジーナにとってもパルミロは、太陽だった。そしてオスカルは、その太陽の光を優しく反射する月と感じていた。不安な暗闇を優しく照らし導いてくれる頼れる存在。

 ジーナは、月の光に心を焦がしていた。だけども肝心のオスカルが、繊細で弱々しくどう接していいのか分からなかった。自分をどう考えているのか分からなく怖かった。

 でもオスカルが、全てを晒してくれた。ジーナの笑顔が、欲しいと今すぐに応えたいが、涙で崩れた顔しか出来ずその場でうずくまった。

 五人の中で涙を見せたくない者が、もう一人ジーナより真っ赤な目で青空を仰ぐパルミロだ。遠慮がちな弟の理由などそもそも聞くまで無い兄もオスカルに負い目が、有った。少しほんの少しだけ苛ついていた。自慢の弟が、我を出せず自分のしたい事を満足に出来ずに終わったら兄のせいだ。皆の中心で大概の期待に応える良くできた兄貴のせいだ。オスカルの気持ちも考えずいたずらに重圧をかけるパルミロせいだ。

 焦りから来る行動だった。無理矢理にでも皆の注目を浴びせてやろうと考えたが、その先を考えていなかった途中不味いと思ったが、弟の勇気に助けられた。オスカルを見くびっていたのは、オスカルでは、なくパルミロだったのかも知れない。そうパルミロは、結論付けた。

 終わった。ハッピーエンドだろう。オスカルは、興奮する心に冷えた身体全体に痺れる熱で侵される。うずくまるを抱き上げようジーナだけでなく自分も笑顔を差し上げよう。真実の口からするりと手が、抜け出せない。

 オスカルの血の気が、引く。さっきまでの熱が、ドロドロと溢れズルズルと流れスルスルと落ちる。啜る啜る啜る啜ってくる。我関せずにと冷えた両手が、恐怖と成ってオスカルの心を包む。

 もう誰もオスカルに構わないピエロのパントマイムの感想に皆が、夢中で舞台上に誰も興味を示さない。

 オスカルは、パニックだ。もう叫ぶ事も出来ないまるで両手に首を締め上げられた様だ。必死だ。文字通り必ず死ぬのだろう。

 オスカルの真実は、ぶちまけた。嘘も偽りも無い。お前は、真実の口だろう? 正直者の手も噛み千切るのか? 混乱が、質問になり両手にぶつけるが、答え無い。

 心の中で質問を繰り返すオスカルに自分は、真実の口だと言わんばかりに冷えた両手が、力を加えて来る。優しく包むのでは、なく万力のように固く閉じていくオスカルの指に血が、通わなくなっていき冷たくなる。力が、骨に迄届き軋んで折れてく音が、頭に響く。今度は、生暖かい液体が、流れ冷えた腕を温める。万力が、確りと閉じきりそこで初めて腕を出せた。

 出せた腕の先には、血だらけの手など無くだからといって千切れている訳でも無く痛みも無い綺麗な手が、有った。

 訳が、わからない。この状況でオスカルに何とか理解できたのは、抱きついてきたジーナの笑顔が、素敵だと言う事だけだった。

 


 


 


 


 

 

 

 

 




 

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