第313話

 「あなたはここに残ってください」


 というのが、彼女が僕の顔を見るなり一言目に言ったことだった。


「え、どうして?」


「ここで、他のことをしていてもらいたいのですよ。戦争のことは我々軍人がやりますから、あなたがたはここから先、後方支援に徹してもらいます」


「ここまで僕たち一緒についてきたのに、突然?」


「龍の存在を見て、私も考えを改めました。今回は人間よりも、あの龍の強大な力が最大の敵になります」


 ピオーネも、あの龍を見ているのだから、そう考えるのも頷ける。でも、そこで僕たちをこの街に置いていくことに何の関係があるのか? 


「私たちはこれから街を出て北上します。敵軍との交戦はともかく、龍の介入がたびたびあることも考えられる。そんな中で危険を冒してまであなた方が前線に行く必要はないと判断しました」


 ピオーネは、それ以上のことを話さずに、部屋から出て行ってしまった。


「……なんだってんだ」


 なんだか、突き放されたような気分になってしまった。僕たちの居場所はもう戦場には無いってことか? もうこれ以上は足手まといになってしまうっていうのか?


 しかしながら、反論できない。ここに来てからは僕たちは何かをしたわけじゃない。それがなおさら悔しい。


 どうすることもできずに、すごすごと生物開発課の車に戻ってきて、僕たちがこの街に待機することを二人に伝えた。


「タイセイさん、まるで前線にいたいみたいな口ぶりですね」


「ハハ、本当だ。ここに残った方が安全なのは間違いないのに、変なこと言いますねタイセイさん」


 あれ? 二人とも意外と何とも思っていないような反応をするな。


「いや、僕だって危ないところに進んでいきたいわけじゃないんだけどね、けれどこれはまるで戦力外通告みたいじゃないか! 今は人間全てが大変な時だっていうのに」


「戦力外だなんてことはないと思いますけどね」


「そうですよ。用済みだからって置いていかれるなんてことはないと思いますよ。もしも戦闘が激しくなったからといって戦力外にするくらいなら、パゴスキーさんは最初から僕たちを連れてこなかったはずです」


「なら、どういうことなんだい?」


「なにか他のことをしろということなのでしょう」


 本当にそうだとしても……この期に及んで、人数人の力ではどうにもできないような潮流が起こった今に、その中で僕たちは一体何ができるというのか……。


「ま、とりあえずは頭を冷やしてくださいよ、タイセイさん。そうしたら、いろいろなものが見えてくるはずですから」


 二人にそう言われて部屋を出た。無理やりなだめられたようで、あまりいい気はしなかったが、仕方がない。


 冷たい外に出たから、なおさらのこと自分の息が熱い。それを一回、また一回と吐き出すうちにだんだんと冷静に慣れてくるのを感じる。僕に割り当てられた部屋に着くころには、すっかり頬も冷めきっていた。


 部屋は暗い。……あれ? どうして鍵が開いているんだ? 


「オイオイ、待たせてくれるじゃないか」


「……なんでお前がここにいるんだ、アンロカ」


 こいつは本当に毎回……どうやって忍び込んでいるんだか……いやいや! それよりもだ。そもそもおかしい。こいつはあの姫様と一緒に居たはずだ。


「お前はライム姫と一緒に居たんじゃないのか?」


「大丈夫だ。もう、大丈夫だよ」


「大丈夫って?」


「それよりもお前たちだよ。人間が滅びちまったら、どうしようもねえだろ?」


「お、おまえ、どこまで知ってるんだ?」


「大体全部だよ。いや、俺が知ったわけじゃない。姫が知ったのさ」


 どうしてアンロカの言葉が流暢になっているのかはともかく、知られた? 試練のことを? 一体どうして? シルバータさんは東方へと行ってしまったし、アイラもアイラで、口が軽いわけではないし……一体どこから?


「姫はどっから知ったんだよ?」


「姫、自分の能力でアイラ・ジョシュア伯の記憶を覗いたんだよ。事情が分からないまま過ごして、あのクロードを待つのが我慢ならなかったらしい」


 そうだった。忘れていたけど、ライム姫は他人の過去を覗く力があったんだった。いつのまにかアイラの頭の中を覗いていたのだろう。しかし困ったな。知っている人はあまり増えない方がいい。龍が現れて、すでに多くの人に異常を知られているにしてもだ。


 ことさらに、こいつに知られているのはよくない。意思をもったメガホンのようなやつだから。こいつが街の中を飛び回って、知っていることをぺらぺらと話して回ったら、大混乱が起きてしまうだろう。


 どうにかしてこいつを留めて……


「お前、もう今日は寝ろよ。顔が疲れてるぞ?」


「え?」


 思いもよらないことをアンロカに言われた。僕はそんなに疲れ切った顔をしているのか?


「お前、他所から来たなりに頑張ってるんだろ? でも無理してまた死んじゃいけない」


「は?」


「今大変なのは分かってるが、二つ目の命、粗末にしちゃいけないさ」


 何を言って……こいつもしや、僕の過去も全部知ってるのか?


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【通算18万PV感謝!】異世界で配合屋始めたら思いのほか需要がありました! 〜魔物の配合が世界を変える〜 中島菘 @ryosuke1023

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ